第十七話 襲撃
終礼が終わると生徒達は一斉に校舎から居なくなる。
射撃、体術、精神訓練をするために研究施設や体育館に生徒が集まるからだ。
しかし一年棟の四階、Y科の教室に鬼神・闘鬼と暗部・魔衣の二人の姿があった。魔衣は机の上に突っ伏して、闘鬼は魔衣の座る隣の席に腰掛け、二人ともため息をついていた。
「あうう…自己嫌悪です…まさかまた暴走してしまうとは…不覚ですぅぅ…」
魔衣は頭を抱えて呟く。
「休み時間に野乃代を襲撃、それを止めに入った辰希と真紅を気絶させるとは…俺が止めなかったら、次は名波辺りがやられてたろうな」
闘鬼はテストが終わった後の休み時間を思い出す。
一時間目が終了のチャイムが鳴り響いて数秒後、教室のドアが突然蹴破られた。ドアの前に立っていたのは力を解放して変身した姿の魔衣だったのだが、その姿は少し違った。通常ならば二枚であるはずの翼が四枚に増え、額の角は二本になり、牙はより一層鋭くなっていたのだ。
「キツネ狩りじゃー!!」
突然孤狛に向かって叫ぶと、そこからは闘鬼の言った通りとなる。
「で、でも!水瀬さんの話によると野乃代君に妨害を頼んだのは闘鬼さんです!だから闘鬼さんのせいです!」
ビシッと闘鬼を指差して言い放つ。
「てゆうか、なんでカンニングの妨害したんですか?」
「最近お前、なんでもかんでも自分の思い通りにやりすぎだ。だからたまには痛い目を見た方がいいだろう?」
「そんな事で私は赤点を取らされたなんて…ひどいですよ!!」
涙目になりながら闘鬼に拳を打ち込むが、闘鬼は人差し指で拳を受け止める。
「入学して二週間…それも毎日、生徒指導室に呼ばれ、責任は小隊長の俺が負わなければならない。始末書を書いたり、お前がぶっ壊した教室のドアの弁償も俺がしなければならないんだぞ?」
すると魔衣は鼻で笑う。そんなことかと。
「なんだ〜仕返しって事ですか?器が小さい人ですね〜たかがドアの一つや二つで…」
「言っておくがお前が壊したのは今日のドアだけじゃないぞ?」
学ランの内ポケットから手帳と領収書を取り出す。
「射撃実習の時にはライフルを壊し、体育館ではバスケットゴールを四ヶ所、サンドバック三つ、サッカーゴール一つを壊した。それからお前が体育の猿谷先生を気絶させただろう?それがトラウマになって先生は軽いうつ病になったんだ。その治療費も俺が払ってる。これだけじゃない、他にもまだまだあるんだぞ?」
闘鬼は魔衣の言葉を遮り、強い口調で言うと
「うう…ご、ごめんなさい…」
目元に涙を浮かべてうなだれた。
「それから…」
「ま、まだあるんですか!?こんなに弱っているのに言葉で責めて…闘鬼さんは鬼畜でドSです!」
「元はと言えばお前のせいだろうが!いい加減にしろ、いつもいつも問題起こして迷惑かけやがって!ちょっとは考えて行動できんのか!?」
闘鬼の怒声が響き渡ると、魔衣はビクッと肩を震わせてボロボロと涙を流し出した。
「そ、そんなに…怒らないでくださいよぉ…」
弱々しく涙を堪えながら魔衣は闘鬼を見つめる。
それを見て闘鬼は舌打ちをして、深いため息をつく。
「少し言い過ぎたな…悪かった。ただ…」
「な〜かした〜な〜かした〜!せ〜んせいに言ってやろ〜!」
闘鬼の言葉を遮るように背後から枯れた老人の声が響いた。
「…なんで貴様がここにいるんだ?クソジジイ」
眉間にシワを寄せて、怒りを抑えながら問う。
「え?どこから声が?」
涙を払って闘鬼の背後を見るが、誰もいない。
「てめぇ祖父に向かって貴様はねぇだろうよ闘鬼?」
見えない老人は喧嘩を売るような低い声で答える。
「あの…クソジジイはいいんですか?」
老人は魔衣を見るとと気さくに答えた。
「お?こりゃかわいいお嬢ちゃんじゃな〜どうじゃ、ワシの孫にならん?」
「ちょっと黙れモウロクジジイ!」
後に振り向きながら、袖に忍ばせた六角柱の鉄棒を取り出して振り下ろす。
カシャン、カシャンと音を立てて鉄棒が伸び、そのままバットを振るように振ると金属音が響く。
「あっぶね!!殺す気か!?」
見えない老人は咄嗟に脇差しで鉄棒を受けていた。
「そんな事より何をしにきやがった?姿を現せクソジジイ」
「チッ、ジョークのわからんガキじゃのう…へいへい、今出ますよ〜」
やる気のない返事をすると髪の右半分が赤く、左半分が白髪で革ジャンを着た派手な老人、鬼神・皇鬼が姿を表した。
「な、なんにもない場所からお爺さんが表れましたよ闘鬼さん!?…で、この人誰ですか?」
「このクソジジイは…」
「闘鬼の祖父ちゃんの鬼神・皇鬼じゃ〜よろしくの〜お嬢ちゃん」
脇差しを鞘にしまうと笑顔で手を振る。
「で、何しに来たんだクソジジイ?」
皇鬼は革ジャンのポケットから革のグローブを取り出し、投げた。
「ほれ、お前さんが前に頼んだグローブじゃ。注文通り、液体なら強塩酸すら弾く代物じゃぞ〜」
闘鬼はグローブを受け取り、装着して具合を確かめる。
「じゃ、ワシは帰るからの〜」
「まて」
闘鬼は立ち去ろうとした皇鬼の肩を掴んで止める。
「な、なんじゃ闘鬼?いつもならさっさと帰れとか言うくせに…」
「てめぇの思考パターンは読めてんだよ…どうせ作った光学迷彩のテストだと言って、何かやましい事をするつもりだろう?」
「い、いや〜誰も女子更衣室を覗く〜とか、女子寮の風呂を覗く〜なんて思ってないぞい〜」
「図星じゃねーかクソジジイ!コイツは没収だ!」
そう言うと、闘鬼は皇鬼の革ジャンを奪い取った。
「ああぁー!ワシの血と汗と涙と妄想とエロの結晶が!?革ジャンにステルス迷彩を付けたって画期的なアイデアだったのに!それにまだ覗きもしとらんのに〜!」
「クソジジイ、お前とは一度話さなければならねーな、ちょっと屋上に来い!」
皇鬼の胸倉を掴み、引きずるように教室を出る。
「魔衣、俺は少しの間クソジジイと話をつけて、終わったら多分そのまま帰ると思う。その間にジジイの光学迷彩を使って職員室にあるお前のテストを、俺のテストを見て解答を書いてくる。なんて真似はするなよ?いいな?」
薄く笑いながら闘鬼は教室を後にした。
「これは…遠回しにテストを改ざんして来いってことなんでしょうか?……ありがとうございます」
小さく笑ってから革ジャンを羽織り、魔衣は姿を消した。
一年棟、屋上
「やっぱり女の子には優しいの〜お前さん。あの子、かわいい子じゃったけどお前さんのコレか?」
皇鬼はニヤニヤ笑いながら小指を立てる。
「馬鹿言うな、アイツとは同じ小隊の仲間、それだけだ」
「なんじゃつまらん…中学時代は彼女つくっとったくせに」
皇鬼は安物のタバコを吹かしながら、懐かしむように頷く。
「奴とはそんな関係じゃなかった。それより、本当の理由はなんだ?お前が来るときは必ず裏があるからな」
タバコの煙をうっとうしく思いながら問い返す。
「そうじゃな〜うむ、回りくどい話はぬきにして本題を話すぞ」
皇鬼は革ジャンから封筒を取り出した。闘鬼は封筒を受け取り、中身を取り出すと三枚の写真と二枚の資料が入っていた。
「まず、鬼島、鬼劉、鬼原の三つが動いた。最近、うちの子会社を次々と潰して回っておる。社員の何人かで迎撃したんじゃが…結果は全滅、最悪なことに抗争中、カタギの死人が出ちまった」
皇鬼は奥歯を噛み締めて苛立ちを抑える。
「まて、鬼原は鬼神の協力派じゃなかったのか?」
「わからん、裏切ったのか…違うのか…鬼原に聞いてみんことには、なんとも言えん」
闘鬼は舌打ちをして資料を睨む。
「それで、早速ワシとお前さん、それから戦鬼とで鬼島を潰しに行き、鬼劉を神鬼に潰させる。明日からは土日と祝日の三連休じゃから学校は休みじゃろう?出発は今日の深夜じゃ」
「鬼原は誰が行くんだ?」
「鬼劉と鬼島を潰した後に四人で交渉に行き、裏切っているようなら潰す」
古いタバコを投げ捨て、新しいタバコをくわえて火を点ける。
「それじゃあ、ワシは先に帰っておるから。あのお嬢ちゃんによろしく言っておいてくれ」
「ああ、帰り際に覗きはやめろよ、クソジジイ」
「お前さんに殺されたくないからやらんわい」
皇鬼は振り向かずに手を振り、校舎から飛び降りた。
「さて、俺も帰るか。一応、アイツに連絡を入れてからにしよう」
携帯を取り出して魔衣にメールを送信する。それが終わると、今度は電話をかけた。
「牛鬼、俺だ。終わったから迎えに来い」
用件だけを伝えると、通話を切る。
「ようやくか…」
そして深いため息をついた。
深夜一時、いくつも立ち並ぶビル群の中で、最も高いビルのヘリポート、そこに一機のヘリと三人の人影があった。
「準備はいいか?」
皇鬼はいつものような革ジャンを羽織っているのではなく、夜の闇に紛れるような黒いスーツに黒いコートを羽織った姿で、背中にゴルフバックを背負っていた。
スーツ姿に不似合いなゴルフバックの中身は当然ゴルフクラブではない、彼が作った彼専用の殺しの道具だ。皇鬼は地べたに座り、ゴルフバックを背もたれにしながら、安物のタバコに火を点ける。
「愚問だな、祖父様」
黒い袴の上にコートを着た姿の戦鬼が答える。戦鬼は 右手に刃渡りが20センチほどの出刃包丁のような刃物を持ち、柄をペン回しのように回して遊んでいた。
「そうだ、さっさと行くぞクソジジイ」
闘鬼は皇鬼と同じく、黒スーツの上に黒コートを羽織っており、両手には皇鬼が作った革製のグローブを着け、左手に六角柱の鉄棒を持っている。
「そうじゃな〜一応最後に確認しておくぞ。標的は鬼島・柳聖、鬼島・永砕、鬼島・泰刃の三人じゃ。その他の連中は向かって来ないなら見逃せ、向かって来るようなら…容赦なく殺せ」
皇鬼は表情を変えず、低い声で言うと二人は無言で頷く。
「[鬼神]に刃向かうことが、どれだけ愚かなのかを思い知らせてやれ」
言い終わると同時に三人の姿が消えた。