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「髪がみんな……カラフルだ」
俺はアニメが好きだ、ライトノベルが好きだ。
そういう主人公に憧れるし、なりたいとさえ思ったこともある。
さらに言えば異世界系は特にそれが強い傾向にあり、最も体験したいジャンルの一つであった。
エルフなどの異世界特有のヒロイン、魔法を使えるというロマン、予測不能な大冒険。
異世界系の魅力を挙げてはキリがないが――
「その異世界だよな……? ここ」
いつも通りに――空は青く、雲は白く、太陽はうっとしい程変わらない。
だが、見渡すと体が硬直せざるを得ない程の変容が、辺り一面に広がっているのだ。
ドワーフ、獣人、リザードマン……今、猫耳を付けた人間もいた様な気がする。
不意の状況に冷静を装って、一息つくが鼓動は激しくなる一方だった。
「現在地は街、状況は異世界召喚、状態異常は混乱ってとこか……!」
ドッキリ、などという可能性はすぐに潰された。
これは間違いなく『本物』だと感覚が激しく訴えてくるからだ。
が、もしドッキリだったら仕掛け人を全力で殴ることを誓い、生きてきた事を後悔させてやる。
1度両手を広げ、深く深呼吸をする。
するとたちまち混乱は確信へと変わり、俺は両手を広げて歓喜に満ち溢れた。
「異世界き――! ……なんだこれ」
異世界初の歓喜の声は、視界と共に途絶えた。
新手かっ! なんてアホな事を思ってもみたが、異世界に来て10秒しか経ってない俺に、新手もクソもない。
それはよく見ると、かなり馴染みのあるものだった。
「これって、新聞だよな? 異世界にもあるのか。とーと……ドラゴンが脱走、勇者の行方不明、魔王軍が王都に侵略、キメラの実験成功……ちょっと待て、なんか治安悪くない!?」
大丈夫かよ、この世界。
勇者の行方不明とかなんともファンタジーのカケラもない事を……けど結構、勇者の顔写真は可愛いんだな。
うーんと、キメラの実験成功って朗報なのか悲報なのか?
新聞にはあまり詳しくは書いてないから分からないが、あまり大した事ないのだろうか。
つうか今更なのだが、新聞に書いてある字って日本語じゃないのに読めるんだけど、もうスルーの方向でいいよね?
その疑問を持った時、俺はどうしてこの世界に来たかを思い出した。
「そうだ……! 俺を召喚したやつ! 召喚者はどこだ――?」
一般的に異世界に来る条件として、異世界召喚と異世界転移があるが、俺の場合は死亡して異世界に来たわけじゃないから異世界転移の方だ。
異世界転移の条件としては、大体召喚者がいるもんだが一向に現れないから放置ルートか。
俺の知識としては、召喚者は大体ヒロイン枠なのだが、どうやら俺の場合はそれと異なるらしい。
しかし言語くらいは気を遣ったのか、すれ違う人達の声が頭に入ってくるし、この新聞も普通に読めた。
まぁ何とかなるだろう。
「にしても腹減ったなぁ……どうせ、ポケットマネーは使えないだろうし、空腹でゲームオーバー寸前だよなこれ。まったく召喚者も初期装備くらい用意しろよなぁ」
寝坊して朝食べずに家を出た自分を恨みつつ、俺は異世界の街を淡々と歩き始めた。
◇
凄い……!
「雰囲気出てるなぁ……!」
歩くってこんなに楽しいものだったのか……!
見たことのない人、物……なんだあれ?
俺はまるで博物館を眺める気分で、中世ヨーロッパのようなレンガ造りの街を歩き回っていた。
今の日本より文明は遅れているが、先の新聞に書かれた内容とは別にかなり平和なイメージが強い。
途中、美味しそうな物を売っている露店を見つけたが、金の無い俺にとってはタダのイジメだよなぁ。
レンガの街を歩きまくって、いつか空腹も忘れそうだった頃、1つだけ心残りがあった。
「異世界と言ったら、やはりアレは拝んでおきたいんだけど、中々見つからないんだよなー」
まぁしかし、時間はたっぷりあるんだし、いつか拝める日も来る事であろう。
さて、未だ召喚者は来ないという事で放置ルートは確定したし、あらかた街も歩き回った。
他に異世界でやる事と言えば、やはり冒険者しか無いのだが、冒険者ギルドは俺が召喚された場所と近場にあり、散歩の時すぐに見つけたのだ。
「ギルドかぁ」
まず冒険者ギルドに行ってお金を稼いだら装備を整えるだろう。
そしたら早速パーティー結成だ。
ある程度レベルが上がったら凶暴なモンスターを退治したり、他にもドキドキの大冒険、冒険者同士の駆け引き、パーティーメンバーとの淡い恋……
「ギルドかぁ!」
さっき街を歩き回ったせいで、もう場所を把握していたのだが、楽しみすぎて最後までとっておいたのだ。
この世界二度目の長い深呼吸して決心すると、俺はギルドに向かって歩き始める。
遠くから見た時よりも大きかった冒険者ギルドの前に立つと、感動がドバドバ溢れてしまった。
「上半分の扉……! 良い! 凄く良い! テンション上がる!」
息を飲みこんだ。
扉に触れた。
力が入った。
それが、雰囲気という一大勢力が俺に襲い掛かり捻り潰されそうになった瞬間である。
辺り一面――冒険者、冒険者、冒険者。
どことなく薄暗い店内は、酒場が併設されている様だ。
武器を持った連中もたむろしているが、イメージしてたのより全然怖くはなかった。
俺は、ここで淡い恋を……ではなく、第二の人生を始めるというわけ――
「――おおおおおおおお!!!」
突然の大声で、妄想の海から引きずり出された俺は、声が聞こえた方を振り向いた。
「おいおい、なんだ? 俺の初の晴れ舞台を邪魔するあの人だかりは?」
「ん? なんだ兄ちゃん、見ない顔だが新入りか? ハハッ 歓迎するぜ。気になるなら見に行けばいいさ、今のはどうやら当たりらしいぜ」
この世界で初めて俺に話しかけて来たのは、見た目、俺と同じくらいの年齢で、大きい斧を背負い、茶髪に赤いバンダナをした男だった。
見た目と反して、親切に教えてくれるのはありがたいが、この男が持つジョッキから放たれるこの香り……
この人が飲んでいるのって多分お酒だよな?
そういえば、この世界での成人年齢っていくつなのだろう。
色々と聞きたい事はあったが、今肝心なとこはそこでは無い。
「当たり?」
「ハハハッ! 本当に何も知らねんだな! 兄ちゃん見た感じ冒険者になるんだろ? ならまず、あそこの受付の姉ちゃんに言って冒険者登録してきな。そしたら全部説明してもらえる筈だからよ」
「おっ、ありがとう。じゃあ早速行ってきますわ」
「あぁ! 仲良くやんな!」
やはり全然怖くない、むしろ優しい程だ。
男に改めて礼を言うと、早速受付が3つあるうちの1つに並んだ。
勿論、やることが沢山あるので、出来るだけ早く冒険者登録するため、1番人が少ない所に並んだ。
それでも2人程並んでいたが、意外に早く前の2人も受付で用を済ませたので、あっという間に俺の番になる。
「あの、冒険者になりたいんですけど」
「はい、ようこそ冒険者ギルドへ。冒険者登録ですね、では早速奥へとご案内させていただきます」
「あ、はい」
奥とは、さっき大人数の歓声が聞こえた所の事だった。
冒険者登録のためなのだろうが、奥で一体何をするのだろうか。
受付の奥へと通された俺が向かったのは地下に繋がる階段だった。
どことなく緊張気味に階段を下ると、そこに広がる光景に俺は気圧されてしまった。
「う〜わ。さ、さすがは異世界……ギルドの地下にこんなのがあるとはねぇ」
そこは――広い闘技場らしき場所で、ここはその観客席だった。
まさか受付の奥にこんな場所があったとは、ギルドが大きいわけだ。
さすがは異世界、なかなか興奮を覚まさせてはくれないもんだ。
「それでは説明させていただきますね。冒険者になるには、まず使い魔と契約を結ばなければなりません。その儀式を『サモンズ』と呼びます。あ、丁度いいですね、あちらをご覧ください」
へぇ、冒険者になるには使い魔と契約を結ぶのか。
感心しながら、ギルドのお姉さんが指す方向を見ると、白い魔法陣が高速回転して光り輝いてる姿だった。
しばらくすると、その魔法陣はさらに光り出し、銅色に変わる。
またさらに光ると、次は銀色に変わった。
今のところ、白、銅、銀の順に魔法陣の色変わっている。
高速回転し続けた魔法陣は、次第に回転が弱まっていき、最後に魔法陣は動きを止めた。
止まった魔法陣の上には、光が具現化し始め、使い魔がその姿を晒した。
「おお! すげぇぇなんだあれ! 赤いワニみたいなの出てきた!」
「ご覧になった通り、使い魔はランダムで召喚されるのですが、ブロンズ、シルバー、ゴールド、レジェンドの4種類があって、今のはシルバーでしたね」
「あ〜なるほど! ソシャゲのガチャみたいなもんですか! 魔法陣の色が変わる度にレアリティが上がると、そういうことですか!」
「そしゃげ? がちゃ? というものは存じませんが、ご理解感謝します。では、早速案内させていただきますね」
俺は再びお姉さんに案内され、それに付いて行く。
ふむ、魔法陣は4種類あってそれに応じた強さのやつが出て来るわけだから、世間一般的にはレジェンドが出て欲しいのだろう。
だが、俺は違う。
確かにチート級の力はいらないと言ったら嘘になるが、はっきり言って俺は目立ちたく無い。
それにそのせいで狙われたり、頼まれたり、巻き込まれたりするのはごめんだからな。
すなわち、ゴールドが一番丁度いいのだ。
そう結論に至ると、いつの間にか大きな門の前に立たされた。
どうやら闘技場の入り口らしい。
「では、改めて説明させていただきます。サモンズは一度しか挑戦出来ません。そして、冒険者の力の源は召喚された使い魔から受け取る魔力です。当然、出て来たレアリティよっては、それぞれ受け取る魔力の大きさが異なります」
「やり直しってきかないんですか ……ふむ、一回しか出来ないって結構厳しいんですね」
「そうですね。そのため、ゴールド以上は滅多に出ません。ゴールド以上を出して、今では名が売れる冒険者もいますが、逆にブロンズを出して冒険者を諦め、農業の道を選ぶ方もおられる様なので」
「え!? そ、そうなんですか!?」
嫌すぎる! わざわざ異世界まで来て農業を営むとか嫌すぎる!
まだ日本で学生やってた方がマシではないか。
絶対にブロンズだけは避けたい。
すると俺の不安に満ちた顔が見えてしまったのか、ギルドのお姉さんが励ましてくれた。
「そ、そんな顔しないで下さい! ブロンズも滅多に出ないと言われてるんです! 私も長いことここで働いていますが、ブロンズを召喚された方は見たことありませんので、えと、その、ご安心して下さい!」
一生懸命に慰めてくれるのは本当にありがたい。
ありがたいのだが、それ結構フラグなので控えて頂きたいものだ。
大きな門は俺の不安解消を待たずに、ゆっくりと口を開き、闘技場への道を切り開いた。
よし、いよいよだな。
ここで俺の冒険者人生が決まるんだ。
良すぎてもダメ、悪すぎてもダメ。そうゴールドだ、絶対にゴールドを出してや……ん? あれ? ちょっと待てよ?
「では最後に。使い魔は一緒に暮らす、いわば運命共同体です。いつどんな時でも共に苦難を乗り越え、仲良く楽しく元気よく頑張って下さい。では、最後に質問は――」
「はいはいはい! エルフって召喚出来るんですか! 特に女の子の!」
「えぇと、エルフはゴールドとして召喚可能ですが……性別はランダムですけど……」
ギルドのお姉さんが若干引いてるが、仕方ないではないか。
あのエルフだ、あのエルフだぞ!? 使い魔と恋人になるなんて、なんて萌えるシチュエーションだ。
運命共同体とか一緒に暮らすとか、恋愛ルート確定ではないか。
ゴールド! 絶対ゴールドを出してやる!
自分とエルフの運命の赤い糸を信じ、俺は闘技場内へと足を踏み込む。
俺はこの世界3度目の深呼吸をすると、白い魔法陣の前に立ち、説明された通りに右手をかざす。
すると、魔法陣は瞬く間に光り出し、高速回転を始める。
小さな感動――だが今そんな暇はない。
そのまま魔法陣は回転を止めることを知らず、光の強さは増し、白から銅へ。
銅の魔法陣も、また光が強くなり銀色へと進化を遂げた。
まずは、ギルドのお姉さんのフラグを回収せずに済んだという事だ。
「頼む……!」
指を組んで祈りのポーズを捧げ、ゴールド! と頭の中で連呼すると、銀色の魔法陣の回転が弱くなり、光が集結し始めていた。
これは俺が観客席から見ていたシルバーが出てくる演出だった。
……おい待て、嘘だろ?
完全に終わったと思い、顔を下に向けた――その時だった。
突如、観客席がざわつき始めたのである。
まさかと思って顔を上げると、魔法陣が再び高速回転していたのだ。
この時、俺は確信してしまったのだ。
「ゴールドぉぉぉぉ!!! おお、おぉ……お? え、嘘、だろ?」
そんな確定演出いらねぇよぉぉぉぉ!!!
回転を止めた魔法陣は赤く、そして滾っていた。