7
「それじゃ出発は午後。それまではこの洞窟で待機ってことで良いな。お、これ意外といけるな、さすが名物と言われるだけのことはある」
俺は買ってきた果物を食べながら今回のスケジュールを述べた。
「おいエルフ、本当に図書館とやらに行けば肉が食えるのだな? この果実も悪くはないが少々足りんのでな」
「はい勿論です。まぁ努力次第なんですけど……あのドラゴン様……それ私の分なのですが……」
「おいドラゴン! それも俺の分だぞ! お前なに食ってんだ……!」
「ふぁふぇはふぁにもふっふぇふぁいぞ!」
「うるせぇ!」
くそこいつ……! 無駄に力強い!
何度目か分からなくなって来たドラゴンとの喧嘩も、日常茶飯事になって来た今日この頃、俺達はさらに場所を移して森の洞窟で腹ごしらえをしていた。
図書館に行く前の腹ごしらえとして全財産を使った訳だ、当然ながら失敗は許されない。
心なしか、それぞれの目的達成の為、みんな気合十分だった。
俺も風呂敷を買ってティナに脇腹をつねられたが、今はすっかり痛みも引いてティナの機嫌も……
「――ライトニング」
「は?」
ティナの口から何かぼそっと聞こえた瞬間、轟音と共に森が蹂躙された。
差し出したティナの手から放たれた光が、俺のすぐ横を走って草木を薙ぎ払い強引に道を作ったからだ。
光が通り過ぎて出来た道は、焦げて、凹んで、すり減って、森に後遺症を残させた。
光が通り過ぎて出来た道――すなわちそこはドラゴンの立ち位置だったのだが……
「待て待て待て! お前そんなに怒ってんの!? つうか今ドラゴン吹き飛ばされたよな!?」
「――我はここだ」
「え?」
声は上からだ。
見上げると木の太い枝に逆さまに立っていた。
……すげぇな。
つまり法則を無視した芸当で今の魔法を回避したと捉えていいだろう。
まぁドラゴンのことだ。
あれが直撃しても大丈夫なのだろうが、それでも回避した所を見るに、痛いものは痛いのだろう。
いや、今はそこに縋り付いている暇はない。
問題は――
「勇者様一体どうしたんですか!? 今のはライトニング! 中ボスクラスなら跡形も無く消し飛ばす程の威力を持つ魔法ですよ!」
なにそれ怖!
ナヴィさんの必死の声でも、魔法を放ったあと微塵も動かなくなったティナに反応は無い。
それどころか、顔を下に向け、膝は曲がり、腕に力が入っていない。
一貫すると脱力という文字が似合う状態だった。
これは恐らく怒りによるものじゃない、だとしたら一体何が原因だ?
その疑問を持った時、ティナがようやく行動を……ってあれ?
「――ふにゃぁ」
突然変な声を出しながらティナは倒れてしまった。
はい……?
急変に戸惑いながらも俺は倒れたティナを覗くと、顔を真っ赤にしながら、目をぐるぐると回していた。
そしてしばらく経つと、なぜか深く眠ってしまった。
えーと……どうしたのかなこの子。
ナヴィさんが倒れたティナに駆け寄り、ドラゴンは木から地面に着地して、俺と共にティナを黙視する。
ドラゴンをチラリと見ると確かに傷跡はなく、あの不意打ちを本当に避けたようだ。
「なぁドラゴン……今の逆さまに木に立っていたのも魔法の力なんだよなぁ?」
「嫌だ」
「な、何も言ってないだろ……!」
チッ……
やはりそう簡単には魔力はくれないか……優しくした程度じゃこいつ動いてくれないだろうし。
ティナを見守りつつ、ドラゴンから魔力を貰う方法を考えていると、
「これって……もしかして、水ワインなんじゃないですか?」
水ワイン?
声の主はナヴィさんだった。
そしてナヴィさんが右手に持っているのは、俺が果物と一緒に買って来た水。
これを推測するに――
「もしかしてそれ、水じゃなかったり?」
「はい、見た目では判断できませんが恐らく」
……やべ
どうやら俺は間違って水と違うものを買ってきてしまったらしい。
水ワインというのは、名前からしてお酒なのだろうが、通りで水の割に高いわけだ、予算ギリギリだったぜ。
確かにティナがこれを飲んで酔ってしまったとすれば今の行動も……まぁ腑に落ちるか。
酔って暴走するキャラは、アニメやラノベでよくいるが、ティナもその類なのだろうか。
「水ワインは見た目も香りも水と一緒のことからその名がついたようです。それは口に入れないと専門家でも分からない程らしく、アルコール濃度がとても高いと言われていて、昔からあるとても古いお酒なんですよ」
「へー、ナヴィさんお酒詳しいんですね。もしかしてお酒結構好きだったりするんですか?」
「い、いや……私じゃなく、昔お酒が大好きだった方がいたものですからつい影響を受けてしまって……それより、勇者様がこの調子だと今日は図書館には行けませんね……」
……やべ
まさかこの奇抜なメンバーで、俺が戦犯をかますことになるとは……
ギャルゲーでいうナヴィさんの、俺に対する好感度が下がった様な気がした。
しかもティナには、目が覚めたら風呂敷のこともあったから、またさらに怒られそうだ。
そしてなんだろう、ドラゴンからは鋭い視線を感じる。
「あ、あのなドラゴン。よく見ずに買ったのは悪かったと思ってるから……そんな目で見ないで下さい……」
「どうした? 我は何も言っとらんぞ。別に図書館に行けなくなった事など微塵も怒っとらんし、肉が食えなくなった事も何とも思っておらん」
「皆さんすみませんでした……」
くそ、屈辱だ……
ドラゴンに頭を下げる日がこうも早く来ようとは……これでドラゴンに魔力を貰う日が遠のいてしまった。
しかしどうしよう。
腹ごしらえに全財産を使い果たしたのに、図書館に行けなくなった今、俺らは完全たる無一文だ。
酔ったティナが今日中に回復するとは思えないし、今やるべき事は――
「貴様がギルドに行き、代わりに他のクエストを受ければいいであろう? 我は別になんとも思っておらんが、貴様が気にするのならそうすればよい」
「うるさいな! 分かってるよ! つうかさっきゴブリンたくさん倒したんだろ!? それの報酬はどうしたんだよ」
「あのゴブリン供は、あろうことかエルフが回復させるものだから逃げられたわ。しかもその報酬の使い道を勇者と口論になり、争っている間にだぞ……全く、骨折り損だ」
「で、ですから、あれはあまりにもドラゴン様がボコボコにするものですから……返り討ちにされて、もはや戦意の無かったゴブリンに丸焦げとか……私も逃げられるのは予想外でしたけど」
あー、そういやそうだったな……
「はぁ、それじゃ早速ギルドでクエスト受けて来ます。ナヴィさんはティナの面倒を見てやって下さい。それとドラゴン、お前は俺とクエストな。図書館に行く前の練習に丁度いいし」
「……腹ペコ、やだ、自分で、やれ、我、早く、肉、食いたい」
こいつ……必要最低限のことしか言わなくなったな。
まぁ、いいや。
とりあえずギルドに行って、クエスト受けて、無理矢理でもドラゴンを連れてってと……その後、勇者が回復したら図書館に行けばいい。
スケジュール変更をして、俺は再びギルドに向かった。
◇
「えーと、簡単なやつ、簡単なやつ」
俺はギルドのクエスト掲示板と睨めっこしていた。
俺なんかの駆け出しは、まずはマイナーなやつを受けるのが一番いい。
ゲームにおいてもチュートリアルは重要だからな。
まだ第1章にも突入してないんだし、無理せず楽なものを……
そんな時、ふと目に入ったものは、
「ゴブリンの討伐……」
なんでも、ゴブリン達は田んぼや畑を襲って、農家に迷惑をかけているらしい。
ゴブリンの群れの討伐、1匹あたり報酬2万コイン。
これはチャンスだ……!
いくらナヴィさんが回復させたとはいえ、まだゴブリン達は弱っているはずだ。
群れの数は何匹か知らないが、かなりの額になるじゃないか!
俺は即決にクエストの紙を受付に提出しようとすると、どこからか声をかけられた。
「よう! 兄ちゃん。ハハハッ昨日ぶりじゃねぇか。どうだ? 使い魔とは上手くやってんのか?」
「お、あの時の……! いやあの時はマジ助かったよ。使い魔と上手くやってるかという質問はノーコメントにしとくよ。つうか相変わらず酒飲んでのな、まだ昼だぞ」
俺に声をかけてきたのは、俺が最初にギルドに来た時に親切にしてくれた赤いバンダナの茶髪男だった。
そして相変わらずジョッキを片手に酒を飲んでいる。
「そう固いこと言うなって! なんなら一緒に飲もうぜ。兄ちゃん俺と同じで16超えてんだろ?」
「いやぁ、本当についさっき、その酒のせいで酷い目にあったから今は遠慮しておく……」
「なんだよぉ連れねぇな……まぁいいぜ、今度また飲もうぜ! ……それと兄ちゃん。最初にしては、ちとゴブリンはキツイと思うぜ」
「え?」
「今からクエスト行くんだろ? その持ってる紙を見りゃわかるさ。ゴブリンは1匹1匹の力は大したことないが、なんつうか……コンビネーションっていうの? それが面倒くさい連中でよ」
「え、マジ?」
「マジ」
ふうむ……いくら弱ってるかもしれないとはいえ、ゴブリンは最初にしてはキツイのか……これは他のクエストを受けた方がいいな。
俺はそのまま男と別れると、受付に初心者でもこなせるクエストを聞くことにした。
するとどういう偶然か、その人はサモンズについて説明してくれた赤髪のお姉さんで、なんだか浮かない顔をしていた。
「あの〜すいません……えと、浮かない顔してますけど、どうかしたんですか?」
「あ……! いえ、すみません……昨日から冒険者達や近所の住民からのクレームが多くて困ってまして……」
「はぇ、クレームですか」
なんだか面倒くさそうなので急いでその場を後にしようとすると、
「昨日、赤くてデカイ何かが街の上を飛んでいたとか……」
いや聞いてないんだけ……えっ、今なんて
「昨夜、街の外から爆発音がしたとか」
まさか……
「そして何故か今日は、いつも以上にゴブリンが暴れているとかですかね。本当に昨日から一体何が――あのシュウさん? どうかされました?」
「いや、なんでも……」
俺は、ゴブリン討伐のクエストの紙を提出し、その場を逃げるようにあとにした。