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第十二話「Fortune of Life one」

 へパイトスの鍛冶場の麓より、カイル王子一行は無事に下山することに成功した。ただ一点、アレクの消息が依然不明ということを除いては。深い溜め息を吐いたのはカイルであった。

 「俺はまだまだ未熟だな……。部下の一人守れないなんてな。」

 道端に在った平らな岩に腰を掛け、自嘲気味に笑う。そんな態度を取っているカイルを見るのは耐えれなかったのか、ゲラルドはカイルの目の前に立ち尽くす。

 「なぁ、ゲラルド。俺は……!?」

 見上げたカイルは多少身体が強張る。眼前に立ち尽くす将軍の顔からはいつもの朗らかな表情は無く、嘗て戦場で指揮をしているゲラルドの気迫ある真顔であった。

 「王子。あなたはあの儀式で何を手に入れたのかをお忘れですか。国を背負い頂点に立つ者として、今の王子の姿はあまりにも脆弱であります。いっそのこと、王権をアリア王女にお譲りになってはいかがでしょうか。」

 「……なんだと。」

 挑発的なゲラルドの言い分に気に食わないカイルは立ち上がりゲラルドを睨みつける。それを期待していたのか、ゲラルドの眉は少し緩んだ。

 「今の言い分は聞き捨てならないぞ、いつ俺が脆弱性を語った?」

 「今現在です。部下の一人切り捨てる覚悟がなければこの先の戦争でも気負い過ぎて早死にするのは目に見えております。」

 「民一人一人を思わなければ何が王だ。俺は全ての部下、民の平穏を切に願っているのだ。アレクが消息不明だということに呟いていても仕方ないだろう!」

 「では王子は!戦争で亡くなっていった戦友ともや、その家族に王たる言葉を掛けてその者達に平穏を約束できると思いになっているのか!」

 「……それは。」

 「人は非道く脆い。時には切り捨てる決断をしなければならない。ゲイル王は既にご理解しておられたのです。外側を優しく包み込んで国を支えるのではなく、外側も内側もまとめていかなければならないのです!」

 「……。」

 少し思慮に耽り、ゲラルドを見つめ直す。ゲイル王、父親と比べられては自身の経験などまだまだ未熟だという事に。そして、当時の父親と比べてもまだ下ということ。

 「なら、父上を越える程の力を付けて、俺が五代エイレーネ王に立ち証明する!」

 「その為には多少の犠牲は厭わないと?」

 「違う!犠牲の上で立つ王などたかが知れている筈だ。己の力を駆使して、皆に認めてもらう。俺が頂点に立つに相応しいと!」

 「(多少不器用ではあるが、ここまで立ち上がれるのであれば大丈夫だろう。王子は優しすぎる、ここで野心を芽生えさせておかなければ)」

 ゲラルドが満足そうに口角を上げて、膝を崩す。

 「立ち上がっていただき、感謝致します王子。このゲラルド、あなたの道に僅かながら御助力致すことを改めて誓わせていただきたく。」

 「あぁ、ここで落ち込んでいる場合ではなかったな。いこう、ジルの事もある。直ぐにエイレーネに帰ろう。シグ!」

 二人の側から少し離れた方で、シグは呆けている。冷静沈着が彼なりのスタイルであり、今の状態ではどうも恰好が付かない。じっとシグを見るが、シグが反応する素振りがないので、ゲラルドに呟く。

 「シグはあの女性と会ってからこの状態になっているが、一体どうしたというんだろうか……。」

 「……。ひょっとして、ひょっとするかもしれませんな。」

 ゲラルドが立ち上がってシグに近付いて背中を強く叩く。肺に溜まった酸素が一気に口から吐き出されてシグは少し咳き込む。

 「ぐっ……。何をするんですか、将軍。」

 「シグ、お前あの女性の事を考えているんだろう?」

 「!」//

 「お、顔が少し赤くなったぞ?ははははは!何を恥ずかしがっているのだ!」

 「い、いえ……。こう思ったことが初めてで、戸惑ってしまいました。すみません。」

 「謝ることはない!堂々とするんだ。アレクが見たら笑われるぞ?」

 「ふっ、そうかもしれませんがね。あいつはここにいませんから。」

 と、アレクがいたであろう山岳に目を見やると、下り坂から土煙を舞わせながらこちらに近付いていく物体が迫っていた。その物体からはおおおおおお!と聞き慣れた叫び声が響いていた。

 「……前言撤回です。奴ですね。」

 「ぬおおおおおおお!!」

 麓まで下り終わると土煙もゆらゆらと上空へと舞い上がっていき、正体が現れて来た。

 「アレク!」

 「ふぐぉ……なんなんだよ、あの黒い奴はよぉ。ばかでかい雷鳴らしたと思ったら、俺もろとも地面抉りやがってよぉ!」

 「あ、くたばってなかったのか、よかったよかった。」

 「てめぇシグ!ちぃったぁ心配しろっつーんだよ!あ、将軍、王子。」

 肩倒立をする際に下半身を頭の向こうに伸ばす運動があるが、アレクの状態はお尻が完全に上空を向き、頭の横に両足があり、身体の柔らかさが窺える。その状態で今気付いた二人によっと右手を上げる。シグが以前言っていた言霊が功を奏したのか、アレクは五体満足で帰還を果たすことが出来たのだ。

 「いやぁ、なんとか死なずに帰ることができたっすよ。」

 身体を持ち直して頭を掻きながらほくそ笑んだアレク。やれやれと首を振るシグと安堵の溜息を洩らすゲラルド。アレクに向けて土で汚れた白い手が差し出されカイルが笑顔で迎える。

 「よく帰ってきてくれたアレク。俺はお前を誇りに思うよ。」

 「……へへっ、王子にそこまで言われるのは光栄な限りっだ!」

 カイルの手を取って一気に立ち上がる。激しい戦いだった為か、アレクの手は僅かに筋肉の痙攣で震えていた。

 「アレクが無事だった事は喜ばしいが、であればアシッドと誰が闘っているというのだ?」

 「あぁ……それは道中がてら歩きながら話しますよ。」

 肩を貸そうか、というカイルの申し出にいやいやと断りながらアレクは先頭を歩き、後続してシグとゲラルド、カイルも歩みを進め、聖国エイレーネへと帰還を果たした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 へパイトスの鍛冶場、龍神の儀式入り口付近。

 激しい轟音を響かせていたマグマの胎動は嘘のように静まり、噴き出した溶岩は冷えて固まり始めていた。地割れした溝を敷き詰めるようにして溶岩が地面を肉盛りし、凹凸のある地面へと形成していた。凹凸のある地面の中、一部マグマの影響を受けずにいた小さな広場があった。その中心に身体の殆どが灰白質化している少女を両腕に抱く青年が座っていた。その傍らには黒き鬼と青白い頭髪の女性もいた。

 溶岩の熱に晒され、激しい火傷を背負った少女は既に事切れて、本当に眠っているかのようだ。その頬には乾いた涙の跡が伝い、ゲル状の液体が地面に吸収されずに水玉を形成している。近くには先程激しい闘いを繰り広げたにも関わらず、青年と少女を腕組みして静観する黒き鬼と目の周りをピンク色に泣き腫らし、青白い肌が健康的な色になっている女性。

 「……。」

 少女が最期に告げた言葉。自分に死が訪れることを悟ってのことであるのは青年も薄々勘付いていた。しかし、青年は何故か躊躇している。青年の正体は煉獄バスティーユの監獄獣、色欲のアシッドと呼ばれるスライムであり、人間的な感情などはありはしなかった。が、これまでの経験も相まって少女ミアに対して、初めての感情を抱いてしまっていたのだ。

 「アシッド。」

 黒き鬼、終鬼は何か告げようとするが、傍にいる女性フロンがアシッドの別称を囁き、それに耳を傾けた終鬼は再びアシッドに呼び掛ける。

 「シド。おめぇが今何をしようとしているかは知らねぇが、その子を取り込もうとするなら俺達は止めなきゃならねぇ。」

 終鬼の警告は少女の遺言を否定する言葉である。無論、シドは終鬼の警告を聴いた瞬間、終鬼達に睨みを利かせる。終鬼とフロンは臆することなく、言葉を続ける。

 「ミアちゃんを取り込んだ貴方は、この世界に居てはいけない存在になってしまうわ。だから、私としてはミアちゃんをちゃんと空に帰してあげたいのよ……。」

 「その気にならねぇってんなら、無理矢理にでもてめぇらを引き剥がしてでも……。」

 「それはダメだよ、終鬼。」

 ふと、別の方向からトーンが低い青年の声が聴こえた。声がする方へと三人が目を向けると、着物がボロボロとなり、引き締まった躯と片腕に痛々しい渦巻状の痣がある青年が居た。

 「ヨーーーーウ!!」

 先程まで真剣な表情でシドに啖呵を切ろうとしていた終鬼は、ヨウと呼ばれた青年を見つけると一目散にヨウの元へと走り出し、巨大な身体がヨウの背中へと覆い被さる。

 「ちょ、終鬼。」

 「うおおおおおおおお!!おめぇが神に挑むからって躍起になってただなんて知らなかったんだぞ!俺にも闘わせろよ!!」

 「……。」

 シドは今起きた光景を目の当たりにして、無言となっている。フロンは張り詰めていた空気が一瞬にして弾け飛ぶのを理解して、うんざりするように溜め息を吐く。

 「終鬼……本当に、空気読んでくれないわね。」

 「あぁ?何がだよ。」

 「もういいわ。ヨウ、要件通りにしたけどトラブルが発生してる。ここまでは分かる?」

 「……その子が死んでしまった事だね。それはお気の毒というしかないね。」

 辛辣な態度にシドはイラついたのか、地面にある自身の一部を鋭利な棘へと形成し、ヨウの喉元を貫こうとする。終鬼が背中から覆い被さっている状態でシドを見つめると、空間から鎖を生み出して棘の先端を弾き、弾道上にあるシドの一部を他方向から現れる鎖で雁字搦めにしていく。鎖の隙間から逃げ出そうとするシドではあるが、何故か鎖の拘束をすり抜ける事が出来ず、遂にはシドの身体にも鎖が絡み始めている。

 「!?」

 鎖の動力でミアを地面へと投げ出してしまい、シドはヨウの生み出す鎖で完全に拘束されてしまった。

 「くっそ……んだ、これはよ!」

 「無駄だよ、この鎖は神に対しての拘束力を高めているんだ。特にこうして神格化した者を拘束するには打って付けなんだよ……終鬼、そろそろ降りて?」

 終鬼に唆すと、渋々と降りてシドに向き直る。ギシギシと鎖の摩擦音が聴こえる中、ヨウはシドが投げ出してしまったミアに近付く。激しい抵抗をしながらシドは藻掻く。

 「さわんじゃねぇ!!」

 ミアに触れそうになる手を寸で止め、ミアをじぃっと見つめるヨウ。灰白質化した身体は一部が完全に壊死し、地面にポロポロと零れている。

 「ふぅむ、ただの女の子ではなさそうだね……リンちゃんや弄のような魔女の力を僅かに感じる。確かに、この子を取り込んでしまった先を読んでいて正解だったかもしれない。」

 深く吟味するヨウを見て、シドは段々と静かになる。この男は何か違うというのが物腰や口調から分かり、鎖の摩擦音も小さくなる。

 「……ヨウと呼ばれてたな。」

 「あぁ、ごめん。自己紹介をしていなかったね。僕はジェン・ヨウ。選定者だ。」

 「選定者?」

 「そう、僕達は神格化した者を選定しているのさ。深い意味はないんだけど、世界に悪影響を及ぼしかねない危険因子を取り除くといった使命も兼ね備えている。君がこの子を取り込んだ場合、大いに世界を崩壊しかねないからね。」

 「……じゃあ、どうする気だ。俺はバスティーユを抜けた。また、あの偏屈なところなんざウンザリだ。」

 「そう言っている所、残念だけど。シドにはバスティーユに戻ってもらいたいんだ。これは怠惰の監獄獣、ベルからの申し出だ。」

 「ベル?あのずんぐりむっくりがか。」

 「君はバスティーユで監獄長をしてもらい、バスティーユ周辺の管理をしてもらいたいと思っている。つまり、監獄獣から晴れて総合的な管理職に格上げになるということだね。」

 「ちっ……。結局は監獄に幽閉してるようなもんじゃねぇか。そんなんじゃ俺はやらねぇよ。」

 「条件を付けよう。この子を連れていく事を認める。」

 「「え?」」

 終鬼とフロンが同時に声を上げる。先程まで、シドがミアを取り込むことを拒もうとしてヨウが、わざわざ取り込んでしまう可能性をシドに託しているのだ。当然の反応だ。

 「但し、こちらの条件も呑んでもらいたい。」

 「……だったらこの拘束を解け。話はそれからだろ。」

 「そうだね。」

 「「ええ!?」」

 鎖の拘束を解き、シドが自由になったことに二人は驚愕する。これは信頼する姿勢を示す為に大切なことだとヨウは自覚する。だが、シドが拘束が解かれた瞬間に、ヨウに向けて再び鋭利な棘を形成して飛び掛かる。

 「ヨウ!」

 咄嗟に終鬼が駆け付けようとするが、鎖が終鬼の進路を邪魔した。ヨウの安否を確認した終鬼だが、ヨウには傷一つ付いておらず、形成された棘はヨウの喉元で制止していた。この時、ヨウはシドの目を離さずに見ていた。

 「……なんで、俺がお前を殺そうとしていないことが分かった?」

 「僕を殺そうとするなら、君は真っ先に棘ではなくて僕を取り込もうと拘束してくる筈。僕の能力を手に入れてからでもこの子を回収する余裕はあるからね。」

 「……。」

 「僕を殺そうとしないなら、もうこの子を取り込もうともしない。」

 全てを見透かすような瞳がシドを映し、水面に波紋を生むと波紋の原因を逃さずに追及してくる。人とはかけ離れた存在であることをシドは改めて感じた。見た目こそ、この世界の人と呼ばれる形は保っていようとも内側が明らかに違う。

 「……条件を呑もうじゃねぇか。あ~あ、もっと散策してみたかったんだがな。」

 「監獄長をしてくれればこちらとしては関与しないよ。大騒ぎを起こさなければね。」

 「ん?つまりは、自由の身ってことに変わりはないってことか!」

 「ちょ、ちょっと待って!ヨウ、こんな危険な奴を自由に野放しにしてて大丈夫な保証はないでしょう!?」

 フロンも流石にヨウの言動に異を唱える。傍にいる終鬼は特になんの素振りも見せていない。

 「大丈夫だよ、フロン。そうはならないからね……。」

 不思議そうに首を傾げるフロンを横目にヨウは山を下りていく。次いで、シドと終鬼も続き慌ててフロンも下りて行った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「ふーっ……ふーっ……。」

 へパイトスの鍛冶場、龍神の儀式場にて。荒い息遣いをしながら灼熱の熱気を迸らせる龍神が中心で腕組みをしていた。夥しい程の黄金の鎖が四方八方より飛び交い、自身にも幾重にも絡められているにも関わらず。儀式場は半壊状態であり、立ち並ぶ巨大な岩山も最早火の海の岩礁の如く砕け散っていた。

 「何者だというのだ……。テスティアが認めたというだけはあるが、些かこの大陸を統べるには有り余る力だ。まさかとは思うが……。いや、テスティアの望みを叶えるとしよう。」

 絡んだ鎖はドロドロと溶け、粒子となって舞い上がり、龍神が一度熱気の波動を周囲に拡散させると、全ての鎖が消え去る。

 「ジェン・ヨウが道を違えた時に然るべき罰を与え、それまでは共にこのアーク大陸を見届ける、ことを。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「ゲイル陛下より、お言葉を賜ります。」

 エイレーネ城、王の間。数々の臣下が赤毛の絨毯を境に席へと着く。兵士は臣下の前の地面で直立の姿勢を保つ。アレクやシグも正装をしている。玉座より、現聖国エイレーネ王、ゲイルが立つ。

 「ここに集まってくれたのは他でもない。龍神の儀式を無事に完遂し、次期国王としての格を得た我が息子、カイルが王位を継ぐ!」

 大きな歓声と共にけたたましい拍手喝采が王の間に響き渡る。玉座の脇より、潔白のマントを翻し、カイル王子が立つ。その表情からは厳しい試練を乗り越えてきた気迫が満ち溢れている。臣下の中には些か不満そうな顔を持つ者もいたが、そのカイルの出で立ちを一目見た瞬間、不満は払拭された。

 「カイルよ。これからは忙しない日々が訪れるであろう。だが、それが王の責務だ。幾度の困難が来ようとも、ここにいる大臣達、兵士達と共にエイレーネを守ってくれ。」

 誇らしげにカイルを見るゲイルは被っていた冠を静かに取る。察したカイルはゲイルの下に立膝をしてしゃがみ、ゲイルの手で被せられた冠の重みを身体で感じる。カイルに冠が乗せられると、王の間は更に大きな拍手で響き、王位継承の儀式は無事に終わることができた。

 カイルの部屋より、窓を開けて白きマントをたなびかせながら風を感じるカイル。そこに、ゲラルド将軍とアレク、シグが現れた。

 「王子……いえ、王よ。無事に王位継承おめでとうございます。これからも、我々は貴方様に付いて行く所存であります。」

 「畏まらなくていいさ。俺はこれからも王子のようにフランクに生きていくさ。だけど、大変な時もあるだろうから、その時は頼むよ。」

 「やっぱカイル王子はそうでなくちゃな!」

 「王、だ。まったく……。」

 「それで、だ……ん。」

 少し空いた扉より、部屋を覗く少女が居た。カイルの妹であるアリアであった。カイルが話を切り出す時に目が合ってしまい、アリアはひゃ、と素っ頓狂な声をあげてしまった。

 「どうしたアリア?こっちにおいで。」

 もじもじとしながら扉を開け、スカートの裾を少しつまみ、恥ずかしそうな表情をしてカイルの前に現れる。なんだなんだとアレクはヘラヘラとアリアを見、シグは眼鏡をクイっと、ゲラルド将軍は

アリアをじーっと見ている。

 「あ、あの……ですね。お、王位継承のお祝いの言葉を言いたくて……。」

 「……あぁ、ありがとうアリア。」

 「!……お、おめでとうございます!お兄様!」

 俯いていた顔は転じてキラキラと目を輝かせ、兄の王位継承の祝いを勇気を振り絞って言えたことに嬉しそうにしているアリア。微笑むカイルに気楽そうなアレク、依然と表情を固くしているシグ、ふふっとほくそ笑む将軍であった。

 「なぁんだアリア。王子にそれが言いたくて覗き見してたのか?」

 「な!違います!ただ、将軍様やアレク達がお兄様の部屋に入るのを見掛けて……。」

 「妹様をからかうのはよすんだアレク。」

 年の差でいうと、アリアはアレクとシグよりも三つ程下であり、カイルとは五つ下である。傍から見ると、下級生を上級生がからかい、真面目な上級生が指導している様で、ゲラルドとカイルは楽しそうに見やる。しかし、笑顔から一転してゲラルドはカイルに耳打ちをする。

 「王国周辺を魔導士達を連れて魔力検知をした結果、ジルの魔力を検知することはできなかったようで、エイレーネにはいないことが確認されました。」

 「ご苦労。だが、父上や大臣達が変化を捉えられていないことを見ると、ジルは姿をくらまして認識をずらす魔法を仕掛けたに違いない。」

 「我等は既に術の認識が出来る故に、ジルという人物について知っている訳ですが……これは一層警戒すべきことだと感じます。」

 「他の将軍にも声を掛ける必要があるな……。奴の目的が分からない以上は何としてでも守らなければ。」

 アレク達がワイワイと喋っている中、カイルは再び窓の奥に広がる国の光景を見やる。先代であるゲイルが築き上げた国をより一層盛り上げる決意と共に、この国の裏に潜む事にも手を付けなければと覚悟を決めたカイルであった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「ふふっ……今は安息の時を過ごしているがいいさ。さて、次はエレボスにいる者の吉報を待つとしましょうか。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 エレボス地方、煉獄バスティーユにて。

 「帰還感謝である。いや、ここはお帰りと気さくに言うべきか。」

 「いちいちかってーんだよ、デカぐま。」

 怠惰の間、地獄の閻魔様が座るような巨大な座椅子にもたれかかる巨大な熊、ベルがシドを出迎える。ベルの周りには怠惰の間にて刑罰を受けている囚人達が書類の様な物をせっせと運んでいる。囚人たちが運んでいる最中、ベルはむんずと書類を掠め取り、シドへと手渡す。

 「これが、監獄長就任の証明書のようなものである。この書類の右下に印鑑か、血を押し当てるのである。」

 「前の俺なら躊躇しただろうが、てめぇがあのガキに唆されてなきゃやらねぇよ、こんなの。」

 書類に目を通して、自身の体液をぐりぐりと押し当てる。体液を認識した書類が独りでに燃え、シドが監獄長に就任されたことが監獄内へ響き渡る。

 「号外!号外!色欲の層、監獄獣であったアシッドがシドと改め、バスティーユの監獄長へと就任!繰り返す!色欲の……。」

 「……うぜぇ。」

 「私なりの歓迎の言葉と思うのである。」

 「あーあー、うぜぇうぜぇ。さっさと部屋に案内しろ。」

 少ししょんぼりとしたベルであったが、巨大な身体を起こして歩き始める。その後ろをシドが続き煉獄バスティーユの監獄長室へと向かう。バスティーユは地面の下へと円錐状に広がっている構造になっている。地上に近い程階層が広く、最下層に監獄長の部屋が存在する。監獄獣達は罪人を円滑に階層へ運ぶ為に転移魔法陣を使用する。

 「ここである。」

 魔法陣にて転移した先にあったのはベルではくぐることは不可能な人間サイズの扉があった。扉の上には達筆な文字で監獄長室と書かれた看板が壁に接着している。

 「そういや、前の監獄長とかいたのか?」

 「グルグが脱獄と同じくして前の監獄長はどこかへといってしまったのである。」

 「そうか、ご苦労だったデカぐま。もう帰っていいぞ。」

 「一応だが、私にはベルという名前があるのである。次からはそう呼ぶように。」

 少しムスッとしてベルは去って行った。扉のドアノブに手を掛けて中へと入る。地面の下にある部屋だというのに窓からの太陽光で部屋は明るかった。窓には外の景色を映す魔法陣が施されているようで、外の光景はバスティーユの二階に位置する光景であった。部屋を一瞥する。気品のある監獄長ならではの長テーブル。背もたれがシドの背丈以上に高い座椅子。最低限の威厳は設えてあるようだ。それだけならかなり質素であったが。

 「……。」

 部屋の中央に魔法陣の上で浮遊を続ける少女を除いては。

 第十二話もといこのお話の最終話を読んで下さりありがとうございます。作者のKANです。初めましての方は初めまして。

 早いこと更新前が5月と3か月もの間失踪のような形となっていましたが私は元気です。まぁ、書いていたのは書いておりましたが、リアルが私を追い掛けてくるので更新頻度が落ちてしまっていたのが至極当然な理由です。まぁ、リアルタイム充実しているリア充です。違う意味で。

 さて、このお話はこれにて終わる訳ではありますが、次のお話も大分構想している訳でありまして、近い内に投稿できるかと思います。では、次回のお話でお会いしましょう。前書きは割愛させていただきます。ではノシ

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