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悪気が無いとは分かっていても

作者: 若松ユウ

 あたしは、大正八年生まれ。数えで、百は超えている。

 ヴェルサイユ条約が結ばれた年だと言えば、古臭く感じるかね?

 この百年で、日本も世界も大きく変ったよ。

 気を悪くしてもらいたくないけど、チョイと年寄りにボヤかせておくれ。


 席を譲られたら、礼を言って座るよ。

 中身はどうあれ、立ってられないと思われたんだからね。

 見えてないフリ、聞こえてないフリ、知らないフリをされるよりマシさ。

 断られた経験があるからかもしれないから、譲れとは言わないけど。


 嫁姑でもめるのが嫌だから、同居はしてないよ。

 どんなに優れた人間だって、四六時中一緒だと離れたくなるものさ。

 華族だった明治の女に、身重なのにコキ使われたせいかね。

 あたしと同じツライ思いは、無意識にもさせたくないんだ。


 一人の方が気楽だよ。

 でも、ちゃんと生きてるという意志表示で、デイサービスには通ってるよ。

 ただ、若いお嬢さんが赤ん坊をあやすように喋ってくるのは、辟易だけど。

 あたしは、あんたの四倍は歳を重ねてるんだからね。


 施設通いは週に二日だから、まだ我慢できるよ。

 他の問題は、残りの五日を過ごす団地暮らしの方さ。

 最近は、挨拶をしないのが当たり前なんだね。

 かえって、東亜や英国からの留学生の方が折り目正しく感じるよ。


 店に入っても、困るときがあるね。

 手引きに無いことは応じてくれないし、変な敬語が定着してるのも気になる。

 人間を相手にしてるハズなのに、機械と相手してる気になるよ。

 こんなことなら、市場を残す側に付いとくんだった。


 買い物帰りに、公園の腰掛けで飴をなめながら休んでたら、尋常くらいの子が寄ってきたんだ。

 もの珍しそうに袋を見てたから、ひと粒あげようとしたんだけどさ。

 そしたら、親が飛んできて、あたしに何も言わずに連れて行ったんだ。

 こんな婆さんが、誘拐でもする気だと思ったのかねぇ。


 家に帰ったら、戸口に不在票が挟まってたんだ。

 それを見て、あたしはドッと疲れたね。

 電話をかけて、また何度もダイヤルを回さなきゃいけないと思ったんだ。

 隣に預けられてた頃が懐かしいよ。


 退屈な話は、このくらいにしておこうかね。

 あんたも百歳になったら、きっと今日のあたしの気持ちが分かるはずさ。

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