第八話「エイレーネの守護神、ハンニバル」
ハンニバル……アーク大陸、エイレーネの地を守護する神。朗らかな性格をしているが一変して、戦いにおいて敵を灰塵にさせるほど容赦しない側面を持っている。エレボスの地を守護する神とは犬猿の仲である。
激しい業火が舞い上がり、火の雨となりてカイルの頭上へと降り注ぐ。風の双剣を構えカイルは前へと踏み出す。目前に迫る拳ほどの火を剣から起こされる風によって霧散させていく。
「ふっ!」
一呼吸入れ、無尽蔵に降る雨をいなしながら龍神へと迫っていく。喉を鳴らして龍神は追撃の炎のブレスをカイルの前方へと放つ。いなした火の先に煌々と迫る壁を前にカイルは避けようとはせずに走りを止めずに得物を交差させ突進する。
「嵐よ!」
交差した剣より魔法陣を展開し、巨大な球状の風を生み出す。正面に解き放ち、火の壁へとぶつける。圧倒的な火力を前に一点集中で壁を突き抜ける算段なのだろう。が、想像に難く。炎の壁の分厚さを予想していなかったのだろう、球状の風は壁にぶつかると一瞬で呑み込まれてしまった。
「解放!」
言の葉を紡ぐと、炎の壁に呑み込まれた筈の風が途端に体積を広げて炎の壁の一部に穴を空けた。表面からの風の拡散では壁の厚みを抜けれないと転じて、魔力が未だ残っている内に壁の内部から魔力を爆発させた。
「ほぅ。」
壁を抜け、漸く龍神の懐まで潜り込むことに成功した。双剣の刀身を伸ばし、飛び上がる。狙うは竜神の喉元。巨大な躯を足場にして龍神の下半身から上半身へと飛翔を繰り返す。
「はぁっ!」
漸く喉元を捕らえたと確信したが、横から激しい衝撃を受けてカイルの身体は岩壁に激突した。肺に溜まった空気が一瞬にして吐き出され、吐血もしてしまう。
「甘いな、カイル。」
龍神の巨大な尻尾が意思を持っているかのようにゆらゆらと陽炎の中を動いている。
「げほっ、ごほっ!」
咽かえるカイル。焼けた空気が肺に刺さる。次いで、竜神の尻尾の先端がカイルに迫る。
「ぐっ!」
首元だけを執拗に狙ってくる尻尾を間一髪の所で避ける。尻尾の威力はカイルの背後の岩壁がアイスピックで氷が砕かれるようであった。寸での所で躱されることを理解したのか、尻尾を岩壁に沈ませてから薙ぎ払いを仕掛けて来た。削り取られていく岩は無残にも溶岩へと落ちていきその身を溶かしていく。急ぎこの場から抜け出さなければ自身も岩同様になってしまう。めり込んだ背中と両足の踵に魔力を集中させ、圧縮させた風を暴発させ岩壁から抜け出す。先程までカイルがいた場所はごっそりと削られて溶岩の足しになっていった。風を纏い、華麗に地面へと降り立つカイル。龍神も向き直り、尻尾をゆらゆらと揺らしている。
「仕切り直しだ。ただ、我を倒すということだけを考えるのは違うぞ。己が身を賭して臨むのはこの龍神である我を打ち倒すのが目的ではなかった筈だ。」
「そうだ……俺は、龍神を打ち倒す為だけに来たわけではない……。代々受け継がれてきたエイレーネの栄光の為、繁栄の為に自分がその地位に相応しいかをこの試練で!」
双剣に魔力を込め、足にも風を纏う。確信を得たのか、その瞳には龍神の姿を映さず。家族、民、王国の幸せを乞いに願った希望が宿っている。龍神も懐かしそうに頬の紅鱗を煌めかせる。かつて自分が認めた若かりし頃の彼の姿を。
「(見極めろ……龍神がこの試練を達成する為に何をさせたいのか……?)」
ゆらゆらと揺れる尻尾の向こう側、この試練を高見の見物をするために在るような玉座が佇み、その玉座に居座る人物をカイルの目は捉えた。
「(誰だ……?この場所に龍神が立ち入らせる訳が……。龍神……?)」
はっとして巨大な龍を見据える。龍神というだけで巨大な龍がその者と勘違いをしていた。
「そういうことか……!」
溢れる魔力を限りなく足に集中させる。巨大な龍の咆哮が木霊すると、口内に灼熱の火炎を迸らせる。刹那、炎の息吹が放たれた。魔力は爆ぜ、カイルの走力は人の走力を越えた。炎のスコールが地面を濡らす前に緑の閃光が地面をなぞっていく。俊敏な尻尾を揺らし、カイルの行き先に待ち構える。双剣を構えながら呪文を唱える。
「風は地を駆け、あらゆる障害を透き砕く!エアロドライブ!」
カイルの身体は高速を越え音速へ。龍の俊敏な尻尾がゆっくりと軌道を眺めれる程に体感する。自身に掛ける強化魔法の中では上位である故に魔力の浪費は激しい。龍の追尾を振り切るにはこれしかないと決した。
「うおおおおおお!!」
構えた双剣でタイミングよく尾の先端を下に弾き、紅鱗の路を駆ける。通りざまに得物を振り回し、鱗で覆われた尾を攻撃し、龍に僅かな隙を生じさせる。音速で振り回される鋭利な刃物の攻撃に流石の龍も堪えられず苦しそうな咆哮をする。そして、長い路を一瞬で通り過ぎたカイルは玉座に佇む人物の前に肩で息をしながら立つ。玉座の人物はカイルを見やり、ふっと息を吐く。
「結構な時間を弄したが、無事に試練を達したな。お疲れ様。」
カイルの肩に手をやり、労いの言葉を掛ける。と、魔力と疲労がすうっと回復していく感覚にカイルは構えていた双剣も魔法陣へと消した。全身から仄かに宿る温かなオーラは正にこのエイレーネを温かく照らす太陽の様。その風貌は橙の髪に民族衣装を羽織った朗らかな男性であった。
「イグニス、もういいぞ。」
龍に告げると、龍も呼応して咆哮する。龍自身が巨大な魔法陣を展開し、魔法陣へと飛翔して巨大な龍はこの場から姿を消してしまった。
「本当にあの龍が龍神様ではなかったんだな……。」
「イグニスは俺の朋友でな。儀式が近付くとこうして逢うのさ。次逢う時はカイル、お前の妹が成長した時だな。」
「アリアが……、その時は俺が付いてやらないと。そ、そういえば。この試練はどうも龍と対峙して龍神様の御前に立つだけのような……。」
「あぁ、様付けとかしなくていいぞ。俺はハンだ。後イグニスな。」
「あぁ、すみません……。」
「儀式というのは実は建前で、ただの度胸試しだ!」
身体が固まって開いた口が閉まらないカイル。あれ程国を想い馳せ、全力で臨んだ神聖な試練だと思ったのがただの度胸試しだと言われればそうなるものだ。硬直したカイルを見て龍神こと、ハンは軽快に笑い、バシバシっとカイルの肩を叩く。
「はははは!ゲイルも同じ風にガッカリしたもんだ!やっぱり親子だな!だがな?この度胸試しをこなせないようじゃあ、エイレーネを任せるには不足というもんだ。俺も長年この地を任されているからな、国を担う奴は見ないといけないからな。」
「?……任されている?」
と、外から轟音がこの場所にまで響いている。ハッとカイルは外で待機する三人が脳裏をよぎる。
「ハンさ……さん、俺。」
「あぁ、試練は終わりだ。お前なら立派に王様こなせそうだ!行ってこい、家臣達が待ってるぞ。」
ニカっと笑うハンを見て、高揚したカイルは昂りを抑えて一礼をして出口へと駆けていく。姿が見えなくなるまでハンはじっと見つめていた。そして、笑顔から一変、ドスの効いた睨み顔をして上空を見つめる。
「で、てめぇは誰だ?」
「ヒドイなぁ、さっきの王子には朗らかな頼れるお兄さん風に装っていたのに。」
眩い光と共に上空から着物を羽織った青年が降りてくる。明らかな敵視しているハンの睨みに臆することなく、地面に降り立つ。
「初めまして、エイレーネの地を守護する神、ハンニバルことハンさん。僕はジェン・ヨウです。」
第八話を読んで下さりありがとうございます。作者のKANです。初めましての方は初めまして。
更新日を確認すると最長記録を越すのではないか思いました(三か月)
さてさて、特にこれといったものはありませんがもうすぐ年が明けてしまいますね。私は年末年始夜勤であり、休む年越しとはいきませんねハァ
今年中に更新できるかはわかりませんが、ごゆるりとお待ちを。「あ、更新したんだ」と言った感じで見て下さるだけでも私の頑張りの糧になります故