第五話「水面下で蠢く影」
龍神の試練前、アレクとシグの乱闘。妖精樹林を抜け出すべく疾走するシドとミア。そして、裏で動く魔導師の影。
聖国エイレーネ、エイレーネ城のカイル王子の部屋にて。爽やかな風が窓から入り込み、カイル王子の青髪を撫でる。
キリッとした目つきは民から見れば荘厳さを持ち、違った感情で打ち震えてしまうだろう。だが、それがエイレーネ城の兵士達の士気を上げる糧でもあった。王子は何事にも王国の事を考えて政にも積極的に参加し、ゲイル王の相談役にもなるほどであった。そして、本日はエイレーネの王になるための試練、龍神の試練が行われる。ノックの音と共に失礼しますとゲラルド将軍。王子を視認すると近付きながら呟いた。
「王子、どうなされた。空を見上げて。」
「……雲とは自由なものだな。」
「雲……ですか。確かに雲は様々な形に変えて、あらゆる世界を空から見ておりますからな。ですが、一つの所に留まれない、放浪者でありますよ。」
「ほぅ、将軍。詩のセンスがありそうだな。」
「お戯れを。して、護衛の件でありますが。アレクとシグが志願してまいりました。」
入ってこい、と将軍。その声を認めると共に豪快に扉が開けられると赤髪で顔中傷だらけのアレクが現われ、埃を払って眼鏡を掛ける蒼髪のシグが続いて入ってくる。
「いや~光栄光栄。王子の護衛に就けるなんてよ。っつか、シグ。さっきのはなしだかんな。」
「馬鹿か。あれは間違いなく僕が勝っていた。横槍が無ければ……。」
恨めしそうにゲラルドを見るシグであるが、ゲラルドは何も気にしていないようだ。
「またお前らは喧嘩か。仲がいいな。」
「「どこが!!」」
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熱気と冷気の入交じりで何が熱いのか何が冷たいのかが分からなくなるほど温度が上下する状態が続いている。その中心で激しい格闘をするアレクとシグ。アレクの身体には熱気でも溶けない氷が服に付き、シグの身体は熱気に当てられた火傷があちこちについており、状況からしてもアレクの方が優勢かと思われているが、付着した氷によって動きが制限されているアレクにもアドバンテージがある。ひとしきり殴り合いが終わると互いに距離を保ち息を整える。
「……っ、だーくそ。魔力で形成された氷ってのは動きにくいったらありゃしないぜ。」
「お前のだるい熱気に中てられる僕の身にもなってもらいたいね。」
「んだと……。あーあ、これはブチ切れもんだわ。もう加減しねぇ!!」
「上等だ……。次でお前の顔面が砕かれると思うとせいせいするよ!!」
食堂の空気が一変すると、熱気と冷気が一点に集中される。アレクの拳と足から熱気に勝る炎が灯り、アクセルを吹かす様に勢いよく暴れ出す。シグの周りに一線の風が吹き、冷気が生み出す風は肌を切り裂く程の凍土の風を生み、手元に集約する青白い光弾は食堂を容易く破壊することが出来るであろう。それ以前に、高温の物と低温の物を激しくぶつかり合わせてしまっては城に大きな風穴が空き兼ねない。誰かがこの一撃を止めるべきなのだろうが、生憎二人を制止できるほどの器を持っている者はここにはいない。
「うおおおおららああああ!!」「づああああああああ!!」
アレクの拳とシグが放った光弾がぶつかる寸前、食堂の扉が大いに開かれて素早く動く影が一つ。物見の観客の隙を掻い潜り、二人の間へと辿り着いた。
「っ!?」「っ!!」
「引力。」
アレクの炎とシグの光弾が間に入って来た者の正面に吸い寄せられ、何者かは詠唱する。
「何れも宙を舞う塵に等しく。其は万物を霧散する矛なり。魔封じ(キャンセル)。」
炎を打ち消し、光弾を霧散させてみせた。その隙を突いてアレクとシグにそれぞれ一発ぶちかます。物の見事に命中し、勢いを付けた状態でアレクはテーブルを巻き込みながら飛ばされ、シグは一定の距離で踏みとどまった。
「ごふ、ぐぇ、がふっ……。」
「くっ……。あと少しというところで。選定すると言ったのは貴方ではないですか。ゲラルド将軍。」
決闘の邪魔をしたのはゲラルド将軍であった。溜め息を吐きながら周りを見渡す。
「殴り合いで選定すると私はいつ言った!分からず屋共が!!」
激しい一喝はその場にいる兵士達をすくみ上らせるには十分であった。物音を立てながら立ち上がったアレクは罰の悪そうな顔をしてゲラルド将軍を睨む。シグも同様。
「これはこいつと俺の喧嘩だ。将軍が入ってくるような話じゃねぇよ。」
「癪に障るが同意見だ。将軍、これは白黒付ける闘いでもあるので……!」
「黙れ。」
気付かないほどの俊敏さを披露し、シグの首根っこを掴みあげる。一瞬のことでシグは目を見開き、息苦しそうにもがいている。がっしりと掴まれた手は魔法の効果が付与されており、冷気でどうこう出来る話ではない。
「城の中枢に位置する食堂で騒ぎを起こし、お前ら二人の決闘が城以外の場所にも被害が及んだらどう落とし前を付けてくれるのだ。言ってみろ、アレク!」
「あ、いや……そのぉ……。」
「お前もだシグ!あれ程の魔力が衝突すればどうなるかはわかっていたはずだ。それがどうしたというのだ!頭を自分で冷やすんだな!」
と、ゲラルドは説教している途中でシグの意識がないことに気付き、パッと手を離して周りを見回す。視線に気付いた兵士達はピシッと直立してゲラルドへ敬礼する。
「お前らも持ち場に戻れ!食事を終えた者はきちんと皿を水に浸してから退室するよう!そこ!テーブルと椅子を元の位置に戻しておけ!アレク!シグを連れて私についてこい。」
「(え~……気絶させたのあんたじゃん)」
「不満そうだな。シグと同じようにして連れて行っても私は構わんぞ?」
「あ~い……将軍の仰せのままにしますよ~っと。相変わらず骨みたいな軽さだなこいつは。」
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妖精樹林の一部で絶え間なく雨が降り続けている現象が起こっていた。妖精樹林に暮らす妖精達は興味ありげにその場所へと向かおうとするが、妖精樹林を治める王がそれを諫めていた。妖精はぶーぶーと口を尖らせるが、王は困った表情をしながら現象が続く森林の方へと視線をやる。王が妖精達を近づけさせないのはある口約束を彼の人物と交わしているからであった。生地が薄い着物を羽織り、不敵な笑みを浮かべた人物はその現象に関して、妖精達を近づけさせないようにと注意歓呼していた。
「っち、ミア!おまっ、どんだけ魔力を引き寄せんだよ!」
「樹林は空気中の魔力が溢れているから樹林を抜け出せれば!」
シドとミアは土砂降りの中、樹林を抜け出す為に走っている。が、土砂降りは一滴一滴が鋭い魔力の刃となって、ミアの頭上へと降り注いでいく。それをゲル状の傘をシドが展開して防ぎ続けている。突き刺さった魔力の刃は即シドの魔力へと変換されてゲルに吸収されていく。が、いつまでも続くのであればシドが保管できる魔力量が飽和してしまい、ゲルを魔力の刃が貫くのも時間の問題である。
「もう少しで樹林から出れるはずなので、頑張ってください!」
「端っからミアを連れ出す気だったんだ。この程度でへばってられるかってんだよ!!」
地面のぬかるみに足を持って行かれるが、着実と樹林の外への道を進んでおり、視線の先に開けた光景が広がって来た。息を切らしたミアもその光景が視界に入ると少し安堵したように口元を綻ばせた。
「……もうすぐです!」
走り抜ける寸前に一際大きな魔力の刃が二人の頭上へと迫り掛かる。流石のシドの傘でも飽和どころの話ではなさそうだ。
「っ!俺に掴まってろ!」
「え、あ、はい!」
シドの右手をミアが掴むとゲル状の傘を閉じて左手へと形成する。魔力の刃を防いでいた傘が消えたことで小さな無数の剣が二人へと襲い掛かる。しかして、シドはその場で立ち止まり、勢いよく屈伸をすると二人を覆うようにしてゲル状の膜が張られ、足元には色濃いゲルが溜まり始める。
「舌噛むんじゃねぇぞ。飛ばすからなぁ!!」
ゲルの中で空気が圧縮され続け、空気が外へと押し出される音が響き始める。眼前までに迫った魔力の刃が今にもミアを貫かんとした瞬間、その場に何もなかったかのように地面に刃が突き刺さった。圧空による衝撃によって二人の身体は前方へと吹き飛ばされ、小さな刃はゲル膜が弾き飛ばし、二人は一瞬にして樹林の外へと飛び出す。
「きゃあっ!」
「うおっと……。舌ぁ噛んでないよな?」
シドが仰向けに地面に倒れて、ミアがシドに被さる形になっており、自然とシドはミアを抱きしめる形となっていた。その状況に気付かずにミアは生返事をする。大丈夫な事を確かめた後に立ち上がり辺りを見回す。無事に妖精樹林から抜け出すことが出来、先程まで激しく襲ってきた魔力の刃も無くなり、樹林の上空には千切れ雲が漂うばかりであった。
「なんとか出れたな。っしゃ、とりまあっちに向かうぞ。」
と、シドが指し示す方向には大きな城壁に囲まれた巨大な王国の姿を確認できた。遥か遠くの方では崩壊した村がちらほら見えていた。
「えっと……聖国エイレーネに何か?」
「あぁ、エイレーネっつーのかあれ。兎に角だ。あそこに行く。」
「……理由は特にないんですね。」
苦笑いをしたミアであるが内心期待に胸を膨らませていた。樹林に閉じ込められて以降、エイレーネやましてや近隣の村等にも訪れた事はないのだから。シドがエイレーネに行きたい理由は分からず仕舞いであるが、自分は自分でエイレーネに行く理由を確認するミアであった。
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「ふむ……おかしい。おかしすぎる。」
妖精樹林にて、ミアの家に珍客が訪れていた。魔導師のローブを身に纏った細見の人物、従者にエイレーネの刻印を刻んだ鎧に身を包んだ兵士が二人。ミアがいた家を見て訝し気に見ている魔導師。
「ジル様。如何されました。」
「小娘の気配を感じられん。家の中を隈なく探せ。」
はっ、と兵士二人が扉を勢いよく開け、家の中を探し始めた。暫くして魔導師ジルも家の中へと入る。兵士達はベッドの下やクローゼットの中などを探していた。ふと、ジルは流しにある木製の食器に着目した。そこには水に浸かった食器が二人分あり、料理をした鍋も水が張ってあり、汚れがこびりつかないように施されている。
「誰かが小娘を連れて行った……?奇怪な者がいたもんだな。」
「ジル様、ベッドは僅かに湿っており、ネバネバした液体があります。これは一体……。」
「恐らく小娘を連れて行った奴の体液だろう。貴重なサンプルだ、ビンに確保しておけ。ネバネバ……盛りの付いた獣でも招き入れてしまったのか?愚かな魔女め。国の仲間にも伝えろ。」
踵を返して家を出るジルは不気味な笑みを浮かべる。
「銀髪の魔女を捕らえ次第、へパイトスの鍛冶場まで連れてこい、となぁ。ふふふ……。」
第五話を読んで下さりありがとうございます。2か月更新になりつつある作者のKANです。初めましての方は初めまして。
さて、マイペースもここまでくると言い訳に過ぎませんね、はい。仕事やらスマホのアプリに気を取られては小説を書こうとする意欲がすっかり置き去り状態になっておりますね。年末に溜め込んだ埃のようですよ。年末ということで皆様は年末はどうお過ごしするのでしょう。私は生憎の夜勤ということで年越しは会社で過ごします。まぁ、私としては年末年始手当+夜勤手当が付くのでおいしゲフンゲフン……。社会人誰しもが年末年始はゆっくりしたいという方はいるとは思いますが、仕事は仕事。日本人の性でしょうかねハァサッパリサッパリ
次の更新がいつになるかは私の気分次第でありますのでごゆるりとお待ちください。私自身、ちゃんと物語は帰結を迎えれるように努めていきますのでそこは履き違えないでいただきたいです。では、次のお話の後書きでお会いしましょう。ではでは……。