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「ドラゴン、お前に少し聞きたいことがあるんだが」
俺はギルドでクエストを受け、あの洞窟へと戻った。
俺が中に入るなり、ドラゴンは嫌そうな顔をしたが、どうやら今度は大人しくしてた様だ。
「帰って早々なんだ? 何度も言うがクエストには行かんぞ。我は何があろうと、ここを動かないと決めたからな、そんなに動いて欲しいならまず肉を持ってくるがいい。話はそれからだ」
「このニート予備軍が……。あとそんな事より、ドラゴンお前、俺と契約を結んだ後どっかいなくなったろ? あの後一体どこで何をしていたんだ」
「貴様に召喚されたあと……? あのギルドの鬱陶しい連中から逃げた時か。あれは確か、特に意味もなく街の上で一思いに飛んでいたの。それがどうかしたか? そんなことより早くクエストこなして来たらどうだ。我は長い間ずっと空腹だぞ」
やっぱこいつか……
昨夜、街の外から爆発音がしたというクレームは、恐らくドラゴンとナヴィさんの戦闘によるものだから仕方ないとして、街の上をドラゴンに飛ばせるのは控えさせておこう。
そのうち尻尾を掴まれそうだし、迷惑料とか求められても面倒だしな。
はっきり言って、無一文だから失うものなど何もないが、これ以上不幸にはなりたくない。
「今後、街の上を飛ぶのは禁止な。それと今からゴブリン退治なんだが、今日はいつも以上にゴブリンが暴れているそうだ。何故だと思う?」
「そんなの我が知ったことではない。モンスターも言語は話さずとも感情くらいはある。ゴブリン供も何か嫌なことがあったのではないか」
「いやお前だよ! お前! 絶対お前がやり過ぎたからだろ!」
「でも、それは少しおかしいですね……」
ん?
「えっと……おかしいとはどういう事ですかナヴィさん? 一つ言っておきますけど、このアホゴンを甘やかしてはダメですよ? 調子に乗って、なにするもんか分かりゃしない」
「い、いえ、そうではなくてですね。あのゴブリン達は、少し動ける程度にしか回復させていませんでしたから、まだ十分に活動出来るなんて到底思えません。だからまた何か別の理由があるのではと思いまして」
ふむ、別の理由か。
確かに俺も一度は弱っているゴブリンを倒せるチャンスと思ってこのクエストを受けようとした。それなのにもかかわらず、いつも以上に暴れているというのは妙な話だ。
だが、こういう謎めいたやつは嫌いじゃない。どんなに楽しい異世界ライフを送ったところで、こういう特殊イベントがないとつまらないからな。
「ほれ見たことか! ゴブリン供の件は我のせいではない。侘びをよこせ、寛容な我は高級肉だけで許してやる」
俺はドラゴンを無視すると、ナヴィさんに可能性を持ちかけた。
「単純に瀕死になったゴブリン達の仲間かとも思ったんですけど、集団で行動するゴブリンにそれは考えにくいんで、何かモンスターを操ったり、召喚したりする魔法とか無いんですかね? 俺の国ではよくあるあるパターンなんですよ。例えば、それでステータスがいつもより上がったりするだとか」
もちろん俺が昔やってたゲームの話である。
「いいえ、聞いたことがありません。ですが、私が使っている支援魔法や記憶操作といった魔法も存在するので一概には言えないですね……もしそのような魔法があるのなら、かなり強力な魔法ですよ。特に召喚する魔法とかはサモンズでしかあり得ませんし……」
よくいる黒幕的な面倒なやつがいると思ったんだが、ちゃっかり森の王のナヴィさんが知らないとなるとその線は薄い。
ならばと考えていると、
「あの、私もクエスト行きます。シュウさんだけに押し付けるわけにもいきません。私もゴブリンに関しては無関係ではありませんし、それに……それに私達はパーティメンバーですからね!」
ナ、ナヴィさん……なんて心優しい人なんだ。どこかのがっかりドラゴンや夜逃げ勇者とは違う……!
この人こそが、俺の想い描いたメインヒロインだ!
「ありが――!」
「――いいのだエルフ。元はといえば、そこのいびき勇者をこんな目に合わせたそいつが悪いのだ。自分の失敗は自分で片付けなきゃダメなのだ、うむ」
くっ、悔しい! ドラゴンに正論を言われた。
「しかしドラゴン様……買い物を頼んだのは私ですのでやはり――」
そう言いながらナヴィさんが心配そうな目でこちらを……
「え、あ、い、いいんですよナヴィさん! 今回はドラゴンの言う通りです。ティナがこうなってしまったのはよく見ずに買った俺が悪いんですし、このまま俺がクエストに行きますから! ナヴィさんはティナの面倒を見てやって下さい!」
ちくしょう! ドラゴンいま一瞬こっち見て笑いやがった! あいつ確信犯だ!
「そ、そうですか? ……わ、分かりました。シュウさんがそこまで言うのなら手出しはしませんけど……相手はよく分からないですし、本当に気をつけて下さいね? なら私はここで勇者様の面倒を見つつ、シュウさんの初クエストの成功を祈っていますね」
愛しい笑顔ご馳走様です、だけどナヴィさんもうちょっと頑張ってくれええええ!
◇
「はぁ……疲れた、腹減った、足痛い、帰りたい、あのクソガキに仕返してやりたい」
今の状況は完全にただの自業自得である。ただの自業自得ではあるのだが、ほんとにドラゴンには一度思い切り仕返しをしてやりたい。
あの後――結局一人でゴブリン退治をすることになってしまった俺は、例のゴブリンに追いかけられて疲れ果てていた。
実際にゴブリンが暴れている現場に行ってみたまではよかった。
だが、攻撃手段を持たない俺は、手に力を集中させたり、適当に言葉並べて呪文っぽくしてみたりと色々試してみたのだが、やはり異世界召喚者特有の力はない。
しかもあのケチゴンは魔力くれないままだし、まじで何にも打つ手立てがない。
唯一の希望といえば、俺がクエストに出発する時に、ナヴィさんがやはり心配だと言ってくれたこの短剣のみだ。
「ナヴィさんほんと優しいなぁ。さすがはエルフ、ドラゴンや勇者なんかよりも、まじで萌えるぜファンタジー」
短剣をぼっーと眺めながら草むらに隠れてやり過ごしていると、何やら足音らしきものが聞こえてきた。
まずい……またあのゴブリン達であろうか。
例のゴブリンは俺が日本にいた頃のイメージとほぼ同じ姿であったが、それ故にかなり弱いイメージもある。
しかしここは異世界だ、決して油断はできない。
そう警戒しながら覗き込んでみると、
「あいつ……なにしてんだ」
そこにはなんと、あくびをしながら相変わらず学ラン姿のドラゴンが歩いていた。
いや待ておかしい、絶対におかしい。
あいつあんな所で呑気に何してるんだ、まさか心配して見に来たというのは絶対にあり得ないだろうし。
「おいドラゴンどうしたんだ、デブ症のお前がこんな所で」
「お、いたな……貴様そんな所で何をこそこそしているのだ」
「隠れてんだよ! お前こそこんな所で何してんだよ……ま、まさか本当に俺を助けに?」
「気味の悪い妄想はよせ。勇者と共にエルフまでも添い寝しおって少々暇になったのでな、貴様の無様な姿を見に来てやっただけだ」
「うん良かった! お前はずっとそのままでいてくれよ。その方があとで仕返ししやすいからな!」
俺はドラゴンをシッシと追い払い、万が一に備えて鞘から短剣を取り出す。
今度ドラゴンが邪魔しにきたらどうしてやろうかと考えていると、再び足音が近づいてきた。
あいつ、また懲りずに来やがった!
「おい! ドラゴン覚悟しろよ! 年上の恐ろしさというものを教えっ――」
「我はここだぞ」
「……えっ」
声のする後ろの方を見てみると、ドラゴンはニヤけながら木に座っていた。
え、じゃあ今の足音は……
「ゴアァァァァァァァァ!!!」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
もちろん前者がゴブリンの雄叫び、後者が俺の悲鳴である。