第一話「災厄!色欲のアシッド」
煉獄バスティーユ。エレボス地方の夢幻山脈側にある巨大な監獄施設。構造は地上層と地下層に分けられ、地下のフロアへ降りるほど罪の重さが比例し、罰則も厳しい。
地上層は二階建てで、地下は七階層となっている。地下層はストライプの傘が地面に突き刺さった様な形で、地上層はどこにでもあるような市役所の形を模している。
一見物静かなバスティーユであるが、一変して空気が変わる。
「緊急警報!緊急警報!暴食の間の監獄獣、グルグが地上層へ到達!」
普段使われないパトライトが頻り廻り、警報が鳴り響くとバスティーユ地上層の一部の壁が外へと大きく吹き飛ばされる。
ーーギュルルルアアアア!!
低くどもった唸り声が響くと、金色の巨大な狗が涎を滴らせながら現れる。
「各員はグルグに刺激を与えないよう、食べ物を提供し続けよ!」
警報と同時に放送される言葉を無視しながら進み続けるグルグの前に、巨大な肉の塊を持った職員数名がいた。が、まばたきの間にグルグは肉の塊ごと職員を丸呑みにしてしまった。
「だ、ダメです!一向に治まる気配をみせ、ギャアああア!!」
「くっ・・・諦めるな!各員、グルグを絶対に外へ出すな!!」
ーーグルアアアアア!!
騒然が止まないバスティーユ。さらに、職員達はもう一体の監獄獣を外へ逃がしてしまうのだが、グルグだけに気を取られてもう一体を見逃してしまった。
一部の壁が壊されたことを鑑みて、地面を這う液体状の何か。グルグとは反対の山脈の方へと進んでいった。
ズズ……ズズ……地面を重たい物が引き摺られるような音が山脈に響いている。そのものに意思があるのかはわからないが、着実に山を上っている。その様はモンスターで言えばスライムと呼ばれる部類に属される。スライムは沼や水気のある場所を好むが、例外として徘徊するスライムなども存在する。が、今ここで山上りをしているスライムは極めて異質であり、他の生物を気にしないで山を上る様は正に王の品格がある。スライムは山脈を上り終えると、今度は下り始めた。エレボス側から上って、エイレーネ側へと下りていく。何故、エイレーネ地方へと下りていくのかは誰にも分からない。
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「……。」
スライムは渇きを感じていた。水を飲みたいという渇望ではなく、それは人の欲にも近い渇望であった。故に、山を下りた瞬間にスライムは身体を分裂させた。分裂した身体は辺りに飛び散り、その近くにいる生物達に降りかかる。鳥、鹿、虫、樹々や草花。スライムの身体を浴びた所はドロドロに溶け、スライムの一部となっていく。吸収した分、スライムも体積を増やし、次第にそれは大きな水溜りへと変わり、辺り一面に広がっていく。ふと、スライムは目の前に人間が暮らす村があることに気付く。スライムはスライムの赴くままに村へと進み始める。
「あああ"あ"あ"!!」
「きゃああああ!」
村の建物の陰に響く悲鳴。それを垣間見た女性の悲鳴が相成って村の異変に全員が気付く。女性が見た光景とは……男性の上半身を覆い被さる形で張り付く巨大なスライム。引き剥がそうと必死に顔に付くスライムに掴みかかるが、引っ張ろうにも粘液が余計に手に引っ付き、溶けてしまっている。
「あ"……あ"ぁ……。」
男性の声が掠れると、頭は既に白骨化が進み、スライムは男性の身体を全て呑み込んでいく。その様を間近で見てしまった女性は腰を抜かしてしまい、ただ男性であった物が溶けていく様を震えて見ることしかできなかった。
「い、いや……。」
骨すら吸収したスライムは更に大きくなり、女性の存在に気付くと身体を女性へと投げかける。
「いやああああああああ!!」
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夜のエイレーネ地方に激しく燃え上がる村が一つ。赤い光に照らされてまた別の所へと進んでいくスライムが一匹。水溜り程度のものが形を成し、人型になった。
「……ぃ。」
ある程度の人間を吸収したことで言語能力も覚えたのか、形成されたばかりの口が震えながら呟く。
「……ぃ、……ぁい。」
――――辛い――
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「さて、今の所……村を一つ壊滅させたようだけど。」
夢幻の塔。ジェン・ヨウの部屋より、アーク大陸の地図を見るヨウと終鬼、フロンがいた。地図に示すように壊滅した村に赤い点を置き、色欲のアシッドの進路方向を落書きで示していた。
「このまま進むと聖国にぶつかりかねねぇな。」
「その前に叩く必要があるわ。でも、スライムに対して私の氷と終鬼の雷が有効っぽいのはわかるけど……ヨウはどうするのかしら?」
着物の袖に腕を通して腕組をするヨウに有効な手立てを持たないと知っているフロンは一応質問する。ヨウは自信に満ちた表情で堂々と地図のある場所に手を叩き付ける。
「当然僕は……聖国エイレーネに警告を呼び掛ける!」
「ヴぇ……。」
終鬼とフロンは同時に声を上げた。ヨウらしからぬ発言、何かあるのかと勘繰るが。
「……っつーと、俺たちは足止めって感じになるのか?」
「そうゆうことだね。ある程度時間を稼げればいいから何とか持ちこたえてくれ。ゲイル王に交渉出来そうなのは僕ぐらいしかいないでしょ?終鬼は直接的過ぎるしフロンはどうしてもお忍びで行っちゃうし。」
「まぁ、俺は交渉みたいなまどろっこしいことは出来ない性質だし、妥当かもな。フロンも異議はないな?」
「え、えぇ……。どうしても忍びだったころの癖が抜けないからついつい城を攻略しかねないわね……。」
「それじゃあ僕は先に向かうから、身支度してアシッドに牽制をぶつけておいてね。よければ……。」
アシッドであろう水色の点を叩く。
「半殺しにしても構わないから。」
二人の耳がピクリと動く。ヨウが言った瞬間、終鬼は二の腕の筋肉が隆起し口角が吊上がる。フロンは息を潜め、氷の吐息を繰り返す。
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エイレーネという土地を代々守ってきている聖国エイレーネ。周りは四季折々の豊かな土地であり、気候も豊かである。中心に聖国があり、西に妖精樹林が広がり、東に聖国に隣接するように自然の要塞、ヘパイストスの鍛冶場と呼ばれる活火山地帯が連なる。聖国の城、エイレーネ城の謁見の間にて、ゲイルは臣民を集め、来訪客を招き入れた。
「王、来訪客が参りました。」
「うむ。」
重たい扉を兵士二人が開き、着物の青年が兵士に囲まれながら入ってくる。ジェン・ヨウは余裕の面持ちで周りをぐるりと眺める。赤絨毯が王の座る玉座に繋がり、左右に大臣などが座るであろう席が幾つも並び、険しそうな顔を並べている者達が訝し気にヨウを睨み付けていた。さながら、裁判所の被告人のような牽引の仕方である。被告人であるヨウには手錠などは掛けられてはいないが。
「王よ。この者が王に大事な言伝をしたいと申し立てておりますが。」
「構わない、述べるが良い。ジェン・ヨウと名乗る若者よ。」
兵士がヨウから離れると、着物の裾を折り片膝を立てる。玉座にはゲイルが座り、側に妃のレミが立ち、反対側に嫡子のカイルとアリアが立っていた。カイルはヨウより少し年上でアリアはまだ幼い少女でカイルの後ろに隠れながらヨウを見ていた。
「お初にお目にかかります、エイレーネの王。僕はジェン・ヨウ、お気軽にジェンかヨウでお呼び下さい。本日は警告をしに参りました。」
大臣達がざわめき始める。互いの顔を見ながらひそひそと話しを重ねている。その内の一人が立ち上がる。いかにも陰険な大臣の面である。
「王様、お言葉ではありますが。この者のお目通りを許したのは兵士が一刻の猶予もないとこの者が言ったことで兵士が慌ててお目通りさせたものなのです。つまり、確固たる理由を未だに話もせずにのこのことこの場に顔を出した訳ですぞ。」
「(面倒な大臣がいたものだね)」
自信たっぷりに豪語した大臣に混ざって黄色い声がどんどんと聞こえてくる。ヨウも眉間に皺を寄せてきている。が、このがやがやに一喝をいれたのは言うまでもないゲイル王であった。
「静まれい!!」
一喝した言葉は衝撃波となり、辺りに突風が吹き渡る。発言した大臣もだが、他の大臣達も王の威勢に恐れおののく。ヨウもその様を見て、少し関心する。
「(へぇ、これがゲイル王の力の一端か。確か、エルガーの家系はヘパイストスの鍛冶場での試練を越えた者が代々王の系譜を引き継いでいたとか。アシッドの件の後はヘパイストスの鍛冶場に行ってみようかな)」
「ごふんっ……。さて、ジルの発言も確かだ。早く、その警告とやらを申すがよい。」
「はい。昨日の事です…………。」
ヨウはバスティーユで起きた事件を説明する。監獄獣が脱獄した事。もう一体の監獄獣がエイレーネの地に降り、早速村の一つが壊滅したということを。
「なるほど、その色欲のアシッドという監獄獣がこのエイレーネに災厄を興すかもしれない、と。」
「はい、ですので王には少なからずの迎撃の準備をしておいてもらいたいのです。」
「ふむ……ゲラルド。」
「はっ」
ゲラルドと呼ばれた大臣。武骨な体格だが、至って誠実な声音を持っている。
「ジェンが言ったように北西の村が壊滅したようだが、被害状況はどうなっている。」
「はっ、この者が言ったように北西の一部の村が壊滅状態に陥っており、今朝方火事が鎮火したと報告があります。被害状況は甚大で、家屋の瓦礫などを調べても焼死体などは見つかっておりません。恐らく、その監獄獣が……。」
目を閉じて、被害に遭った者達を悼むゲラルド。ゲイルも気難しい顔をするが、直ぐに事の深刻さに気付き始めたといった様だ。
「(まぁ、終鬼とフロンがある程度牽制って形で仕掛けると思うけど……。どっちも火が付いたら止められないからなぁ)」
「ゲラルド。直ぐに兵を以て監獄獣が通るルートにバリケードを築け。遭遇した時点で退却をするのだ。ジル!魔導士達を集め、監獄獣に有効な魔法を究明するのだ!」
「はっ」
「仰せのままに……チッ」
ゲラルドとジルが平伏すると、大臣達も慌ただしく平伏し、行動に移していく。
「ジェンとやら。我が国の危機を知らせてくれて感謝する。お主はどうするのだ?」
「僕はまた別の用事がありますので……。」
「そうか……レミよ、アリアと一緒にいておくれ。カイルよ、このような事態になってしまったが例の件は忘れておらぬな?」
ゲイルは語尾だけを声を潜めてカイルに話し掛ける。カイルも静かに頷く。その顔には監獄獣の件は関係ないといったどこかよそよそしい顔をしている。その僅かな声でさえ、ジェン・ヨウは聞き逃さなかった。
「(……なるほどね)」
ゲイル達には知られていない覚り妖怪であるヨウは人の心を読むことが出来る。ゲイルが思うこと、そしてカイルが覚悟している事について筒抜けである。
「(次代の王を決定するわけか。であれば、次代の王同士で和解する場所を設けないといけないな。カイルと同年代の者がエレボスにいるかはわからないけど、これはエレボスにも顔を割られていないといけないかもしれない)」
そして、横目にヨウは大臣側にいるジルを見やる。あの時、王に命令された時にした舌打ちをヨウは見逃さなかった。
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「……ま…………ちぃ……。」
人型となったアシッドは眼下に見える街を見やる。聖国に程近い街。妖精樹林の樹が幾つか生えており、樹々に沿って行けば妖精樹林に辿り着くことができる。が、アシッドが見ているのは街であり、樹林には一切の興味がないようだ。
「…………ふふ、……ははははははははははははは!!」
後書きを久し振りに書きますね。初めましての方は初めまして、作者のKANです。第一話を読んで下さりありがとうございます。前書きらしい前書きを書けたのでまぁ、これぐらいにしておきますか(前書きを書くのを怠惰と感じる
故に、過去の作品同様にキャラや場所の説明をこれまで通り書いていこうかなと感じております。今回は後書きに書きますが、次からは新しい言葉が出た場合は前書きへ……。では、第二話でお会いしましょう。ではでは……。
煉獄「バスティーユ」
エレボス地方の北東、夢幻山脈に沿ってある巨大な収容所。地上層は二階建てで、地下は七階層となっている。地下層はストライプの傘が地面に突き刺さった様な形で、地上層はどこにでもあるような市役所の形を模している。
~バスティーユは七つの階層に分けられており、それぞれが罪人に対する裁きの間になっている。
傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲
傲慢の階層~傲岸不遜で人を侮り見下す者に対して行われる傲慢の間。それは人の向上を逆手に全てを卑下する嘲笑に苛まれ、人格が崩壊する。
監獄獣は蝙蝠のルスフェルス。怪音波による幻聴作用は精神を蝕む。
憤怒の階層~原初的な感情で揺り動かされ罪を被った者に対して行われる憤怒の階層。それは全てに対して激情し、あらゆる物全てを壊さなくては解消されない永遠の呪い。
監獄獣は猿のサタニア。破壊力のある拳は罪人を一瞬にして粉々にすること容易い。
嫉妬の階層~優れた先導者程恨みを買うことは多くあり、その感情に突き動かされた者に対して行われる嫉妬の間。それは鎮魂歌。恨みや憎しみの類を全て癒し、無に帰す水。
監獄獣は人魚のセイレーン。罪人に対して優しく、厳しい彼女の鎮魂歌は母胎への帰還に等しい。
怠惰の階層~怠けた者、謂わば全てに対して億劫な者に対して行われる怠惰の間。それは逆質、勤勉さを怠けていては全てを失うという消失感に苛まれる。
監獄獣は熊のベル。バスティーユの監獄獣の中で一番の賢者。罪人に対して次の就職先を選考する。
強欲の階層~ある事に快を感じる為にありとあらゆる物全てを犠牲にする者に対して行われる強欲の間。それは社会的、愛他的にも快を得る為に失った物を取り戻す人生回帰の旅。
監獄獣は烏のマリア。物欲の強いギャンブラーである彼女を満たす快楽とは死のゲーム。
暴食の階層~食べるという事に執着した者に対して行われる暴食の間。それは食事、食べるという観点において罪人の飢える事のない食欲を解消していく永遠の晩餐会。
監獄獣は狗のグルグ。満たされない食欲は全てを食べても治まらない。グルグが死亡したことで現在欠番となっている。
色欲の階層~性的な欲に没頭し、堕ちた者に対して行われる色欲の間。それは蹂躙。満たされない者に対する快楽とは即ち死を意味する。
監獄獣は粘液状生命体アシッド。全てを融解する粘液は罪人の欲すらも洗い流してしまう。アシッドは神格化により監獄獣を脱却し、現在は山羊のバフォメットが後継している。
ゲイル・エルガー・エイレーネ
聖国エイレーネの4代目の王。銀髪で顎から垂れた長い白ひげに威厳のある目つきは代々の王の系譜を継承している証であろう。家族は当然、国の民を親身に思い、いつでも民の喜びを願い続けている。嫡男であるカイルに継承しようと考え、カイルに龍神の試練を持ちかけており、カイルも覚悟を決めて試練を承諾した。
レミ
ゲイルの妻であり、カイルとアリアの母親。
カイル
ゲイルの息子。若かりし頃のゲイルに似て、綺麗な蒼い髪をし、体格も同年代より少し筋肉質である。
ゲイルの申し出により、龍神の試練を受けることになり、試練を越えることにより王位の継承が完了し、第五代のエイレーネの王として認められる。
アリア
ゲイルの嫡女であり、国の皆に愛される王女様。恥かしがり屋の一面があり、いつもカイルの後ろに隠れて歩いている。兄の事はとても好きであり、将来の夢は兄のお嫁さんになることらしい(´▽`)
ゲラルド
エイレーネの防衛大臣。武骨な体格を持った青年で、カイルの師匠でもある。
ジル
エイレーネの魔術専門大臣。飄々としており、ずる賢さなどはぴか一。魔術専門家ということもあり、エイレーネの魔術師達を指導する立場にいる。