調査拠点ヴェーブル
その砂漠の街は賑わっていた。広場には人々が行き交い、道端では商人が食べ物などを売っている。
何しろここ、"ヴェーブル"は最近発見された砂漠の中に眠る迷宮の最寄り街であるからだ。迷宮を調査しようと訪れた研究者や冒険者が拠点として使っているのも大きな理由だ。
一人の冒険者が仲間に語りかけた。
「なぁなぁ、あの迷宮の調査が昨日進捗したんだってな」
仲間がそれに反応した。
「だってな。俺も聞いた話じゃあ第一層は攻略できたんだとよ。んで現在は第二層の攻略をしているらしい。俺はまだ準備が整ってないからあれだけどな。まだ行けてない」
彼らの言う通り、迷宮の攻略は始まったばかりだ。冒険者達によって第一層の調査は完了し、現在は第二層の攻略に入っている。
だが迷宮も来訪者には甘くないようだ。内部に潜んでいた怪物や古代の罠にかかったりなどして多くの犠牲者が出た。といってもまだ死者は出ておらず重傷を負った人間が何十人かいる程度だが。
「一層には毒蠍もいたんだって?防具越しに毒喰らった奴もいるんだとか」
「スコーピオンの毒なんかまだマシだろ。多少の筋肉痙攣があるだけだ。屍毒蛇の毒をみてみろ、近づいただけで死ぬぞ?」
「内部に"ゼーヴァ"が潜んでないのが幸いだな。あいつらはタチが悪い」
ゼーヴァ、というのは世界のあちこちに出没する謎の生命体だ。生き物を侵食し、同族にしたてあげる恐ろしい連中である。
「そうだな。ウチらも装備が整い次第行くか」
「ああ。迷宮の謎解き明かしてお宝ゲットしようぜ」
「お宝があるとは限らんがな」
「ウィリアム、明日も攻略よろしくな」
「おうよ。気をつけて帰れよな」
彼の名前はウィリアム・アンダーソン。砂漠の迷宮攻略を最前線で進めている冒険者だ。冒険者の前の彼はもともと傭兵であり、モンスター退治などに雇われで参加していたため戦闘能力は高い。最も彼は迷宮調査の支援をしてくれたことへのお礼である報奨金目当てで調査を進めているのだが。
「二層の攻略はここまで進んだか…今のところモンスターは出てないけど今後の攻略で出くわすかもしれないな。研究者班の連中に伝えておかないと」
そう呟き彼は自部屋のデスクのもとに座り、自身お手製の羊皮紙の地図を広げた。そこにはかの迷宮の間取り図が描かれていた。まだ記されていないところもあるが、そこはまだ未踏の区画だということだ。こういった地図は大抵の冒険者は"ガジェット"と呼ばれる携帯端末を用いて確認したりするのだが、ウィリアムは「マッピングにまで機械に頼りたくない」とあえてアナログな方法を好んでいる。
「一層と二層の境界から少し進んだところに奈落のトラップがあったな…ここは初見だと確実に落ちる。これは攻略班全員に忠告しておかないとな。特に新参者には、な」
コーヒーの入ったマグカップを片手にウィリアムは地図に赤丸をペンで書いていく。きゅっ、きゅっ、となぞる音が響く。こういったマッピング作業の担当は最前線の冒険者の役目だ。後続して攻略に参加しようとする冒険者のためにもこういったことは把握しておかないと調査自体に支障をきたす可能性があるからだ。
「にしても…腹が減ったな。でも今日はまずこいつの整理だ。飯は明日食えばいいか」
鳴り響く腹の音を無視して、ウィリアムはペンを走らせ続けた。
翌日の朝――
「ウィリアム、おはよう。マッピングはどんな感じ?」
「おはよう、ユースケ。まぁまぁだな、このまま三層到達までこの調子をキープできればいいんだがな」
相手の男はユースケ・キサラギ。浅黒い肌をした冒険者で、ウィリアム同様最前線で活躍している。彼は自身の率いる冒険者同盟のリーダーであり、複数人で動いている。それに反してウィリアムは単独で行動している。
「三層のことはまだ先だ。今は二層のことに集中しないとな、ほらあれだ…その、なんだ」
「"先のことより現実を見ろ"、でしょ?ウィリアムの口癖じゃないか。まぁまずは腹ごしらえでもしようよ、昨日から何も食べてないんでしょ?」
「そういう気遣いは助かる。仲間はどうした?」
「ああ、あいつらなら今から行くところにいるよ。着いてきて」
案内された店内にはスパイスの匂いが充満していた。香ばしく、食欲をそそられる。
「団長、うっす――あ、ウィリアムさんじゃないですか!ご無沙汰ッス!」
「ウィリアムさんいつもお疲れ様です!」
「ようお前ら。んでユースケ、朝は何にするんだ?」
「決まってるじゃん、ここの名物"砂魚カレー"だよ」
「砂魚カレー?なんだそれは。砂魚は刺身にしか合わないと聞いていたんだが」
「まぁそのうちわかるって、注文は予めしておいたから――ほらほら来た来た」
運ばれてきた料理は見た目が迫力満点だった。白飯の隣に添えられたカレーの汁の中に牛肉、人参、ジャガイモ、玉葱…と、ここまではまだ家庭的なカレーライスだが――
「こいつはすげえな」
その上に焼かれた大きな砂魚が乗せられていた。皿の中に収まっているだけマシといったところだろうが、インパクトが大きすぎる。
そもそも砂魚、というのはヴェーブル周辺区域の砂漠のような地域で砂の中を泳いでいる白身魚のことだ。見た目はアロワナに似ており、サイズは大きくて1メートルほど。砂の中にいる、という理由からあまり好まない人間もいるが、味は格別で刺身などにして醤油で浸けて戴くと旨いというのが一般的である。砂魚を焼く例は極めて稀だが、焼かれた身はどんな白身魚にも負けない味を誇っている。
「んじゃ、いただきます」
ウィリアムはスプーンで砂魚の身を崩し、汁と白米とともにすくって口の中へと運んだ。
「あぁ…辛い。だが旨い。スパイスが効いててコクがあるな。砂魚もいいな。こういった辛いものにも合うのかこいつは」
「気に入ってくれたみたいで安心したよ。なんせ砂魚は"白身魚の王"って呼ばれてるからね。"赤身魚の王"である島鯨とはまた違った料理が楽しめるし」
「朝からいいもの食えて幸せだ。生き返りそうだ」
「毎晩毎晩お疲れ様」
「みんなが食い終わったら二層攻略へと向かうか」
「そうしよっか、でも武器の手入れとかもしなきゃだめだよ?」
「食ってからでいい。まずはこいつを味わわせろ」
「了解了解、代金はこっちが持つからおかわりでも好きにするがいいさ」