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それから半月ほどで、わたしは高校3年生になった。陸上部は高2の秋で辞めていたから、わたしは高3になると同時に本格的な受験勉強に突入した。具体的には、予備校に通い始めた。こうと決めた息抜きの時間以外は、四六時中勉強のことを考え続けて、夢の中でさえ勉強に励んだ。
受験勉強とその結果はそれだけでも色々あったけど、その話は別の機会に譲ろう。
とにもかくにも入学先の大学は決まったが、私の心はすっかり疲れ切って、うるおいを失っていた。木森先輩に対する執着なんてこれっぽっちも残っていなかったし、先輩と同じ大学に入ろうなんて思いは毛頭なく、そのことに疑問も抱かなかった。バラ色のキャンパスライフという春風を前にしてさえ、受験勉強で身に付いた学力至上主義という氷をとかすのに半年かかった。
わたしは大学で、わたしに好意を寄せてくれる人と出会った。
彼はわたしをおしゃれな喫茶店や映画館、ドライブに連れて行き、自分から告白してくれた。交際を始めてからは横浜の中華街を歩いたり、江ノ島の水族館へ行ったりした。彼はいつも自発的にわたしを誘ってくれたし、デートの度に入念な計画を立ててくれた。男の人に愛されるってこういう感覚なんだ、とわたしは幸せを噛み締めた。
それでも、人の縁とは分からないもので、彼の浮気が発覚して、関係は1年半で壊れてしまった。
それから間もなくできた新しい彼氏とは、3ヶ月で仲違いした。半同棲のような生活をしていたのだけれど……、いや、別れたのはあまりにもつまらない理由だから、その話も別の機会に譲ろう。
2人の男にないがしろにされた今、わたしが思い出すのは木森先輩のことだ。
木森先輩はつくづく不器用な人だった。でも、下心のない素朴な人でもあった。残酷な振る舞いに出たのも、あのとき、わたしたちに時間が残されていなかったせいかもしれない。ひょっとすると、木森先輩はデートの作法を知らなかっただけで、実はわたしに恋愛感情を抱いていたのではないか、と思うことさえある。もちろん、そう思ってすぐに、そんなわけないと打ち消すのだけれど。
あの美術館巡り以来、わたしは木森先輩と1通のLINEさえ交わしていない。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。楽しかったよ。またな」
「はい、またいつか!」
別れ際にそんな会話をして、それっきりだ。
わたしたちは男と女としてではなく、単に先輩と後輩として別れた。更新していないから、その関係は今でも変わらない。
そのせいで、わたしの中の木森先輩は、今も理想化された存在であり続けている。