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「あああああ!」
森に鳴り響く悲鳴は、鳥を宙へと羽ばたかせた。
誰か助けて下さい、お願いします。
たった今、俺はゴブリンに追いかけられてます。
武器もない技術もない、ただの一般人の俺には逃げるので精一杯です。
1匹、2匹、3匹……?
いや、4匹のゴブリンが背後から押し寄せて、今にも俺に襲い掛かりそうだった。
本来、クエストは使い魔と協力するのだが、非協力的なアホゴンは今俺の側にはいない。
同様に、パーティーを組んだティナとナヴィも、理由があって俺の側にいなかった。
つまり、1人なわけだ。
「疲れた、疲れた、疲れた……!」
全く、どうやってこの状況を打破すれば良いんだろう。
草木を払い道なき道を懸命に走るがゴブリン達はなかなか振り切れない。
その上、足も痛いし、体力も限界に来ているしで、正直言ってこの状況はマズイ。
どうすれば……!
「おりゃ!」
咄嗟に茂みに身を投げ込んで、らしくない賭けに出た。
流石にバレるかと思ったが、あまり知能が高くないのか、ゴブリン達はキョロキョロと俺を探している様だった。
仰向けの姿勢で茂みの隙間からゴブリン達の様子を伺っていると、しばらくするとゴブリン達はどこかに行ってしまった。
「はぁ、とりあえずはやり過ごせたか……あー疲れた。あんのバカゴンめ、絶対許さないからな……」
◇
図書館
図書、雑誌、絵本、小説などの『本』が置いてある、メディアや情報資料を収集、保管し、利用者への提供等を行う機関である。
そういや親の職場だったな。
宿題等の調べ物でよくお世話になったし、たまにではあったが憩いの場として利用していたのだが……
図書館ってあの図書館だよな?
意見が別れてしまった俺とドラゴンとティナを、ナヴィさんがまとめて意見を出してくれた。
のだが……高級な肉が食べれて、冒険の装備が整えられて、大金が手に入るとは一体……
なにも理解に追いついてないのは俺だけではない。
ドラゴンと、ましてやナヴィさんとずっといたはずのティナさえもが、頭の上にはてなマークを浮かべている。
「えーとですね……図書館というのは――」
「図書館とはなんだ? もしかして……美味いのか? なら早く行くとするぞ。動きたくないがこの際やむを得んわ」
1人だけ疑問点が斜め上のアホがいた。
『ドラゴン』とはいえ、こいつ図書館も知らないのかよ。
こいつは本当にレジェンド級の使い魔なのか疑いたくなる時があるが、昨夜の戦いがフラッシュバックしてその気も失せる。
いや、今は一旦ドラゴンを止めよう、これでは話が進まない。
「おいドラ――」
「ねぇドラゴン、あなた私と同じ13ならもっとしっかりしなさいよ。私までバカだと思われるじゃない。図書館というのはね、本を借りれる施設のことよ。それくらい常識じゃないの」
ティナが横から割って入って出た。
「そんな人間の施設などいちいち知らんわ。そもそも勇者貴様――我をバカにしているが新聞にマヌケヅラ晒している貴様の方がよっぽど……!」
「な、なんですって……! フッ……あなただって、『ドラゴン』ともあろうものが、こんな冴えないアホ毛男に召喚されてどんな気分?」
「な、我だって不本意だわ!」
「おいロリショタ供……その辺にしとけよ? 見ろ、ナヴィさんが困っているじゃないか、ちゃんと話を聞いてやれ。それと、この話が終わったら2人とも俺んとこ来い」
俺は2人の頭を鷲掴み笑顔で……そう、あくまで笑顔で止めた。
昨夜俺は、ドラゴンとティナを会話させたら面白いかもしれないと思ったが、とんでもない間違いだったな。
「で、では改めて……図書館というのは王都付近にある世界3大ダンジョンの一つです。未だに解明されてない謎が多くて、とても趣深い所なんですよ」
は?
「私も幼い頃、1度行ったことがあるんですが――」
「いやちょっと待って下さい! 世界3大ダンジョンとか謎が多いとか、そんなあからさまに危険臭を出してる所に? しかも王都まで行くんですか?」
つうか図書館だよね?
なんだよ、世界三大ダンジョンの一角が図書館って……俺んちの近所にあったぞ。
「3大ダンジョンといっても、大きさという意味ですよ。中の上くらいの難易度だと思いますが、その辺はドラゴン様もいますし大丈夫な筈です。あと私はテレポートが使えますから入り口まで一瞬なので……」
さすがはエルフ、そういうのはお手の物という事か。
まぁでも、中の上くらいの難易度なら俺でもなんとかなるレベルではあるだろう。
なんたって勇者とエルフと『ドラゴン』がいるんだから……ん?
ティナとナヴィさんとドラゴンがいるのか……ナヴィさんはともかく、やっぱ少し不安だな。
前科は無いが、本能的な胸騒ぎがする。
しかしテレポートか……!
またロマンを感じるではないか、航空会社に石投げられそうだけど。
「ねぇナヴィ。図書館は王都付近にあるって言ってたけど、王都には行かないの? 私ちょっと王都に行きたいなぁーって」
「えっ……急にどうしたんですか勇者様?」
どういう風の吹き回しだ?
王都といえば、当然ながらこの街より人が多いだろう。
理由は分からないが身を隠すことを望んだティナにとって、自らそんな危険な所に行くなんて……
「お前大丈夫かよ、見つかったら大騒ぎだろ。それとも、もし自首する気になったなら1人で抱え込まずに俺に言えよ? 通報して感謝料貰うから」
「そんなんじゃないわよ! その……ずっと会ってない両親がいるから、ちょっと会いたいなって思っただけ。こうして身を隠してるんだから、私のこと心配してるだろうし……」
「勇者様……」
「両親か、我も最近会っとらんが、どういう顔だったか。『ドラゴン』は皆似ているせいで、よく間違えたものだが……」
ドラゴンは相変わらずだが、いくら勇者でも、いくら生意気でも、やはり13歳の少女だと思った瞬間である。
俺も両親とはもう会えないとは思うが、今のティナの姿を見ていると少し寂しくなってしまう。
これに関しては流石に何も言えないし、ここはナヴィさんに任せるとしよう。
そんな意味を込めて俺はナヴィさんにアイコンタクトを送ると、ナヴィさんはそれにコクリと頷いた。
「その事なら大丈夫ですよ勇者様。ついこの前、私がご両親に連絡しておきましたから。それにシュウさんの言う通りですよ、勇者様が王都に行ってしまえば見つかるのは必然です。ここは我慢して下さい」
「う……うん」
申し訳なさそうにナヴィさんはティナを説得した。
まぁ妥当な判断なんだろうが、ナヴィさんも勇者を行方をくらますのに全面協力しているし……本当にティナが行方をくらました理由は何なんだろう。
まぁ今は無理にしても、いずれ教えて貰う日が来るか。
「んじゃ早速ギルドに行ってその図書館? のクエスト受けますかね。よし行くぞドラゴン、と言いたい所だがやっぱ来んなわ。人間の姿とはいえお前が来るとギルド内が騒がしくなる」
「うむ、珍しく同感だ」
「あ、すみません。ギルドに行く前にちょっと待ってください。シュウさんこれを――」
◇
「あ〜……失敗した。ナヴィさんの頼みだったから喜んで引き受けたはいいが……思った以上にこれ重い。先にギルドでクエストを受けとくべきだったなぁ」
太陽が南に位置する頃、ギルドからの帰り道の街中で、俺はポツリと呟いた。
というか俺、あの『ドラゴン』をも召喚した程なんだし、異世界に来て自身のパラメーターも上がっていてもおかしくは無いはずなんだが……
「特に変わった気配無しか」
ナヴィさんから貰った最後のお金で買った、水と食料を持ちながらため息をついた。
なんだか損した気分だが買い物をしたおかげで、いくつか分かったことがある。
ナヴィさんには食料は自由で良いと言われたから、色々と探して見るとナックル名物と書いてある立て札があった。
そう、結構今さらだがこの街はナックルという名前らしい。
他にもお金の単位はコインだとか、今いる国の名前はストライス王国だとか……
やはり今後の方針としては、この世界での一般常識を理解しなきゃだよな。
そういえば、ナヴィさんにもう一つ買うよう頼まれたものがあるんだが、これまた面白いのが……
「お、いたいた。おーいぃ……は?」
あいつら、何やってんだ……
街を出て待ち合わせだった森へと入り、例の3人を見つけた。
が、なぜか知らんが、何本か木が黒焦げになっていたり、まるで刃物か何かに斬られたかの様に、折れたりしていた。
ついでにドラゴンとティナは、その中心で取っ組み合いをしていて、ナヴィさんは木に背を任せて消耗している。
俺がこの光景に唖然としていると、ナヴィさんが俺の帰還に気がついてこちらに近づいてきた。
「シュウさん……帰って来たんですね。聞いてください、酷いんです! ドラゴン様ったら酷いんですよ!」
よし! あのチビ殴ろう。
「ま、待ってください! そういう事じゃなくてですね?」
「は、はい? ドラゴンにハラスメントされたんじゃないんですか? そして今度はティナがターゲットになったんじゃ……」
「全然違いますよ! 先程、昼頃になったので身を隠すために私達が森に場所を移すと、途端に強者への挑戦を好むたくさんのゴブリン達が私達に挑んで来たんです」
「それで?」
「気絶程度に返り討ちにしたんですが、ドラゴン様ったら手加減せずにゴブリン達をボコボコにして……あまりにも可哀想だったので、2人がゴブリン討伐の報酬の使い道に争っている間に、動ける程度にゴブリン達全員に回復魔法を……」
あー、だからナヴィさんは消耗していて、あいつらは取っ組み合いしてんのか。
確かにあの2人の取っ組み合いから『肉』と『金』のワードが頻繁に聞こえてくる。
「そりゃナヴィさんも災難でしたね……はい、これ頼まれた水と食料です。なんか果物みたいなやつ選んだんですけど問題無いですよね」
「本当にありがとうございます。それでシュウさん……もう一つ頼んでいた物ってありますか?」
「あ、丁度面白いのがあったんですよ! それじゃあ、さっきからうるっさいあいつら止めてきますね」
――秘技、ダブルゲンコツ
「お前らそう拗ねんなって、ゲンコツは流石にやり過ぎたよ。それでティナ、お前にはお土産があるんだよ、これが面白いのがあってさ」
「え、私にお土産?」 「我には無いのか?」
「フッフッフ、残念だがドラゴンには……おい、やめろよ。そんな悲しそうな顔すんなよ調子狂うだろ! ――っ分かったよ! 今度お前にもなんか買ってきてやるから」
「そ、それで――私にお土産って」
冷静を装っているが期待を隠せていないティナが俺の持っている袋包を凝視した。
水と食料以外にナヴィさんに頼まれた物だったが、そこまで期待されると少しうしろめたいな。
「ほれ」
俺は例のものをティナに渡す。
「わぁ――? えと、何なのこれ」
「俺の国での泥棒の代名詞となるものだな。ナヴィさんにクエスト行って誰かと遭遇するかもしれないから、顔に隠すものか何かを買うように頼まれたんだが、まさかこんなのが売っているとは――痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」
唐草の模様の風呂敷は、どうやら気に入らなかったらしい。