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15夏休み②

 八月に入り、部活を引退した双子は、下屋敷家で受験勉強に励んでいた。結城彰人という男は、下屋敷家の当主に気に入られたようで、週に三日、二時間ほど双子に勉強を教えにやってきた。


 もともと、双子の頭の出来は父親に似たらしく、それなりに勉強ははかどっていた。



「お前らは頭がいいな。俺が教えることがなくなりそうだ。」


「それなら、それで構わない。何だったら、今日で終わりにしてもいい。どうせ、俺が高校に行ける可能性は低い。勉強する意味はない。」



 ミツキは悔しそうに言葉を発する。それでも、勉強をやめることはしなかった。ヒナタと一緒の高校に行くことをミツキはあきらめていなかった。


 下屋敷家の子供になれば、その問題は容易く解決することは理解している。お金もあるし、広い家もある。ヒナタと同じ高校に通うこともできるだろう。普通に考えたら、下屋敷家の世話になることが双子にとっての幸せだと思うが、どうしても賛成できかねていた。



「高校に行きたいなら、この家のじいさんを頼ればいい。ただ、この家の子供になるというだけだ。何を迷っているのだか俺には理解できない。」


「彰人さんには言われたくない。僕たちだって、信用できる人物とそうでない人物の見分けくらいつきますよ。」


 ヒナタも迷っていた。ミツキのことを考えたら、選択肢は一つしかない。それでも、決定に踏み切れないのには理由があった。



「トントン。」


 ノックの音にびくりと身体を震わす双子。


「どうぞ。」


 双子が返事をしないので、代わりに彰人が返事をする。双子の下屋敷家の当主に対する態度に疑問を持ったが、特に理由を聞くことはなかった。




「いつも、すまんね。どうだね。勉強の方は。」


「別に普通ですよ。オタクのお孫さんは出来がいいので、俺が教えることがなくなりそうですよ。」


「それは良かった。」


 にっこりと愛想よく微笑む姿は、優しい孫思いな老人にしか見えない。それでも、双子はいまだに震えが止まらなかった。双子はすでに、この老人の本性を知ってしまった。知ってしまったからこそ、この家にお世話になるわけにはいかないと本能で感じている。




「ところで、結城君は好きな人はいるのかね。」

「いえ、いませんけど。」


「そうか。では、将来、何かやりたいことはあるのかな。そろそろ、就職先を決めていく時期だろう。就活とやらは進めているのかね。」



 いきなり、プライベートなことを聞かれて、彰人は首をかしげる。いったい、何を言い出すのだろうか。自分は、この老人とは血縁関係のない、まったくの赤の他人である。ただ、孫の家庭教師をしているだけのしがない大学生。利害関係はあれど、わざわざ好きな人の有無や将来について聞く必要があるのだろうか。




「就活はしていますよ。ただ、あまり芳しいとは言えませんがね。でも、あなたに心配されることはありません。」


「いや、なに。もし、行く当てがないのなら、君もこの子たちと一緒にこの家で暮らさないかと思ってな。」




 やはり、この老人はどこかおかしい。言っている意味がわかっているのだろうか。それに、双子の様子が気になった。先ほどから老人におびえるように身を縮こませて震えている。



「いや、お断りだ。自分で就職先は決めてやるさ。」


「そうかい。まあ、この子たちが無事高校に入るまでが君の家庭教師としての役割だ。その間にじっくりと考えておくといい。」



 そう告げると、彰人との話は終わりとばかりに双子に近寄っていく。双子は近寄ってくる老人から逃げようとしていた。じりじりと後ろに後退していたが、壁にぶつかり、それ以上は逃げることができなかった。





「愛しているよ。君は私の息子にそっくりだ。」


 うっとりと、恍惚とした表情で、ヒナタの額に口づける。


「ああ、匠。君は死んでいなかった。こうして、子供の姿に戻ってしまったが、私のところに戻ってきた。今度こそ、逃がさないよ。最愛の息子。」



 ぞくりと悪寒がした。双子の母親もおかしかったが、この老人も同じタイプのようだ。これは、さすがに双子に同情せざるを得ない。



 彰人は双子がこの老人の家に住むことを良しとしない理由をなんとなく察した。それでも、助けようとはしなかった。彰人にとっては、双子は、自分の家族を崩壊させ、自殺に追い込んだ女の息子たちだ。許せるはずがない。



 老人はその後もヒナタに愛をささやき続けていたようだが、彰人は見ていられなくて、その場をそっと後にした。



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