第十三話 滅殺
「傭専学校には珍しい人種が集まると聞くが……バーサーカーとは珍しい」
セルゲイは葉巻を吹かしながら眼前に立つ詞凶を見る。
「………」
詞凶は獣のような眼光でセルゲイを睨む。
「セルゲイさん、すぐに始末いたしますので…しばしお待ちを……」
恐持ての男が鉈を取り出し、狐の姿に変身した。
「気をつけたまえ。バーサーカーは戦闘中に成長する」
「御心配なく……我等三人で仕留めますゆえ」
サングラスをかけた男と顔に傷の入った男が各々の武器を取り出して豹と鮫の姿に変身した。
「殺」
三人が一斉に仕掛ける。
「シャ!」
詞凶は三人の猛攻を紙一重で避けつつ、拳を豹の男に叩き込んだ。
「無駄だ……」
男は拳を弾き、回し蹴りで詞凶の頭を打つ。詞凶は咄嗟に片手で防ぐが、骨の砕ける音が響いた。
「グァ!? ……フハハ!」
詞凶は拉げた己の腕を見ると、邪悪な笑みを見せて男達を睨む。
「面妖な…腕を折られて笑うとは……だがその余裕もこれまで」
鮫の男が二刀で詞凶に切り掛かる。詞凶は先程よりも速度を上げ、折れた腕で鮫の男の顔面を殴り、膝蹴りで男の鳩尾を打つ。が、鮫の男は二刀を捨て力技で詞凶を抑え込み、背後から狐の男が鉈を振りかざし、一気に振り下ろした。が、
「何…?」
金属音が響き鉈が何かにさえぎられた。見ると鉈の刀身を防いだのはライフルだった。ライフルを持って割ってはいったのは白眼に髪が腰まで伸びた青年、雷廉だ。
「姐御はやらせん!」
「笑止……」
狐の男はつま先で雷廉の顎を蹴り上げる。
「ぐ!?」
雷廉の身体が弓なりに反り、浮く。狐の男は浮いた雷廉の身体へ掌低を叩き込む。それと同時に詞凶の背を蹴り飛ばした。
「かはッ…?」
雷廉と詞凶の身体が吹っ飛び、床を滑る。
「…ぐ……!?」
雷廉は反撃しようと態勢を整えるが、いつまにか真正面にいた狐の男に鉈を振り下ろされる。
かわそうと思ったときには、すでに鉈の刃によって左肩をえぐられていた。
傷口から鮮血がほとばしり、全身から力が抜け、雷廉は元の姿に戻る。
「雑魚…」
狐が雷廉を見下していると、倒れていた詞凶が立ち上がり、狐に向かって殴りかかる。しかし、狐は表情ひとつ変えず袈裟懸けに鉈を振り下ろす。
詞凶は鮮血を撒き散らしながら、地面に倒れた。
「若いな…少年」
セルゲイは倒れた二人に近寄ると、無表情で見下ろす。
「おの…れ……!」
雷廉はセルゲイの左足を掴み、あらん限りの握力で握る。だがセルゲイは顔色一つ変えずに葉巻を吹かす。
「まだ噛み付く元気があるか……だが無駄な努力だ」
右足で雷廉の頭をボールを蹴るかのように思い切り蹴った。蹴られた身体が宙を舞うと。
「雷廉!」
突如、通路の壁が破壊され中から水瀬、アリス、霊の三人が現れた。
「大丈夫か!?」
霊が雷廉を受け止める。
「ぐ…俺より……姐御を…」
「心配しなさんな雷坊! 姐御ならアタシが助けたよ」
詞凶を肩に担ぎながら水瀬が親指を立てて答える。
「雷廉、お前はゆっくり休んでろ。今から俺が目立って奴らを叩きのめすからよ!」
指の間接を鳴らしながら霊は、獲物を見つけた獣のようにセルゲイを睨む。
「気をつけろ……奴ら…かなりの手練だ……」
「わかってるわよ。それくらい」
三人が力を解放する。
「アタシはあの狐! アリスと霊はグラサンとフカヒレ! 行くわよ!」
「ああ!」
「おう!」
言ってから三人が前に出た。
「餓鬼が…」
「笑止千万」
狐の男が床を蹴ると、水瀬との距離を詰め、鉈による横薙ぎの斬撃を放つ。水瀬は身体を伏せて鉈を避け、男の鉈を持った腕の肩間接を掴み、間接を外す。男の腕が力無くぶら下がった。
狐は鉈をもう一方の手に持ち変え、今度は縦に振り下ろす。水瀬は右胸のホルスターに装備した支給品のナイフを取り出して鉈を受け止める。金属音が響くとナイフの刃は欠け、今にも砕かれそうになったが水瀬にとっては十分だった。
すかさず手首の間接を外すと、狐の手から鉈が滑るように地に落ちた。
「続いて足ぃ!」
「愚かな……」
水瀬が男の膝間接を掴もうとした瞬間、男の身体が霧散して消えた。
それが分身だと気づく事に時間は必要なかった。
「死ね…」
背後から鉈の一閃が迫る。が、鉈が水瀬の身体を摺り抜け、空を切る。
「分身…!」
裏の裏をかかれた事に男が驚く。
「前に同じ手をくったから二度とかからないわよ!」
男の頭上から水瀬が現れ、首を掴んだ。
「どっこい!」
間接を外すと男の身体が力無く倒れ、元の姿に戻る。
「一丁上がりだぜぃ!」
水瀬は口元に笑みを浮かべて倒れた男を見下ろす。
「俺は目立つぜぇ! 行くぞアリス!」
「はいはい……全力で行くわよ霊」
「応!」
二人が同時に前に出る。
「連携か……」
「ならば我等も……」
豹の男がヌンチャクを取り出して構えた。アリスが間合いに入ると同時に、豹はヌンチャクを横殴りの打撃で打ち付けた。
だがアリスはヌンチャクを支給品のナイフで一瞬受け止めると片腕でヌンチャクを掴む。
「霊!」
「わかってる!」
アリスの後ろから霊が跳び、豹の懐に入る。豹はヌンチャクから手を離して間合いを取ろうとするが、それよりも早く霊が拳を連打する。
魔族の硬い甲殻の拳が男の腹を目掛け、ビデオの早送りのようなスピードで打ち付ける。
「…だが……!」
豹の男がよろめいた瞬間。
「甘い…」
豹の真下から鮫の男が現れた。突然の事に霊は連打する拳を止められない。鮫の男が二刀で霊の身体を切り裂きながら真上に跳び上がった。
アリスは咄嗟に霊の首を掴んで後ろに引く。斬撃が右肩の甲殻を僅かに削るだけだった。
「あぶねぇ! 皮一枚!」
「殻一枚の間違いでしょ?」
引いた霊の身体を踏み台にしてアリスは真上に跳び、追撃する。鮫の腕に回転を加えた踵落としを叩き込む。
「!?」
男が苦悶の表情を浮かべ、落下した。
「霊!」
「おう!」
頭から落下する鮫の男の身体に4つの拳を叩き込む。
「が……?」
鮫の男が元の姿に戻る。
「よっしゃ! アリス!」
わかっていると目で合図を送り、アリスは落下の勢いでよろめいていた豹の男の脳天に踵落としを叩き込んだ。
「!?」
男が豹の姿から元の姿に戻る。
「よし」
「二丁上がり!」
「始末完了?」
「後はあの男だけ……」
「最後まで目立つぜ!」
三人は構えを解かず、セルゲイを見据える。するとセルゲイは、三人に賞賛の拍手を浴びせた。
「若い才と言うのは恐ろしいな……ここまでの実力を持っているとは…恐らくあのバーサーカーの少女と神族の少年も一対一ならば君達とも互角だろう?」
葉巻の火を壁に押し付けながら問う。
「辺り前よ〜、姐御と雷坊はアタシの小隊のポイントゲッターなんだからさ」
水瀬は軽口を叩きながらも警戒する。
「ふむ、なるほど……だが君達の実力もたいしたものだ。是非とも私の部下に欲しいところだが……詰めが甘い」
セルゲイが口元を歪めた瞬間、倒したはずの三人が背後から襲い掛かった。
「は?」
「何?」
姿を確認するより早く、三人の後頭部に重い衝撃が走った。
「マジ…かよ……ぬか喜びさせやがって……」
三人の身体が倒れ、元の姿に戻る。
「詰めの一手を怠るとは…所詮は学生……」
「さ、早く始末したまえ……そうしなければ別の教員が来る」
セルゲイはつまらなそうに命令すると、ポケットから新しい葉巻を取り出す。
「クソッたれが…フリかよ……!?」
後頭部の痛みを抑えながら水瀬はセルゲイを鋭い目で睨む。が、狐の男が鉈を振りかざし、水瀬の首を目掛けて振り下ろした。
「畜生……!」
やられる……そう悟った瞬間、銃声が二度響き渡った。と同時に金属が折れる音が響いた。
「な…に……?」
驚いたのは水瀬よりも狐だった。振り下ろした鉈の柄より先が砕かれ、その残骸が散らばっている。男は銃声がした方向を睨むと、新な銃声が響いた。
「四発……」
弾丸は三人の男達に目掛け飛来する。三人は全弾を見切り、紙一重で交わすと、薬莢が散らばる音と同時に今度は六発の銃声が響く。
「無駄だ……」
男達は先程と同じように弾丸を避けたが、弾丸とは別に巨大なものが飛来した。
「きぃぃーん!」
効果音を口で言いながら飛んできたのは魔族の少女だった。額から生えた鋭利な角を突き出し、翼は折り畳んで空気抵抗を少なくする。一直線に狐の男目掛けて突進した。
「魔族か…」
鮫が狐の前に出て、二刀を構え、魔族の少女とすれ違い様に切り掛かる。斬撃が少女を頭から真っ二つに両断した……かに見えた。斬撃を受けた瞬間、少女の身体は水風船が破裂するように僅かな血液だけを飛び散らせ霧散した。
「!?」
男は一瞬辺りを見回すと天井に亀裂が入り、その亀裂、を突き破って少女が現れた。少女は額の角で鮫の男の心臓を背中から貫いた。
「……!?」
男は叫び声を上げる暇もなく絶命する。
少女は男の心臓を突き刺したまま頭を下にした垂直の状態から角を引き抜き、身体を起こす。
「ぶい!」
角から滴り落ちる血液を払う事なく、少女は倒れている水瀬に向かってピースをした。
「魔衣…ちゃん?」
水瀬は霞む目で目の前の少女、魔衣を見つめる。
「助けに着ましたよ〜、水瀬さん」
魔衣は笑顔で言う。
「ふむ…一瞬で彼を仕留めるとは……なかなかの実力だね。お嬢さん?」
セルゲイは拍手をしながら魔衣を見据える。
「そうでもないですよ〜、私より闘鬼さんの方が百倍強いですし〜」
魔衣はニヤニヤしながら答える。
「ほう…それはそれは面白い……是非とも見てみたいね」
セルゲイが口元を歪めた瞬間、豹と狐が左右から魔衣に襲い掛かった。
「餓鬼……」
ヌンチャクの打撃と回し蹴りが迫る。
「死ね……」
二人の攻撃が迫る中、魔衣は恐れなど抱かず、いつものような笑顔でただ突っ立っているだけだった。
「恐れで狂ったか…」
刹那、二人の攻撃が弾かれた。
「!?」
狐と豹は弾かれたことに驚く暇も無く、視界に紅髪の青年を捉えた。紅髪に打撃が弾かれたと理解した時には、上半身が爆発するかのように粉々に飛び散った。
「な……!?」
水瀬はその光景を呆然と見つめていた。魔衣に襲い掛かった二人の首と四肢が転がり、粉々になった肉片と血液が屋敷の通路を赤く染め上げている。
その肉塊に成り果てた死体の中心に魔衣よりも頭一つ分背が高く、真っ赤な髪に前髪の一部だけが黒い青年、鬼神・闘鬼の姿があった。
力を解放することもなく、いつもの自然な姿で立っている。
(まさか…普通の状態で仕留めた……?)
水瀬が驚いた顔をしていると、闘鬼は不機嫌そうな顔で言った。
「蕨、通信もせずに先に進むな。おかげでこの無駄に広い洋館の中を走り回る事になった」
溜息を付け足してから闘鬼はセルゲイを見る。睨むのでは無く、見下すかのようにただ見ていた。
セルゲイは目の前の闘鬼を見て頭の中で己の記憶を再生した。
(確か彼は…四年前のレバノンで……)
セルゲイはそこまで思い出すと左目を抑え、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。
「君は…あの時の少年だね? …そうだろう……壊腕?」
セルゲイは左目を抑えながら闘鬼を睨む。が、闘鬼は顔をしかめて問い返す。
「誰だ貴様? 俺は貴様のことなど知らんが?」
きっぱりと言い放つ。
「覚えていないかね? 四年前のレバノンを?」
セルゲイの問いに闘鬼は。
「知らん。忘れた」
本当に忘れたような口ぶりで答えた。そんな闘鬼をセルゲイは鋭い目で睨む。それを見た魔衣は、闘鬼の肩を叩いて耳打ちをした。
「(本当に覚えてないんですか? あっちの人は闘鬼さんと因縁があるみたいですけど?)」
魔衣の問い掛けにも闘鬼はきっぱり、知らん、と首を横に振った。
ならば…と、セルゲイは力を解放する。背から黒い翼が生え、額には二本の角があり、片方は折れている。魔族の姿だった。セルゲイの変身した姿を見て闘鬼は思い出したように手を叩く。
「ああ、貴様か」
どうでもいいような声で言った。
「やっぱり知り合いでしたか?」
魔衣の問いに闘鬼は頷く。
「四年前、俺が中学に入学する前の春休み、クソ親父と紛争中のレバノンへ行った。その時にクソ親父をおびき出すために俺を誘拐した馬鹿なテロリストがいた」
「ゆ、誘拐されたんですか!? それで闘鬼さんの運命は!?」
魔衣は大袈裟なテンションで問う。
「馬鹿なテロリスト共を殲滅してやった。はずだったが、奴だけ尻尾巻いて逃げやがった。確かその時に右目を破壊したはずだ」
「(ちょっ、闘鬼さん! 左目抑えて睨んでますって! きっと右目じゃなくて左目ですよ!)」
魔衣が慌てて耳打ちをすると闘鬼は…そうだったか?、と首を傾げていた。
「(やばいですよ闘鬼さん! 謝ったほうがいいですって! あの人怒ってますよ〜!)」
「ふん、何故俺が三流テロリストに頭を下げねばならない? それより貴様、いつまで突っ立っているつもりだ。それとも、あの時のように足が震えて動けないのか?」
闘鬼が鼻で笑うと、セルゲイが翼を広げ、一直線に闘鬼へと突貫した。
「あの時の私とは違うのだよ!」
拳を闘鬼の額に向けて放った瞬間、セルゲイの身体が爆発するように弾け飛んだ。
「馬鹿が、あの時と違うのは貴様だけじゃないだろう?」
そう言った闘鬼の左腕は返り血で真っ赤に染まっていた。