36杉浦の提案
夏休みが終わり、双子は、今まで以上に自分たちが双子であり、交代で高校に通っていることがばれないように、気を配っていた。
「水藤、成績があまり良くないようだけど、このままだと希望の大学に行くことはできないぞ。」
ヒナタとミツキが通っている高校は進学校であり、授業のスピードや内容がハイレベルであった。普通の生徒でもついていくのがやっとなのに、毎日通っていない二人がついていけないのは当然のことだった。双子は焦りを感じていた。
夏休み明けのテストが返却された時のことだった。ヒナタは担任に成績について言及されていた。進路希望調査については、自分たちが知っている国公立大学を上から書いて提出したのだが、それがまずかったようだ。自分たちの学力で入学できるかどうかまでは確認していなかった。
しかし、担任に成績が悪いと言われても、事実なので反論しようがない。ヒナタは担任の言葉に微笑むだけにとどまった。
「成績があまり良くないようだが、オレが勉強を教えてやろうか。」
テストが終わり、生徒たちが成績についての話題が盛り上がっている中、杉浦が声をかけてきた。杉浦の成績はヒナタよりもよかった。
「別に教えてもらう必要はない。家に家庭教師が来ているから大丈夫だ。」
「家庭教師がいるのに、その成績だから、親切に教えてやるって言っているだろう。それに。」
「それに、何だよ。」
「悪い話でもないだろう。お金がかかるわけでもないし、何より、オレを監視できるいい機会だ。」
それに、と続ける杉浦の顔には、嫌な笑みが張り付いていた。悪だくみを思いついたような、ヒナタを面白がるような表情だった。
「オレは親切心から言っているのに、無碍にするなんてひどい奴だなあ。まあ、別に教えなくても構わないけどな。でも、断ってもいいのか。ミツキから聞いているんだろう。オレはお前たちが双子だと知っていること。」
そうだった。ヒナタはすっかり忘れていた。一学期の終わり、ミツキが話していたことを思い出した。杉浦に自分たちが交代でK学園に通っていることがばれたという重要な話だ。その時は、杉浦が知ったという事実だけを述べて、誰にもばらされていなくて、元凶はそのまま何もしないという結論に至ったのだった。
「その顔は、双子がオレにばれているのを忘れていたようだな。まさか、オレが絶対に他の奴らに話さないとでも思ったのか。」
声を潜めて、ヒナタの耳元で話す杉浦の声は悪魔のささやきだった。
「何のことだかわからない。ミツキは、Ａ高に通っている。何かの間違いじゃあないのか。」
ははっと、今更遅いとは思ったが、笑ってごまかそうとしたヒナタは、背中に嫌な汗をかいていた。
「とはいっても、オレはこの事実を話す気はないが、でもさすがになんかおかしいと思っている奴もいるんだろうなあ。例えば、2週間ごとに会話が合わないことがあったり、あるはずの怪我が治っていたり、反対になくなっていたり。」
「何が言いたいんだ。」
「だから、話す気はないけど、ついうっかりということもあるだろう。そうならないためにも、オレが勉強を教えてやろうかという提案だ。オレが話すかどうか見張れるし、お前は勉強に専念できるし、一石二鳥だ。」
「………。」
ヒナタはすぐに返事ができなかった。どうやら今すぐに、杉浦が自分たちの秘密を話すとはないらしい。それでも絶対という保証はないので、見張ることは必要だ。勉強も、教えてもらうのがいいとは思う。
「条件がある。」
「えらそうだなあ。まあ、聞くだけなら聞くぞ。」
「うちには絶対来ないという約束はできるか。それが守れるなら、教えてもらってやってもいい。ミツキにもそれは伝える。」
「いいけど。オレの家でも勉強はできるしな。」
杉浦は、わくわくが止まらなかった。今までのつまらない人生がヒナタたちのおかげで楽しくなってきた。両親はK学園に入った自分のことを誇りにしていた。さらには、そのK学園で友達ができたのかとしきりに尋ねてきた。そのたびにあいまいに答えていたが、ヒナタたちを家に呼べば、この問題は解決する。
「これからオレがビシビシ鍛えてやるから、覚悟しておけよ。」
家に帰り、ヒナタはミツキに杉浦との話を詳しく説明した。説明を聞いたミツキは難しい顔をしていた。
「それって、杉浦にいいおもちゃにされていないか。」
「そうとも言えるのかな。でも、おれたちの今の成績では、やばいというのは事実だろう。」
「まあ、杉浦はあいつらよりもまともそうだから、その件はOＫするしかないんだろうな。」
杉浦のことで頭を悩ませていた双子だったが、それ以上にやばいことがこれから起ころうとしていることは気づくことができなかった。
