第七話「龍神の試練」
龍神の試練に挑む為に聖国エイレーネの門を旅だったカイル王子とゲラルド将軍、アレク、シグの四人は東方にそびえる山嶺、へパイトスの鍛冶場へと向かう。
一方でエイレーネの市場では、シドは終鬼とフロンの二人に対抗する手段を模索するためにミアと共に散策をしていた。しかし、シドが武器を物色している内にミアは謎の男たちによって攫われてしまった。シドはミアを攫った男たちの一人から、へパイトスの鍛冶場へと向かったと聞き、急いで向かった。シドが去った後、鬼と女が訪れ……?
微睡みに揺れて、自分の身体が誰かに担がれているのが分かる。身体が重く、がっしりと掴まれた胴体を振りほどくのは厳しい。重い瞼をゆっくりと開ける。視界に入るのは切り立った崖等が目立ち緑が少ない山岳地帯。他の山頂からは黒煙が零れ、大地の脈動が吹き零れている。
「……っ。」
「おやぁ?目が覚めてしまったようですね。」
横に目をやると、紅い魔導師のローブに身体を包んだ顎髭を生やした長身の男が横並びに歩いていた。不敵に微笑みながら自分に目を合わせると、手に携えていた杖を掌でポンッと叩く。
「このような形で再開を果たすとは皮肉なものですねぇ。引力の魔女よ。」
「……グラビトン?」
「あぁ、貴方は魔女の呼称は知らないのでしたね。まぁ、いいでしょう。直ぐにこの世からさよならをするのですから。」
「……どういう…………?」
魔導師はその先は何も言わず、ただ目の前にそびえる巨大な火山山脈の麓へと歩いていく。従者が自分を背負い直す為に一度空中へと浮かす。従者の肩が自分の腹部に強く当たり、肺に溜まっていた空気が一瞬で押し出されて咽かえる。
「ゴホッゴホッ!」
「丁寧に扱いなさい。王子達に唯一対抗出来る兵器なのですから、ふふっ……。」
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地面の下を通るマグマの熱気が地上に洩れて、平地の気温よりも遥かに凌ぐ暑さを醸し出している。靴底は地面に熱されて常に熱砂を踏みしめている状態が続く。
「ふぃ~あっついっすね。ここがへパイトスの鍛冶場ってとこっすか。」
「あぁ、そうだ。エイレーネ王家はこの場所で代々龍神の試練を行われてきたのだ。だが、ここはまだ道に過ぎない。」
アレクが飄々と言うのを制止するようにゲラルド将軍が前に出る。へパイトスの鍛冶場とは、かつてこの山脈に居座っていた巨大な神へパイトスが武器を鍛える為にマグマを使って武器を鍛えたとされることから山脈地帯全体を括ってへパイトスの鍛冶場とされた。へパイトスが去った後もこの山脈から噴き出るマグマは留まる事を知らず、大きな噴火が起きた時は大陸中に溶岩流がエイレーネ地方に流れていく事もあった。しかし、歴代のエイレーネ王は溶岩流を留めて、海へと押し流したという。それに関わるのがへパイトスと親しき仲にいた龍神であったとされる。龍神は王位継承の時期を悟ると、王に相応しいかを量る為に試練を与する。それが代々エイレーネ王家に伝わる儀式である。
「シグ、辛いか?」
額に少し汗を浮かべたカイル王子が後ろにいるシグを心配する。冷操作の魔法を有しているシグにとってこの熱気は苦痛に過ぎない。だが、シグは澄ました顔をしてカイルに大丈夫だと、首を横に振る。
「そうか、シグはタフだな。俺は些か熱さに参っているが、負けていられないな。」
額の汗を拭い微笑むカイル王子が前を振り向く。そこにすかさずアレクが横槍をぶつける。
「王子の前だからってやせ我慢してんじゃねえっつの。気丈に振る舞ってても、てめぇの魔力の消費が激しいのはわかってるんだよ。」
「うるさい、僕は平気だ。」
「……っ、てめぇ。」
「王子の前で弱気など見せられるか。これは僕にとっての試練でもあるんだ……。」
青白い魔力が常に熱気を遮断し、シグが踏む地面は僅かながら地面に霜が走る。が、魔力が離れると霜は消え失せていた。灼熱の地面を一瞬で凍土までの冷たさに変える程の魔力が常にシグの周りを覆っていると考えていい。だが、それはシグの体力と魔力を大幅に減らす行為に過ぎない。いつ倒れてしまってもおかしくないとアレクも踏んでいた。その時に助けれるものがいなければ死を迎える。
「……ちっ、変なところで意地張りやがって。」
シグの後ろを歩き、後方を警戒しながら進む。
暫く歩くと、山の中腹に巨大な建物突き刺さっている場所が見えた。入り口らしき洞窟の左右には竜神の像が訪れた者を諮るように立っていた。
「カイル王子、竜神の試練を執り行う間へと到着いたしました。我々は入り口にて警備に回ります。モンスターが突然現れるかも分からないので。」
「引率ご苦労、将軍。アレクにシグ、お前たちもだ。ここからは一人で向かう。任せたぞ。」
励ましの言葉を述べた後、一切振り返ることなく暗闇の先へとカイル王子は進んでいき、やがて見えなくなってしまった。
「……っ、ハァ……ハァ……。」
大粒の汗と共に肩で息をし始めたシグの横、やれやれと呆れるアレク。
「ここ数十分間ではあったが、魔力の継続的な使用は大分きつかっただろう。シグ、少し休むといい。建物の地面であれば熱は通っていないはずだ。」
「そういう将軍もバテているんじゃないっすか?ほら、ここまで鎧と兜を被ったままだったっすから。」
「この程度のことを簡単にこなさずして何が兵士だと……!」
ゲラルドが突如、臨戦態勢になった。その姿を見てアレクも警戒する。すると、自分等が進んできた道の遥か後方から、巨大な火球が迫ってきていた。
「アレク!!」
「うおっしゃ!」
熱操作魔法を発動し、辺りの熱を掌に抽出していく。目視出来る程に高まった熱エネルギーが掌を庇護し始める。アレクと火球が衝突する。
「ぬぐぐぐ……だらっしゃあ!!」
ある程度の衝撃を掌で受け止め、勢いに任せて上へと振り上げる。軌道を逸らされた火球はあらぬ方向へと流されて溶岩の上を走り抜ける。
「ったく……。将軍、こりゃあ明らかに噴火で飛んできた火球じゃないっすよね?」
「あぁ、まず溶岩が飛んでいればただでは済んではいない。だが……私はこの火球の魔法を使える者を知っている!」
「いやはや、やはりただの火球の魔法では簡単に弾かれてしまいますか。」
火球が放たれた方向より、魔導師のローブに身を包んで汗一つ流さずに至って平然としている男がゆっくりとゲラルドとアレクに近付いていた。
「ジル導師!?将軍、どういうことですか……。どうして導師が身内に向かって魔法を放ってるんですか!」
後方で息を切らしながらシグが将軍に追及する。しかし、ゲラルドはこうなることをわかっていたようで、この状況をゆっくりと噛みしめる。
「兵士達には内密にされていた事だから知らなくて当然だ。」
「ふふ、道を退いてもらいますよ?私はあなたたちに用はなく、カイル王子に用があるのですから。」
「させん。王子からここを任されているのでな、お引き取り願おうか。」
背中に携えた大剣の柄を掴み、中腰の姿勢を取り臨戦態勢となる。上部の情報を知らされていない以上、上司である将軍の意向を呑み、アレク、シグはジル導師を見据える。
「……ふふ。」
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「……風が変わった。」
一寸先も見えない暗闇の路をカイルは歩み続ける。途中後方からたなびく熱風が急速に勢いを増して通り過ぎた事を覚えた。だが、振り返ってはならない。それは将軍達に対しての無礼に過ぎないからだ。
「何があっても将軍とあの二人であれば大丈夫だ……。俺は俺の使命を全うするべきだ。」
ふと立ち止まる。後方から吹いていた熱風がカイルの目先で無風となり、何者も通さない壁が佇んでいると分かった。かといってカイルの目の前は闇であるので確証は無い。
「カイル・エルガー・エイレーネが告げる!確固たる意志を以て、龍神の試練に挑もうとす!試練の路を阻む番人よ。エイレーネの次世代を見定めるのであればここを通し給え!」
空間に響き渡るカイルの声に呼応するように地面が揺れ動く。それと同時にカイルの前に在ったであろう壁はいつの間にか消えており、後方からの風を吸い込み始めた。意を決してカイルは前へと進み始めた。
闇から一転、建物を抜けた先は広大な空を一望出来る広い空間へと出た。周囲を堅い岩壁が覆い、整えられた道の先には切り立った崖にスペースがあり、カイルは一瞥してそこが儀式の祭壇であると判明した。道を進み、崖に辿り着く。周囲を見渡すも儀式用の何かが設えてあるわけではないので、何があるかは分からない。すると、どこからともなく声が響いた。
「ゲイルの子息か。よくぞここまで辿り着いた。」
天から射抜く巨大な閃光。眩い光がカイルの視界を奪う。暫くして目を凝らし、カイルは目を見開く。今まで在った物が一変し、周囲は業火のペンキをべったりと岩壁に塗られ煌々と輝いている。カイルの目前に立つは、深紅の龍鱗が業火に煌めきを返して艶やかさが見え、地面を滑る大きな尻尾は触れた地面を抉りとりながら左右に振れる。荒々しい吐息が口元から零れて宙を火花が走り回る。巨躯を見渡すのには視界に収まらず。
「貴方が……彼の龍神か。」
地響きのような威圧感に押し潰されそうになりながらもカイルは問う。龍も巨大な首をもたげて肯定する。
「如何にも。我が朋友の約定より、エイレーネの守護を任されている。故に、私は選ぶ。エイレーネの繁栄を担う者を。此度はゲイルの子息であったというだけ。」
「何度も父上の名を呼ぶが、それほどに親しかったと?」
「……。貴殿の父、ゲイルは聡明であった。国の民を思い、家族を思い、この世界の未来を思っていた。貴殿の齢で斯様な事を思慮していたのだからな。幾万年を生きた我々から視ても関心があるのだ。」
「……して、名はカイルと言ったか。この龍神の試練。覚悟を以て挑むがいい。」
「無論、俺はその為にここまで来たのだ。今更引き返すことなどできない!」
両手を天に翳し、呪文を唱える。緑の魔法陣が掌底より浮き出る。
「天地を駆ける幾千の風よ、我が手元に万物を遮断する烈刄を!」
魔法陣から突出された緑の双剣。風の魔力を纏ったそれは地面の埃を一蹴し、衝撃波が空気中の塵すら弾き飛ばした。龍は見下ろし、感慨深く喉を唸らせる。
「ふふっ、やはりゲイルの子息である。よい、試練を見事に達成した暁には。晴れて、エイレーネの王を名乗るがいい。」
猛々しい咆哮と共に火柱が立ち上り、龍を包み込んでいった。
第七話を読んで下さりありがとうございます。作者のKANです。
ソシャゲにどっぷりと浸かって執筆に掛ける時間が少ない生活が続いている次第ですが、失踪はしておりませんのでよろしくお願いします。さて、大分更新の間隔が長くなっておりますので物語のあらすじを覚えている方は少ないかと思われます。そこは大変申し訳ありません。せめて前書きで大方のあらすじを把握していただければと思います。では、次のお話でお会いしましょう。ではでは……。