第十六話 模試
一時間目・英語テスト
暗部・魔衣の場合
「さぁ〜て、そろそろ動きますか〜」
試験開始から15分。魔衣は教室…ではなく女子トイレの個室に潜んでいた。
何故テスト中に彼女が教室ではなくトイレにいるのか、それはテストが始まる前、朝礼が終わってすぐ。トイレで自分とほぼ同じ密度の分身を作り入れ代わっていたのだ。
「今教室にいるのが分身の私というのは〜勘のいい闘鬼さんでも気づかないでしょう」
笑いを堪えながら魔衣はトイレから廊下に出る。そこから先は天井に張り付き、ヤモリのように這って進む。
(闘鬼さんからいただいた資料さえあれば、職員室までの最短ルートと誰がテストの模範解答を持っているのかが一目瞭然ですよ〜いやはや、闘鬼さんには感謝感謝です〜)
資料にある学校の見取り図に赤ペンで印しをした通りに進んで行く。
見回りの教師に見つかる事なく、見取り図にしたがってしばらく進むと天井から廊下に降りた。
そこは二階の第二職員室から教室二つ分離れた空き教室だ。もともとは特別指導の対象になった生徒が教師とマンツーマンで話し合う(説教される)教室だが、今はテスト中で誰もいないからドアには鍵がかかっている。
(わかってますよ〜鍵がかかってることくらい)
学ランの胸ポケットから細い針金を取り出し、鍵穴に差し込む。
(ちょ〜いちょいっと!)
カチッ、という音と共に鍵が開いた。すかさず中に入りって内側から鍵をかける。教室に入ると、もう一度資料に目を通してから黒板の前立つ。
(え〜と…黒板の中心から窓側に三歩、その真上が配線の点検通路の出入口ですね〜)天井にわずかに見えるレバーを引くと、天井が外側に開いた。 音を立てずに中に入る。
(ここからは慎重に行かないとばれますね〜)
点検用の通路はスパイ映画に出て来るような狭い通路で、小柄な魔衣でも少し狭いほどの大きさだ。さらに熱が篭って蒸し暑い。
(ここを過ぎればもうすぐです…我慢我慢…)
物音を立てないように細心の注意を払ってさきを進む。
しばらく進むと天井を開閉するレバーが見えた。
(よ〜し、この真下ですね〜)
音を立てないようにゆっくりとレバーを引き、天井を開ける。真下には教員用の机があった。
(ミーシャ先生の机に模範解答があるんですよね〜)
手元の資料には最初のテストで誰が問題を作り、誰が解答を持っているのか、教師一人一人の行動パターンが事細かに書かれている。
(それにしても一体どうやって調べたんでしょうか?)
少し疑問を抱たが、すぐに忘れて天井に足を引っ掛け、逆さのまま宙づりの形で机を探る。職員室には教師が数人いるが、教室の端に位置するミーシャの席に目は届いていないようだった。物音を立てずに机を物色すると、[英語テスト、模範解答]と、いかにもな封筒を発見した。
(これですね)
魔衣が封筒を掴むと、机の真下と何もない場所の二カ所から手が現れた。
(!?)
魔衣は驚きで一瞬思考が停止したが、それはすぐに打ち破られた。
ガラガラ!と職員室のドアが開いた。魔衣は天井から逆さに宙づりの状態、ドアと魔衣の位置はそこそこ離れているがドアの位置からでは職員室をよく見渡すことができる。天井から宙づりになっているのは非常に目立つ。
(…ヤバイです!)
教員が教室に入る寸前に職員机の真下から封筒を掴んでいる主は何もない場所から現れた手と、宙づりの魔衣の手を掴み、机の下に引きずり込んだ。驚きながらもなんとか音を立てずに受け身をとり、掴まれた先を見ると
「(よっ!)」
蕨・水瀬がいた。
「(ちょっ!水瀬さん、なんでここに!?)」
「(しぃ〜静かに)」
水瀬は人差し指を鼻の頭に当てて合図をする。
「(とりあえずここに入って)」
そう言って水瀬は床を指差した。そこは天井と同じく床下の配線を点検する通路の入口だった。
床下は天井裏と同じくらいのスペースだったが、それでもぎりぎり三人を隠すスペースはがった。
そこで、魔衣、水瀬ともう一人、姿を消していた人物が姿を表した。
「(こいつは意外じゃないの〜)」
姿を消していた人物は野之代・孤狛だった。
「(意外や意外、どうやって姿消してたんですか〜?)」
魔衣は小首を傾げて問う。
「(そりゃ俺は妖孤族だし、道具で補助しなきゃなんねーけど妖術っていう便利なもんが使えるわけよ)」
そう言って孤狛は数枚の札を取り出した。
「(なんかセコいわね)」
「(うるせぇ!同じような考えの奴に言われたくねーよ)」
「(まぁまぁ、それよりテストの解答を見ましょうよ〜私達は同じ目的持っている仲間ですから〜)」
「(それもそうだな)」
孤狛は手に持っていた封筒を開ける。
「(こ、これは!?)」
海東・辰希の場合
辰希は解答用紙の空欄を順調に埋めていた。
(む…ここはこうだな)
日頃から勉強をしていたおかげでそれほど詰まる事なく問題を解いていく。
(む…闘鬼に感謝をしなければ…)
辰希は闘鬼と初めて会った日に受け取った資料で、このテストの大体の範囲や出題傾向を知ることができていた。それのおかげで日頃の勉強ではカバー仕切れない部分をカバーすることができていた。
(む…一体どうやってあれほどの情報を調べることができたのか…)
そんなことを思いながら辰希は最後の文章問題に取り掛かる。
獅士・真紅の場合
真紅の解答用紙は徐々に空欄が少なくなっていた。問題を読みながらペンを持つ右手を宙に泳がせ、シャーペンの芯を出す部分を数回押す。一回、二回と押す回数を変え、ペンを持つ逆の手はプラスチックの筆箱を叩く動作を繰り返していた。
その動作は一見するとただの癖のようにしか見えないが、見るものが見ればパソコンのキーボードを叩きながらマウスを動かしているようにも見えなくもない。
(何本か翻訳用のソフトを入れておいてよかった。これなら簡単に答えが出せる)
眼鏡の位置を直しながら真紅は筆箱を叩く。
(それにしても、筆記用具をPCに置き換えるなんて、我ながらナイスアイデアですね。眼鏡のレンズをモニター、シャーペンをマウス、筆箱をキーボードに改造するのには三日かかりましたけど…)
ふぅ、と小さいため息をついてから真紅はペンを進める。
(これだけお金と時間がかかって作った物も…次のテストからは使えないんだよな〜)
今度は残念そうに深くため息をつく。
(ま、他にも使い道はあるか。それより辰希さんと魔衣さんはテスト大丈夫かな?闘鬼さんは頭いいから心配しなくても大丈夫だけど…)
暗部・魔衣の場合
その2
「(これからっぽじゃないですか!!)」
封筒の中身は空で、テストの模範解答は入っていなかった。
「(チクショウ!先を越されたか!?)」
「(じゃあこれからどうすんのさ?)」
「(そりゃあ…)」
「(奪い取りますよ!)」
拳をにぎりしめて魔衣が言った。
「(どうやって?誰が盗んだのかわかんないのに?それから残り時間はあと30分くらいしかないけど?)」
「(その辺は気合いです!)」
魔衣の言葉に二人は数秒無言になった。
「(もしかして魔衣ちゃん…頭悪い?)」
「(水瀬さんに言われたくないですよ!)」
「(野乃代、なにか方法ないの?)」
「(あるにはあるが…それを使うにはお前達の信用が必要だ)」
孤狛は力を解散して、狐の姿になった。
「(信用はしますよ!赤点は勘弁ですし!)」
「(アタシも信用するわよ。魔衣ちゃんと同じく赤点は勘弁だから。で何すんの?)」
二人の答えに孤狛は頷くと、漢字が書かれた札を数枚取り出す。
「(これから俺の妖術で奪った奴らの場所を探る。ちなみにこの術は一日に一度しか使えないし、霧谷や十亀達の『唄』よりも精度は落ちる。チャンスは一度だけだ。わかったな?)」
言ってから孤狛は、札を狭い通路の四方に配置した。孤狛が両手を合わせると同時に、札から白い炎が現れ、一瞬で四方に散った。
「(なんですか今の?)」
「(ちょっと黙ってろ…)」
孤狛は手を合わせたまま目を閉じた。
「(俺を中心点として…この校舎の一階西北西、四階北部の廊下に人影…こいつは先生だな…怪しい動きをしているのは…三階南部の点検用通路…二つの人影だ)」
そしてしばらくするとカッと目を見開いた。
「(誰ですか?)」
「(そこまではわかんねー。後はお前達に追跡を頼む、俺はここから動けないからな)」
「(なんでよ?あんたも動きなさいな)」
「(俺はこのまま捕捉し続けてないと、奴らが逃げた時困るだろう?だから俺は指示を出すから常に体内通信の回線を開いて置け、教室じゃない廊下ならジャミングの心配はねー)」
孤狛が言う。
「(しかたないですね〜)」
「(その変わり絶対逃がさないでよ?)」二人は渋々頷いてから追跡を開始した。
(さて、キツネの仕事は大変だぜ〜)
「急ぎますよ〜水瀬さん」
「おうよ!」二人は教室の窓から見えない、廊下の地面すれすれを飛行していた。
「野乃代君、場所は?」
耳の後ろを抑えて、回線を開く。
『そこから教室三つ先の天井、目印は教室の隣にある蛍光灯の真横だ』
「了解です〜」
目的地まで到着すると、魔衣は天井の点検用レバーに手をかけ、押すと内側に開いた。
そこは二階の点検通路よりも広く、少し派手に動いても問題無いような場所だった。
「(水瀬さん!いましたよ!)」
「(よっしゃ!気づかれないようにゆっくり捕まえるわよ〜)」
通路の先には二人の人影があり、魔衣と水瀬は人影に気づかれないように接近する。人影は俯せの状態で数枚の紙の束を眺めていた。
「(オラァ!解答よこせや!)」
「(逃げられませんよ!おとなしく模範解答をよこしてください)」二人は背後から人影に関節技をかけて押さえ付ける。
「(いでで!?)」
拘束した人影が振り向く。
「(な!?)」
「(なんで野乃代君が二人…じゃなくて三人いるんですか!?
)」そこには二人の孤狛がいた。
「(一体どういう…まさか!?)」
「(バレた?ま、時間稼ぎは出来たし、話してやるよ。今頃本物の俺は教室で分身の俺と入れ代わり、回答欄を埋めてる頃だな。おっと、悪く思うなよ?俺の小隊で頭がいいやつはアリス一人だからな、霊と乙音の分を術で教えなきゃなんねーのよ)」
分身の孤狛は痛みを堪えながら苦笑する。
「畜生が…」魔衣が突然声を抑えずに言った。
「(ちょ!魔衣ちゃんバレるバレる!)」
「(さっきからバレそうなことやってる奴の台詞かよ?)」
分身の孤狛が冷静にツッコミを入れる。
「(それより教室に行かれちゃったら手の打ち用がないわね〜早いとこなんとかしないと)」
「(そらぁ無理だ、忘れてたけどお前らにはちょっと時間の感覚を狂わせる妖術をかけさせて貰ったぜ〜)」
「(は?どうゆうことよ?)」
孤狛は薄笑いを浮かべながら答えた。
「(実際は25分過ぎてるけど、お前らの感覚じゃ5分しか経ってないってことだ。途中で感づかれて本体を襲撃されちゃあ困るからな。ちなみに、その術かけたのはさっきの捕捉術の時だ。気づかなかったろ?)」
どうだ、と自慢げに孤狛が言う。
「やってくれるじゃねーかクソギツネが…このオレサマを裏切り、一人だけ赤点逃れようとはよ…」
魔衣は手の平に爪が食い込むほど拳をにぎりしめ、目を見開き、武者震いのように震えて引き笑いをした。
「(ま、魔衣ちゃん?)」
「クソギツネ…うどんの癖に生意気な…」
「(うどんじゃなくて妖孤だって魔衣ちゃん)」
水瀬が魔衣をなだめていると、テスト終了のチャイムが鳴り響いた。
「野郎ぉぉぉぉ!!てめぇぇ!ぶっ殺す!!」
突然、魔衣の額から二本の角が生えた。
「ま、魔衣ちゃん!?」
突然、魔衣が天井を突き破って飛び出した。
「ちょ!野乃代!あんたのせいで魔衣ちゃんが壊れちゃったじゃない!」
「やべ〜やりすぎたな〜。まぁ鬼神が止めるだろうよ」
「あんた、殺されるかもしれないのによく冷静でいられるわね?」
水瀬の問いに、孤狛はしれっと答える。
「だってよ、鬼神に暗部がカンニングするなら妨害するよう頼まれたから」
「は?」
「どうやったか知らんが、ジャミングがかかっている教室で、回線繋げてきやがった。最初は断ったが、学食の裏メニュー、油揚げ丼をおごってくれるっつーから引き受けた次第よ」
孤狛は低い声で笑う。
「…でも大丈夫かな…俺の本体…」
「ヤバイんじゃない?」