第十話 団欒
午後8時、闘鬼は自宅のアパートに帰宅した。
学ランのポケットから鍵を取り出して開け、ドアを開くと、玄関に黒い革靴と下駄、そして真っ白い革靴が並んでいた。そして玄関先には黒スーツの上に割烹着を着た白髪の老人が出迎えている。
「お帰りなさいませ。闘鬼様」
老人が深々と礼をすると、闘鬼は舌打ちをしてから言った。
「牛鬼、お前がいるのは、まぁ許そう……だが何故クソ親父と戦鬼兄さんがいる?」
ため息をついてから問う。
「本日の演習試合で闘鬼様の小隊がトップとお聞きしましたので、その祝勝会ということで夕食の準備を致しました次第でございます。ちなみに今夜の夕飯は近くの商店街で安売りをしておりましたフグでフグ鍋でございます」
牛鬼が振り向くと、その先にはこたつの上においてある鍋がおいてあった。
「どこから持って来たんだ…?」
闘鬼がため息をついてこたつを見ると、神鬼と戦鬼が鍋を囲みながらこちらを見た。
「お帰り闘君〜」
「遅かったな」
二人が闘鬼を出迎えた。
「クソ親父…何故演習のことを知っている?」
闘鬼はこたつに入り、牛鬼から箸と茶碗を受け取ってから問う。
「気づかなかった? 盗聴器つけてたんだけど? って…あちゃ熱い!」
豆腐を口に含みながら答える。
「盗聴器だと? 兄さん、どうゆうことだ? 学ランに盗聴器はついていなと言っていなかったか?」
戦鬼を睨みながら言った。
「あ〜すまん、確かに学ランに盗聴器はついていないんだが…演習用の迷彩服についていると言うのを忘れていた」
戦鬼は苦笑しながら鍋の中のフグを挟む。
「戦鬼様、箸でフグを挟むのはお止めください。身が崩れてしまいます」
牛鬼が代わりによそった。
「おっと、悪いな牛鬼」
戦鬼は牛鬼に軽く頭をさげる。
「牛鬼、明日までに俺の演習着から盗聴器を取り除いておけ」
闘鬼が茶碗にフグを移しながら言った。
「かしこまりました闘鬼様」
「ところで兄さん、そしてク……」
「闘鬼様、食事中でございます」
「チッ……親父、本当はなんの用で来た?あんたがこのアパートに来ると狙われるんじゃなかったのか?」
闘鬼の問いかけに神鬼はニヤニヤしながら答える。
「心配してくれてるのかい?」
「馬鹿か? 俺が心配したのは管理人さんや、同じアパートの住人のことだ」
即答すると、しょぼーん……、と意味不明な事をいいながら神鬼が箸を落としてうなだれた。
「御心配なく闘鬼様、5人のガードマンをこのアパートの周囲に配置しておりますし、念のためアパートにお住まいの皆様には懸賞が当たったということで二泊三日の熱海へ温泉旅行に出かけていただきました」
「だから心配する必要はない、馬鹿な親父殿はほっといて、本題だ」
そう言って戦鬼は30センチ程の長さの桐箱を取り出し、闘鬼に渡した。
「なんだこれは?」
「祖父様からの入学祝いだ。この先、授業や実習で武器の携帯が許されるからな。それは祖父様からの餞別」
闘鬼は桐箱を開けると中には柄に引き金のついた六角柱の鉄棒が入っていた。
「警棒のようだが?」
取り出してから眺める。
「見た目は…な、だが祖父様が手を加えた物だ。俺が貰った出刃包丁みたいに仕掛けがあるだろう」
「そのようだな」
闘鬼が鉄棒を勢いよく振り下ろすと、カシャンカシャンと音を立てて二倍の長さに伸びた。そして引き金を引くと、全ての面から棘が飛び出した。
「闘鬼様、調整するのは構いませんが、せっかくのフグ鍋が冷めてしまいます」
「ああ、すまない」
鉄棒を元に戻してから再び鍋をつつく。
「闘君、戦君、牛鬼」
うなだれていた神鬼が起き上がり、いつもの調子で三人を呼んだ。
「ああ」
「わかっているさ親父殿」
「申し訳ございません御当主様、もうワンランク上の手錬を用意しておくべきでした」
「それはいいから、来るよ」
瞬間、窓ガラスが割れ、何かが飛び込んで来た。闘鬼は咄嗟に箸と茶碗を持ったまま避け、戦鬼と神鬼も同じように避けると、牛鬼は何処からか取り出した鍋掴みで鍋を持っていた。
「食事中に襲撃とは…無粋な輩だな」
四人は飛んで来た物を確認すると、それは黒スーツにサングラスをつけた、
「ガードマンだな」
闘鬼が言った瞬間、別の窓ガラスが割れ、人影が入って来た。四人は一瞬でその姿を確認すると、こたつを元に戻し、何事もなかったかのように鍋をつつき始めた。
「こら! 無視するな!」
窓ガラスを割って入って来たのは髪の右半分が赤く、左半分が白髪に革ジャンを着た老人だった。
「いや別に……それより祖父様、来たいのなら最初から言えばよかっただろう? いちいち面倒な登場は止めてくれないか?」
まぎらわしい…と、戦鬼が長ネギを口にくわえながら言う。
「まったくだ。余計な神経を使わせるなボケジジイ」
「なんじゃなんじゃ! 冷たい孫達じゃのう、遥々札幌からワシが来たのに」
老人は強引に闘鬼の隣に座り、牛鬼から茶碗と箸を受け取る。
「ジジイ、入学祝いなら受け取ったからさっさと帰れ」
「お前さん……老人をいたわる気はないのか?」
「ガードマン5人を倒しておいて言う台詞か?」
闘鬼が鍋からフグを取り出そうとした瞬間、老人が箸で弾いて茶碗に入れた。
「ジジイ! それは俺のだ」
「けち臭いの〜。老い先短い老人には譲らんか」
老人は骨ごとフグを食べる。
「ところで皇鬼様、本日はどのような御用件でこちらへ?」
「それがの〜、一人で隠居しておると寂しくての〜。じゃからしばらくこっちの道場で暮らす事にしたんじゃ。じゃからその挨拶で来たんじゃがの〜、あの5人がワシの事を不審者と勘違いしおったから、全員気絶させておいたぞ」
箸を戻し、茶をすする。
「困りますよお父さん。うちの社員をボコボコにしちゃ駄目でしょう?」
「阿呆! あんな雑魚5人に護衛をさせるとは何事か!」
「お父さんと互角に戦える人間は、この世界に僕を含めて四人しかいないんですから〜。うちの社員じゃ無理ですよ」
苦笑しながら神鬼が言う。
「お前さん、ワシに勝てると思っとるのか?」
皇鬼が立ち上がり神鬼を見下ろすと、
「祖父様、血圧上がるからやめろって」
「そうだ座っていろ、ジジイ」
闘鬼と戦鬼が冷めた目で皇鬼を見る。
「ホント冷たいなおぬしら…まぁいいわい、今日は挨拶ともう一つ用があったから来たんじゃ」
そう言って皇鬼は革ジャンから、長さ長方形の桐箱を二つ取り出した。
「そんなポケットの少ない革ジャンから…」
「ドラ○もんか貴様は?」
「ほれ、戦鬼、闘鬼、お前さんら用じゃ」
二人は桐箱受け取り、箱を開けると中には、
「ナイフだな」
「ああ、ナイフだ」
箱の中には黒い柄に鞘がついたナイフが入っている。
「そいつには仕掛けはついとらん、耐久性と切れ味だけを高めた物じゃから、使いやすいぞい。これで今日の用は済んだから、ワシは道場に帰る。牛鬼、ご馳走さん」
皇鬼は窓ガラスから外に出て行った。
「じゃ僕達も帰ろうか牛鬼、戦君。ああそうだ、ガラスの修理は明日、闘君が学校に行っている間に直しておくよ。じゃあね」
いつの間にか鍋を片付けていた牛鬼と、茶を啜っていた戦鬼と共に、玄関から出て行った。
「やっと帰ったか…」
闘鬼はため息をついてから時計を見る。時刻は午後10時を回っていた。
押し入れから布団を取り出し、敷く。
シャワーを浴びてから寝巻に着替えて布団に入ろうとしたとき、携帯が無機質な音を立てた。闘鬼は舌打ちをしてから電話に出る。
「誰だ?」
『うわ! なんですかその無愛想な返事は!』
電話の相手は魔衣だった。
「チッ……なんの用だ?」
『舌打ちって酷いですよ闘鬼さん! せっかく連絡を伝えようとしたのに』
「連絡?」
『はいそうです〜。先生から、明日はいろいろ渡す物があるそうなので、大きめのバックを持って来いだそうです』
「わかった。御苦労だったな」
闘鬼が切ろうとしたとき、
『ああ〜! 待ってください!』
魔衣が慌てて呼び止めた。
「なんだ? まだ何かあるのか?」
『特にないんですけど〜』
「切るぞ」
『嘘です嘘です!』
「なんだ?」
『おやすみなさい、です!』
魔衣の言葉に闘鬼はため息をつく。
「それだけか?」
『それだけか? って、一日の終わりなんですよ?』
「だからどうした?」
『だから〜挨拶しないといけないと思いまして』
「そうか、切るぞ」
『ちょっ〜と!』
「今度はなんだ?」
『ほら、闘鬼さんも!』
「は?」
闘鬼が聞き返すと、魔衣は当たり前のように答える。
『は? じゃなくて、闘鬼さんも、おやすみなさい。って言ってくださいよ』
闘鬼は電源のボタンを押して通話を切った。
「さて……寝るか」
布団に入ろうとすると、携帯から着信音が響く。
「チッ」
嫌々電話に出ると、
『ちょっと! なんで切るんですか!?』
「もう寝かせろ」
『だったら、おやすみなさい。ってちゃんと言わないといけないでしょう!』
「面倒な……」
再度ため息をつくと、
『さぁ!』
魔衣が興奮気味に促す。
「わかった……おやすみ」
『はい! ではまた明日!』
そう言って魔衣は電話を切った。
「やっとか…」
闘鬼はため息をついてからようやく眠りについた。
闘鬼のアパートから数キロ離れた地点。
「親父殿、どうして家に向かわないんだ?」
リムジンの中で茶を啜りながら戦鬼が問う。
「気づいてなかったの戦君? さっきからつけられてるけど?」
神鬼は不思議そうな顔で問い返した。
「いや、知っていたが……本社で潰せば早いだろう?」
「そうなんだけどさ〜。父親として、久しぶりに戦鬼君の力を見たいな〜、なんて……駄目?」
神鬼が苦笑しながら言った。
「仕方がない…親父殿、久しぶりにあんたの息子の実力を見せてやるよ」
「じゃ牛鬼、どっか広い場所まで頼むよ〜」
「かしこまりました。御当主様」
牛鬼がアクセルを踏み込んだ。
5分後。
リムジンが東京湾の某倉庫街で止まった。
「ここなら、死体の片付けが楽だな」
「あ〜駄目駄目、いろいろ聞き出すから何人か生かしておいて〜」
戦鬼は手を挙げて合図すると、リムジンのドアを開け、外に出る。カランっと言う下駄の音を響かせてコンクリートの地面を歩く。
戦鬼が歩む先には黒いセダンが二台、前後のドアが開き、黒スーツにサングラスの男達が8人。皆拳銃やアサルトライフルで武装している。
「何処の連中だ?」
戦鬼の問い掛けに、男達は銃口を戦鬼に向け、撃つ。銃声が鳴り響き8人の銃口から弾丸が放たれる。
「まぁ…そうなるわな」
戦鬼は左手で円を描くように動かす。すると弾丸が戦鬼に届く事なく、重力に従って落下した。
「!?」
男達はそれを見て一瞬驚いたが、すぐに銃撃を再開した。
戦鬼は先程とは違い、螺旋を描くように動かす。すると弾丸が戦鬼の前で反射したかのように、男達に跳ね返った。
「ぐぉ!?」
「が!?」
数人が苦悶の表情を浮かべ、地面に倒れる。
「ほう……勘のいい者がいるな」
戦鬼が跳ね返した弾丸を紙一重で避けた二人がナイフを構えて突撃した。
「銃が駄目なら刃物…馬鹿の考えだな」
ナイフが戦鬼の身体に触れる寸前、二人の身体が地面にたたき付けられた。
「馬鹿な……!」
「だが……!」
二人の姿が豹と虎に変身した。
「これなら!」
両サイドから爪が迫る。
「やれやれ…馬鹿の一つ覚えだな」
爪が戦鬼の身体に触れる瞬間、またしても男達の身体が地面にたたき付けられる。
「!?!?」
たたき付けられたコンクリートが砕け、気絶した男達が元の姿に戻った。
「終わったぞ、親父殿」
戦鬼が言うと、大袈裟な拍手をしながら神鬼がリムジンから降りる。
「さっすが〜鮮やかに決めたね〜! それも一人も殺さずに」
ニヤニヤ笑いながら神鬼は銃弾を受けた男達を見下ろす。
「どうするんだ親父殿?」
「たぶん、どこぞの組織の下っ端だね。あとの処理は呼んでおいた猿鬼に頼んだから、僕達は撤収〜」
そう言って神鬼はリムジンに戻った。
「なにか……近い内に一悶着ありそうだな」
やれやれ、と付け足してから戦鬼はリムジンに戻った。
久しぶりの投稿になります!
少しずつですが物語りが進み始めてきました!
楽しんでください