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鸚鵡返し

高校三年生が執筆した作品になります。

日常系の落ち着いた雰囲気の作品です。

「こんにちは、友晴くん」


 彼女の挨拶に、僕は胸の鼓動が早くなるのを感じた。


 僕達は今、放課後の図書室にいる。僕はカウンターの内側に座り、彼女も僕の隣へ座ろうかとしているところだった。そう、つまり僕達は図書委員なのである。

 放課後の図書室には、ほとんど生徒はやってこない。というか、ほぼ毎日来ない。きても本を借りたり返したりする程度だ。

 図書館を利用する理由など、大抵、雨でグラウンドが使えないので体育の授業が自習になった時くらいだろう。

 そのため、この図書館は図書委員のプライベートスペースになりつつあった。


 恋愛小説が好きな僕は、読んだ作品を語り合える仲間が欲しくて図書委員に立候補したのだが、同じ曜日担当の彼女はどうやら探偵小説が好きらしい。


「こんにちは、月本さん。でも、こんにちはっていう時間帯でもないね。もうすぐ夕日が見える頃だし」


「ふふふ、友晴くん知らないのかしら。こんにちはの定義は午前十一時から午後五時までなのよ」


「それ本当? ソースは?」


「私の感覚よ」


「さいですか」


 今ではこんなくだらない会話をする仲になったものだが、四月当初は一言も喋らないくらい壁があった。


 図書館は静かにしなければならない場所だからというわけではない。いや、静かにしなければならないのだが、小声で喋ることは他の利用者に迷惑にならない程度であれば構わないし、そもそも図書館を利用する生徒はとても少ないのでそれが理由というわけではない。


 ただ単純に、話すことがなかったからである。


 だが、図書室という広い空間にある狭いカウンターの中で、隣に座る人と会話せず気まずい雰囲気で過ごすなど、とんでもなく辛いではないか。それに、読んだ作品について語り合いたいという僕の習性が働き、彼女が読んでいた推理小説を購入した。

 それこそが、この関係のキッカケである。


「そういえばだけど、友晴くんはラブレターってどう思う?」


 隣でブックカバーを着た本を読む月本さんが言った。


 それいえば、最近ブックカバーをつける習慣でも身についたのだろうか。それでは何を読んでいるのかわからないではないか。……ブックカバーとはそのためのものか。いやしかし、僕に見られたら恥ずかしい本でも読んでいるのだろうか。


 とりあえず僕はツッコミをいれる。


「通り雨より突然だね」


「案外、そうでもないわよ」


 すると、月本さんはスカートのポケットに手を突っ込んだ。こうしてみると、やはり月本さんは真面目な人である。


 そもそも図書委員である時点で、万人よりは真面目な部類の人間が所属しているのだが、月本さんは飛び抜けている。


 要因その一、一センチもスカートを折り曲げていなかった。スカートはなるべく折り曲げて、素足をみせるのが女子高生という生き物であると思っていたのだが、案外そうではないらしい。


 要因その二、極め付けは墨のような黒色のタイツを穿いていることだ。しかも毎日。月本さんの素足を拝める日など、来ることはないだろう。清楚系とは、彼女のことを示す。お手本のようだ。


「実は今朝、これが私の靴箱に入れられていたわ」


 月本さんの手がポケットから帰ってきたと思えば、二回折り畳まれたラブレターも連れていた。ノートを綺麗にカッターナイフで切り抜いた紙であるが、もっと他になかったのだろうか。


「それって……」


「そう、ラブレターよ。ノートの切れ端なのは気に入らないけど」


「へぇ、今時そんなベタな告白をする人もいるんだね」


 すると、月本さんは口元を隠しながらクスクス笑った。


「そうね、とっても。まるで恋愛小説のヒロインになった気分だわ。紙切れ一枚で、これほど胸が踊るのね」


 意外だった。月本さんはクールで冷静沈着な人だと思っていたのだが、夢見る女の子のような一面を備えているとは。だから僕はこう言った。


「返事はするの?」


 それは即答だった。


「勿論よ」


 すると月本さんは僕にそのラブレターを渡してきた。


「はい、友晴くん。お返事よ。そのままお返しするわ」


 どうしていいのかわからなかったが、とりあえず受け取る。


「……どうして僕に?」


「どうしてって、友晴くんが差出人だからじゃない」


「……なんで分かったの? 僕は差出人の名前を書いた覚えはないけど」


 言ってから気づいた。それでは自分が差出人だと言っているようなものではないか。


「普通なら返事をするかしないかよりも、もっと聞きたいことがあるでしょう? 差出人はだれなのか。内容かどのようなものだったのか。そもそもそのラブレターはイタズラではないか、とかね」


 名推理だった。流石、探偵小説が好きで読み漁りたい気持ちから図書委員に立候補しただけはある。そんな些細なことに気づくなんて。


「確かにそうだね」


 僕は思わず笑ってしまった。


「それともう一つ」


「まだミスがあるのか」


「この字、図書日誌と同じなのよね」


 図書日誌とは、図書委員がその日に借りられた本の題名な時間を記すものである。


「あー、そっか。見覚えあったら、それだけで知り合いだもんね」


「そうね」


 月本さんは口元を隠してクスクス笑う。

 そして人差し指を立てながら言った。


「どうせ友晴くんのことだから、最近読んだ作品にでも毒されたのだろうけど」


「あはは、お見事」


 思わず拍手した。ホームズのように華麗な種明かしをして告白してやろうと思ったのだが、シャーロキアンの前では無力らしい。


「……実は私も、毒されたのだけれど」


「え?」


「なんでもないわよ」


 月本さんはおもむろに立ち上がり、窓の近くへと歩くと、外で見える夕日を眺めていた。


「それにしても、よく僕の字だとわかったね」


 僕も夕日を眺めるために向かう。


「そりゃ、好きな人の書き方の癖くらい覚えるわよ」


 月本さんはそれだけ呟くと、頬を少しだけ赤く染めた。そして手を後ろで組み、右膝と左膝を擦り始めた。ついにはそっぽを向いてしまった。


 それがとても可愛かった。顔の火照りは夕焼けによるものなのか、それとも別の理由なのか。それがどうであれ、絵にしたいくらい心打たれる光景だったことは間違いない。


 そしてシャーロキアン見習いの僕が気になったのは、彼女が毒された作品とは何なのかということについて。僕のように月本さんも行動に起こしたと言うのなら、彼女が僕にラブレターを渡した時だろうか。だとするならば、彼女が読んでいたブックカバーを着た本は、きっと恋愛小説に違いない。しかも主人公はラブレターで告白したのだろう。


 そのことについて聞いてみようと思ったが、この雰囲気に長居するのは少々心臓に悪い。後から恋しくなるひとときなのだろうが、そんなこと考える余裕などなかった。


「月本さん、そろそろ帰ろうか」


「えぇ、そうね。じゃあ、閉館の看板を掛けておくわ」


「助かるよ」


 図書室のドアへと小走りで向かう彼女の背中を見て、受け取ったラブレターを広げる。


 そこには「好きです」とだけ綴られていた。


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