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16夏休み③

 双子が老人の行動をおかしいと感じ始めたのは、下屋敷家に泊まりだして数日たったころだった。



 その日は、結城彰人が家庭教師に訪れない日だった。双子は、家庭教師がこない日であっても、勉強はしっかりとこなしていた。夏休みの課題はすでに終わり、結城が出した課題に取り組んでいた。


 数学の文章問題を解いていた時のことだった。双子はいつも同じ部屋で一緒に勉強をしている。机に向かい合って互いに問題を解いていた。



「トントン。」

「どうぞ。」


 ドアをノックされたので、ヒナタが返事をした。時計を見ると、ちょうど夕方六時を指していた。この家の夕飯の時間は六時三十分からで、祖父はだいたい夕食の三十分前に双子を呼びに部屋を訪れる。


「もうこんな時間だ。いこう、ミツキ。」

「そうだな。ちょうど腹も減ってきたし。行くか。」


 双子は勉強用具を素早く片付け、ドアに向かっていく。ドアを開けると、祖父が笑顔で待っていた。




「今日は匠の好きだったビーフシチューだ。」


 匠とは、双子の父親の名前である。最近、その名前を双子の前で出すことが多くなっていた。祖父も自分の息子が死んで悲しいのだろう。双子は、自分たちは父親に似ていると自覚していたので、そのまま祖父の言葉を聞き流していた。



 それが、双子にとって最悪の結果になるのだが、この時に気付くことはできなかった。




 双子は、廊下を歩きながら、今後のことを話し合っていた。このままの状況をいつまでも続けていいとは思っていなかった。この家に残るにしても、母のところに戻るにしても、決断をすることが必要だった。


「このまま、この家の子になっても、いいと思うけどな。そうすれば、俺もヒナタと同じ高校に通うことができる。」

「確かにそれが最善だとは思うが。」


 ヒナタは少し考え込んでいた。最近の祖父の異常なほどの父親の昔話。昔話を聞くことに抵抗はなかったが、日を追うごとに話が長くなっていた。



「それにしても、父さんがビーフシチューを好きなんて知らなかったな。」

「まあ、母さんは料理がお世辞にも上手とは言えなかったから、作ってくれと言えなかったのかもしれないな。」


 

 食事の席に着くと、祖父がまず自分の席に座った。双子も同じように席に着こうとした。


「おじいさん、なぜ、席が一つ足らないのですか。」


 食事をするのは祖父、ヒナタ、ミツキの三人である。当然、三人分の料理がテーブルに準備されているはずだった。三人で食事をとるのだから当たり前だろう。しかし、テーブルには祖父の前と、その向かいに一人分の食事しか用意されていなかった。祖父の分を除くと、イスも一つしか置いていなかった。



「ああ、そうだね。」


 それを聞いた祖父は、特に疑問に思わなかったようだ。ただ、ヒナタの質問に肯定しただけだった。その反応にミツキがおかしいと主張する。


「おい、そうだね。じゃないだろ。俺とヒナタの二人分が用意されなきゃいけないのに、どうして、一人分しかないのか聞いてるんだ。」


「そうか。いまだに偽物は本物だと勘違いをしているのだね。まったく、匠はいつまでたっても私に迷惑ばかりかける。」


 祖父の瞳はうつろで、双子を見ているようで、見ていない。その後ろのだれかを見ているようだった。

 



「おい、聞いてんのか。聞いてないなら。」


「うるさい偽物だな。匠はそんな乱暴な言葉遣いはしなかった。そう考えると、君が匠の偽物ということになる。今まで、どちらが本物か判断に迷っていたが、いい加減、それもやめだ。」


 いつもは穏やかな祖父の態度が一変した。テーブルを見ると、いつの間に飲み干したのだろうか。グラスに赤ワインの液体が少し残っていた。祖父の口もとには飲み切れなかったワインの液体が口から垂れていた。



「じいさん、酔っぱらっているのか。」


「最初から、私は信じていなかった。匠が事故で死んだのは、私に恨みがあるやつの世迷言だと。それでも、真相が定かではなかったから、家まで見に行けば、匠は死んでなどいなかった。ただし、匠は二人に増え、さらには子供の姿に戻っていた。ただそれだけだ。」



 嫌な予感がした。双子はこの話の続きをどこかで聞いたことがあった。つい最近、祖父以外から聞いた。それは、双子にとって身近な人物だった。だからこそ、この話の続きを予想できたため、続きを聞きたくはなかった。


「おじいさん、せっかくの夕食が冷めてしまいますよ。さっさと食べてしまいましょう。すいません。一人分料理が少ないようなので、準備してもらえますか。」



 とっさにヒナタは機転を利かせて、話を遮った。少なくとも、夕食を食べる前に聞くような話ではなかった。


 そばに控えていたメイドが慌てて料理を用意しようと準備を始めた。ヒナタの指示に祖父が何か言うことはなかった。



 


 双子の食事がきちんと準備され、食事が開始された。重苦しい雰囲気の中、何とか食事を終えた三人は、互いに何を話そうか悩んでいるようだった。先に口を開いたのはミツキだった。席を立ち、祖父にも聞こえるように大きな声で話し出す。


「ヒナタ、明日は、父さんの墓参りに行く予定だろ。明日の分の勉強もしておこう。父さんの墓もきれいにした方がいいだろう。」


「あ、ああ。そうだな。明日は父さんの墓参りをする予定だった。もうすぐお盆だしな。ついでに父さんの墓をきれいにして、花とかも飾った方がいいかな。」



 話に合わせてヒナタも席を立つ。あえて、「父さんの墓」という言葉を強調する。二人は祖父の言葉を聞かずにその場を後にした。ふりむきざま、自分たちが祖父の息子ではないと、改めて主張する。


「ビーフシチューおいしかったです。ただし、父さんが好きだということは初めて知りました。おいしかったですけど、夏に食べるものではないですね。お、れ、た、ち、は、あまり好きではありません。」



『ごちそうさまでした。お、じ、い、さ、ん。』



 今度こそ、その場から双子は退席した。その場に残った祖父は、考え込むようにして、腕を組んだ。



「はて、おじいさんとはいかがなものか。匠は冗談が苦手なはずだが……。」


すでに双子のことを完全に匠と思い込んでいるようだった。水藤匠を失い、狂気にのまれた者がここにも一人存在した。





 その日を境に、祖父の言動や行動はひどくなる一方だった。食事は祖父の気まぐれか、二人分用意されていたり、されていなかったりまちまちだった。それでも、食事自体が抜かれなかったことは幸いだった。


 墓参りに祖父はこなかった。双子だけで墓参りに訪れたが、誰も訪れなかったのか、墓には花も活けておらず、水もなかった。双子は花を飾り、水をかけて、墓をきれいにした。手を合わせて、父の冥福を祈った。




「どうか、僕たちの将来に幸ありますように。」


 祈りは通じるだろうか。少なくとも、今のところ、幸ある未来はこなさそうだと双子は思っていた。




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