第十二話 人狼鬼人
「さすが鬼神家の次男坊、やるじゃん……」
昴は薄い笑みを浮かべて端末のモニターを見る。
「さてと、私も仕事しますかな」
「行ってらっしゃい、大神先生!」
ヘリのパイロットがグッ!と親指を立てる。
「はいよ!」
昴も親指を立てて返事をすると、勢いよくハッチから飛び降りた。
実習開始から5分後。
洋館の周囲に広がる林に銃声が響き渡る。
その中に洋館に向かう詞凶と雷廉、辰希の姿があった。詞凶はライフルを片手で持ち、弾丸をばらまきながら退屈そうに呟く。
「あ〜、かったりぃな……まさかこんなにつまらねーとはよ〜。俺も突入すりゃよかったなぁ〜」
「姐御、文句言わないでください。敵の数だけは多いんですから、しっかり始末してくださいよ」
雷廉は詞凶の背後を守るように銃を構えながら言った。
「んなこと言われてもよ〜、銃なんて爽快感のかけらもねーじゃん? うるせーし、当たらねーし、リロードするのは面倒だしよ」
ぶつくさいいながら撃ち終わったマガジンを捨て、新しいマガジンを装填する。
『そうか? 俺は楽でいいよ、動かなくても倒せるし』
無線越しに孤狛が答えた。
「わかってね〜な〜やっぱ殺しは自分の身体だろ? 鍛えた身体で敵を仕留める。最高だぜ」
『そんなもんかね〜』
三人が話していると、突然爆発が起こった。
「お? なんだ?」
詞凶は慌てる事なく爆炎が上がっている場所を見る。
(え、えと……爆弾みたいな武器で武装した人達が出てきたよ……詞凶ちゃん)
(見たところロケットランチャーっすね。結構数が多いっすから気をつけください。それから、狙撃手が数人……場所を特定したら伝えるっす)
頭の中で湊と乙音の声が響くと、爆発が二度起きた。
「あ〜もう、やめだ! 銃なんて面白くねぇ! 辰希! ナイフ貸せ!!」
詞凶はそう言って辰希のホルスターからサバイバルナイフを奪うと、突撃した。
「姐御! ええい……辰希、姐御を守るぞ!」
詞凶の後を続くように雷廉が走った。
「む…守る必要があるのか?」
『さぁ? あの二人は任せるぜ〜、辰希。俺は湊ちゃんと乙音を守るからよ〜』
「…了解だ……」
辰希はライフルを背中に担ぐと全速力で二人を追い掛けた。
林から洋館が見える広場に向かって叫びながら詞凶は走る。
「イヤッハー!!」
詞凶は迫りくる弾丸を難なくかわしながら重武装した男に接近する。
「そんな豆鉄砲当たるかよ! バーカ!」
男の鳩尾を蹴り上げ、ナイフで頭部に一撃を加える。男の頭から血が噴き出した。
詞凶はナイフを引き抜き、逆手に持って次の標的を探す。
「姐御! 伏せてください!」
雷廉が言うより早く、詞凶は身体を伏せた。背後の地面の土が飛沫を上げるように散る。
「めんどくせーな!」
怒鳴ると次の弾丸が放たれた。
「うおっと!?」
バックステップで弾丸を避ける。
「畜生! 降りてこいやこの○○○野郎!」
「姐御、落ち着いてください。湊、狙撃手の位置は?」
暴れる詞凶を押さえながら雷廉は冷静に言った。
(う、うん……雷廉君から見て、2時の方向に一人……距離は30メートル先、洋館の二階…あ、今第四小隊のみんなが戦ってる……)
「了解した。狙撃手の心配はいらないみたいだな……姐御、もう大丈夫です…よ?」
雷廉が詞凶の方を向くと、詞凶の瞳が血のような深紅に染まり、肌が黒ずんだ。
「血祭りじゃー!!」
叫んだ瞬間、詞凶が二人の目の前から消えた。
「は!?」
「む?」
二人が洋館へ目を向けると銃撃を避けながら突撃する詞凶の姿が見えた。
「本当にあの人は……!」
二人は詞凶を追って走る。
洋館内部・一階エントランスホール。
「バイオ○ザードみたいな館ですね〜、闘鬼さん」
魔衣がライフルの弾丸を交わしつつ接近し、回し蹴りで敵の首を打つ。骨が砕ける音が響くと、男の身体が吹っ飛んだ。
「魔衣、無駄口を叩くな」
闘鬼のリボルバーから銃声が2度鳴り響くと、敵の心臓と脳天を撃ち抜く。
「あんたは次元○介かって」
水瀬は奪ったショットガンで敵の頭を撃ち抜く。
三人の働きでエントランスホールは血の海と化していた。
「畜生、銃じゃ目立てねぇ……」
三人が活躍する中、霊は一人壁に張り付き、銃撃から身を守っていた。
「霊、下手に出るんじゃないわよ。撃たれるから」
アリスが霊を狙う敵兵を撃つ。闘鬼程ではないが、的確な射撃で敵兵二人を仕留めた。
「真紅、状況は?」
闘鬼は弾丸が飛び交う事もお構いなしに悠然と先を進む。
『内部の警備の数は侵入時は80人程でしたが、闘鬼さん達と第四小隊の力で今は半分まで撃破してます。増援の気配はありません。外の敵も辰希さん達と第二小隊のみなさんが七割撃破したみたいです。それから180秒前に大神先生が内部に侵入しました』
「了解、何かあったら連絡しろ。やばくなったら逃げろよ?」
『はい、闘鬼さんも気をつけてください』
通信を切り、今度は別の回線を繋げる。
「辰希、真紅達と合流して外の守りを固めろ。増援が来れば迎撃、先生が標的の始末を終了するまで退路の確保だ」
『む…そうしたいのだが…』
辰希はどこか落ち着かない様子で言った。
「どうした? 何か問題あるのか?」
『…佐熊が暴走して内部に突入してしまった……それを追って武藤も内部へ……』
「なんだと?」
『む…すまない……』
「仕方がない…佐熊達は俺達が止めておく。辰希は真紅達と合流して退路を確保だ」
闘鬼は回線を切ると深くため息をついた。
「面倒な……」
舌打ちをしてから別の回線を繋げる。
「魔衣」
「はいは〜い!」
返事が無線越しではなく、耳元で響いた。
「詞凶ちゃんを止めに行くんですよね? でもそれが〜勝手に無線を傍受した水瀬さんが〜先に行っちゃいました〜。それから後を追うようにアリスちゃんと霊君が天井突き破って行っちゃいました〜」
魔衣が苦笑しながら天井を指差す。
そこには巨大な穴がぽっかりと開いていた。
「クソッ……面倒な!」
悪態をつくと、闘鬼は穴の開いた天井へ跳躍する。
三階。
闘鬼達が内部へ侵入してから2分後、昴は三階の標的がいる部屋の扉の前で立ち止まる。
「さてと……行くか!」
扉を蹴破って中に入る。目の前に銃を構えた数人の兵士が待ち構えていた。
「撃て!」
兵士達の後方に位置するロシア系の男が言った瞬間、全ての銃口から弾丸が斉射された。昴はホルスターからナイフを二本取り出し、前に出る。邪魔な弾丸のみをナイフで弾き落とし、ゆっくりと前に進む。
「そろそろ弾切れだろ?」
呟いてから一瞬力を解放し速度をトップスピードまで引き上げ、男の目の前まで移動すると、突然背後の兵士達が首から血を流して倒れた。
「見事なものだな、スバル・オオガミ。私の部下を一瞬で始末するとは」
男は葉巻に火を点けて昴を見下ろす。
「セルゲイさん……ここは私が引き受けますので…お逃げください」
男の後ろから抜き身の長刀を持った女が現れた。
どちらも昴が殺害するターゲットだ。
「彼女の実力は我々より上だ。それに傭専生20名が館を包囲し、彼女より上の実力を持った教員が控えている。私一人で逃げる事は難しい。だからここは共闘して彼女を倒すべきだ。違うかね、マキ・キトウ?」
男が昴を見据え、言葉を女に向ける。
「ご心配なく……セルゲイさんには組の手練を三人、護衛につけます」
マキが合図をすると天井裏から6人の男達が現れた。
「半分はセルゲイさんを無事に外まで送り届けなさい……もう半分は私とこの女を始末しますよ……」
マキが静かに告げると、男達三人の姿が猿、熊、天狗に変身した。
「やれやれ……困ったお嬢さんだ。ではマキ・キトウ…武運を」
言い終わると男の真下に穴が開き、そこから下の階へ姿を消した。
「逃げやがったか……ま、お前らを瞬殺してからゆっくり殺せばいいだろう」
昴はナイフをホルスターに戻して、人狼の姿に変身する。
「品のない狼ですか……いいでしょう」
マキが力を解放し、鬼の姿に変身した。
「鬼か……ウチのクラスの生徒にも一人いるぜ」
「力だけの子供と一緒にしないでください……」
マキが前に出ると、それに続くように部下の三人が分散して仕掛けた。
そして、マキの長刀から横薙ぎの斬撃が繰り出される。
昴は斬撃を見切り体制を低くしてかわすと、真上からトンファーを装備した熊の男が右腕を振りかぶり、打撃を放つ。
床に蜘蛛の巣状のひびが入った、が、昴の姿はない。
「いつまで下見てんだ?」
男が昴の声を聞いた瞬間、昴は男の背後から両手で顎と後頭部を抑え、思い切り左右に引いた。
「そらよ!」
ゴキゴキッ!、と言う鈍い音を響かせながら男の視界が360度回転すると、力なく倒れた。
「てめぇ!」
「よくも!」
斧を持った猿の男と槍を持った天狗の男が左右から迫り来る。斧の上段の斬撃と槍の下段の石突きが同時に繰り出された。
「あめぇよ」
昴は斬撃と石突きを難無くかわし、手刀で二人の鳩尾を貫く。
「が……」
「ぐぁ……」
昴がゆっくり両手を引き抜くと男達の身体から鮮血と臓物が溢れ出した。
「これで30秒……これからお前を殺して、奴を殺せばだいたい2分だな」
昴は腕についた血を舐め、マキを睨む。するとマキは笑った。
「どうした? 怖くて頭おかしくなったか?」
「違いますよ…」
低い笑い声で答える。
「貴女のような人に出会うのは極めて稀ですから…少々嬉しくなりましてね……」
長刀の腹を舌で舐めながら昴を見据える。
「凶人族並に好戦的だな、お前」
「あんな連中と一緒にしないでください……我々鬼の一族は戦いを求める者です……戦いを食いつぶす連中とは違います」
「あ? 意味わかんねーよ。やってる事は同じだろうが」
「フフフ……貴女方には理解できませんよ」
言ってからマキの斬撃が飛んだ。
「何!?」
昴は咄嗟に跳躍して斬撃をかわす。だが目の前にマキの姿があった。
「マジかよ!」
「油断しすぎですよ……」
上段から振り下ろす。
「バ〜カ! そんだけ長い刀だと天井に引っ掛かるだろうが!」
だが長刀は速度を落とす事なく、天井を切り裂きながら昴に迫る。
「やべ!」
昴は両手で長刀の腹を白刃取りした。
「フフフ……いいですね!」
マキは長刀の柄から手を離し、拳を昴の腹へ打ち込む。昴の身体が吹っ飛び、破砕音を立てて壁に激突した。
「チッ! ……馬鹿力が!」
瓦礫を押し退けて身体を起こす。
「フフ…楽しいですね……もっと楽しくしましょうか?」
マキは恍惚の表情で昴を見つめる。
「そいつは結構だ」
「そうですか?では一つ……面白い事を教えて差し上げます。貴女の生徒さんが二人、貴女の命令を無視して勝手に屋敷の内部へ侵入……それを追った別の生徒さん達五人が、セルゲイさんと遭遇したみたいですよ? 早く私を殺して助けに行かないと…生徒さん達が殺されちゃいますね」
マキは口元に笑みを見せて昴を見る。
「ハッタリでアタシを焦らそうってから? そうはいくか」
昴はマキを睨みながら言った。
「フフ…嘘ではありませんよ……証明してあげましょう。侵入した生徒さんは、赤い目に黒い肌をした凶人族の少女…戦場の空気で暴走したみたいですね……もう一人は白眼に雷を纏った青年…神族とは珍しい……」
長刀を構え直す。
(やべぇな……侵入したのは多分、佐熊と武藤だな。それを追った五人ってのは…鬼神と暗部、それから蕨、時宮、名波…大丈夫かな? ……ええい考えるな! この事態は余裕ぶっこいたアタシの責任だ! 馬鹿野郎アタシ! 調子に乗りやがって! 今はこいつを倒すことだけ考えろ! そうだこいつを殺してすぐにみんなを助ければ万事オーケー丸く収まる! ……はず)
昴が思考を巡らせながら構え直した瞬間。
「油断しちゃ駄目ですよ…センセイ?」
マヤの長刀が昴の身体を貫いた。
「…あ?」
「フフフ! 咄嗟に心臓からずらしましたか……でも駄目ですよ…死合のさなかに別の事考えちゃあ…死を早めるだけです…」
マキは顔が崩れるほどの笑みで昴を見下ろす。
「クソッたれが…!」
出血を手で抑えながら、マキを睨む。
「センセイがそんな汚い言葉使っちゃ駄目ですよ……フフ…このまま殺してもいいんですけど…それだと私…逃げる事を忘れて死ぬまで遊んでしまいそうです……だから今は我慢…次に合ったらきちんと殺して差し上げますよ……センセイ」
最後に狂ったように笑うと、マキは姿を消した。
「クソが…舐めやがって……!」
昴は悔しさで奥歯を噛み締めた。