正真正銘の
明けましておめでとうございます。新年一発目も平常運転です。
エルナが開始の合図を出したにもかかわらず、どちらもその場を動こうとしない。様子見――という訳でもなく。
「それじゃあ、最初は」
ユウシアの一言に、シオンは頷く。
「えぇ。見ている方々は、少々残念かもしれませんが」
そう返した直後。シオンの姿が消える。それは、ユウシアも同様。
『……お? おぉっ? あれ、二人はどこに!?』
戸惑うエルナ。なんてことはない、気配が薄すぎて見えないだけだ。
キンッ!
観客達のざわめきは、どこからか響いた金属音によって静まり返る。
タッ、キンッ、ガッ!
足音だろう、やけに小さな音に、再びの金属音、そして鈍い音。
誰もいない、そうとしか思えない闘技場から、音だけが聞こえる。それだけ聞けば完全にホラーである。
『こ、これは……まさか、見えないけど戦っているんでしょうか……? 実況のしようがありません!』
不満げな観客達を尻目に、周りからは見えない攻防を続けるユウシアとシオン。
(……さすが、五年の学年主席、しかも議会の副会長なだけはある、か……)
(一年生の段階で、これほどの……彼は一体……)
互いに一歩も譲らないその中で、二人は似たようなことを考える。
「……埒が明きませんね」
ユウシアは気配を絶つのをやめ、シオンにそう声をかける。互いに相手の場所を分かっているのであれば、気配を絶つ必要がない。
「そうですね、少し趣向を変えてみましょうか。『繋ぐは風、風の精霊。汝、我が槍と成りて、敵を穿て』〔エアロ・ランス〕」
放たれたのは、速度と貫通力に優れた〔ランス〕の魔法。しかも、風という感知しづらい属性だ。
しかしユウシアはそれを、マントで軽く体を覆うことで防御してしまう。
「俺に魔法は効きませんよ」
ユウシアのマントは「魔力反射」という効果を持っている。本来なら自分の魔力も反射してしまう欠陥品なのだが、体から魔力を放出して放つ魔力はユウシアはそもそも使えないし、魔導具である彼の武器は手に持ったまま使用する。投げナイフにしたって、実際のところは手元でどういう動きをするか設定した上で投げているので、マントの影響は受けないのだ。
「……ブラフでは、ないようですね。魔法にも多少の自信はあったのですが……効かないというのなら仕方ない」
シオンは一瞬だけ驚いたようにした後、諦めたのかそんなことを言う。
「では、先程のように接近戦のみで行きましょうか」
大太刀を下段に構え、誘うようにユウシアを見るシオン。
「……いいですよ」
誘いに乗るべきか乗らないべきか、少し考えるように間を開けたユウシアは、乗ることに決める。
一瞬の溜めを作り、その直後一気に駆け出すユウシア。
迎撃しようとシオンが大太刀を動かした瞬間、ユウシアの姿が消える。
「ッ!?」
目を丸くしたシオンは、すぐさま振り返り、それと同時に大太刀を振るう。
「残念」
そう呟いたユウシアは、大太刀の通り道の下に屈んでいた。
「くっ……!」
シオンが慌てて下がろうとする。しかし、
「遅い」
ユウシアは飛び上がるようにしながら短剣で斬りつける。
「『繋ぐは風、風の精霊。汝、今ここにて力を開放せよ』〔エアロ・ボム〕! ――うっ!」
シオンは早口で魔法を詠唱し、風の爆発で自分の体を後ろに吹き飛ばす。全方位へと拡散した風がユウシアの方にも飛んでいくが、自ら風に身を任せたシオンとは違い、彼女が魔法を使うのを見た瞬間しっかりと踏ん張っていた彼は吹き飛ばされない。
魔力反射を持つユウシアのマントだが、〔エアロ・ボム〕はあくまで空気の爆発を引き起こす魔法なので、マントの効果では無力化出来ない。先程の〔エアロ・ランス〕は空気を槍の形に留めるのに魔力を使っていたのでマントに触れた途端霧散したが、〔エアロ・ボム〕は爆発を引き起こす以外には魔力を使用していないのだ。
余談だが、これが〔フレイム・ボム〕などであれば、魔力で作られた炎であるために無力化出来ただろう。水や氷などでも同様。ノルトとの決闘のとき吹き飛ばされたのは、あくまで爆発により生まれた衝撃によるものなのだ。
しかし、アヤの得意とする〔ブレイド・ダンス〕、中でも〔アイス・ブレイド・ダンス〕は無力化出来ない可能性が高い。というのも、魔法により生み出されてからある程度時間が経ったものは、魔力が失われ通常と何ら変わりないものになるのだ。水や、アヤはあまり使わないが炎、風などは、〔エアロ・ランス〕と同様成形に魔力を使用しているため無力化出来る可能性がある。濡れるのや燃えるのを我慢出来ればだが。
閑話休題。
魔法により無理矢理距離を離して体勢を立て直したシオンは、憎々しげに口を開く。
「……油断しましたね。なるほど、気配の遮断にはこういった使い方もある、と……。勉強になります」
「……少し、厄介なことを教えてしまったかもしれませんね」
苦笑気味に呟いたユウシアは、感知系のスキルを全力で発動する。
彼は、シオンの暗殺者としての能力を高く評価していた。隠行系の最上位スキルである【隠密】を持っている可能性もある、と。それ故のこの処置だ。
「そんなことはありません。私も、知ったばかりの技術を使いこなせるとは思っていませんから。……なので、戦いの中で練習させて頂きます!」
続いての構えは大上段。攻める意思の表れだ。
そうユウシアが思った通り、シオンは先程のユウシアのように突っ込んでくる。
シオンの姿が消え、ユウシアの【第六感】が後ろに気配を感知する。
ユウシアは振り返りざまに短剣を振り――
「ッ、いない!?」
「こちらです」
声のする方向は、
「――上か!」
ユウシアが顔を上げると、シオンは彼の頭上で大太刀を振り下ろしていた。
(【集中強化ッ!】)
強化の全てを脚に回し、ユウシアは全力でその場を飛び退る。
「……行けると思ったのですが、外しましたか……それにしても、なんという脚力。この一瞬で、闘技場の端まで……」
「少し、慌て過ぎた感がありますけどね。正直、ここまで飛ぶつもりも……というか、使いこなせないなんて絶対嘘でしょう。俺より使い方上手かったですよ。まさか、わざと背後で一瞬だけ気配を表すなんて……」
「全く同じ使い方をするというのも芸がない。工夫というものは必要なものです。それに、ユウシアさんの逆をしたに過ぎませんからね」
「……確かに、一瞬気配を絶つことの反対は一瞬気配を表す、か……その考えに行き着かなかった自分を責めたい気持ちが少しだけありますけど……勉強になります、と言っておきますよ、俺も」
「お互い様です」
そう言って二人は小さく笑い合う。
「……さて、そろそろ」
「そうですね。決着をつけましょうか、先輩」
そう返したユウシアは、得物を持つ右手を隠すように立ち、少しだけ腰を落とす。
対するシオンは、大太刀を片手で持ち、半身に立つ。左手は後ろへ。
「……朝霧二刀流奥義――『必倒修羅』」
シオンの呟きを、ユウシアの強化された耳が捉える。
(修羅を必ず倒す……いや、必ず倒すために修羅に、ってところか。これは……俺も、本気で)
ユウシアは初めて、【第六感】、【五感強化】、【集中強化】の全てを同時に、かつ全力で施し、【完全予測】を発動。普段は意識的に制限している【武神】に身を委ねる。
本気。嘘偽りない、正真正銘の全力だ。
「――っふぅー……」
目を閉じて一度深呼吸をし、目を開く。
「参る!」
「行きます!」
そう叫んだのは、二人同時。
牽制にユウシアが投げたナイフを、シオンは簡単に払いのける。しかしユウシアはその隙に懐へ。
「ハッ!」
それに気が付いていたシオンは、大太刀でナイフを払った動作そのままに、不利な間合いながらも的確にユウシアを斬りつける。
(さっすが……!)
その技術に舌を巻く思いのユウシア。それを回避すると、その先にシオンが鞘を振っている。
「だから二刀流っ……!」
思わず声に出したユウシアに、鞘が直撃する……が、その直後姿が消える。
「なっ!?」
驚愕に声を上げるシオン。【偽装】により生み出された幻影だ。
そして本命は、やはりシオンの懐に。
「舐めるなッ!」
ユウシアの気配に気が付いたシオンはそう叫んで大太刀の柄で下にいるユウシアを殴りつける。
「こっ……のタイミングで!?」
反撃出来るのか、とこちらも驚きの声を上げるユウシアは、【完全予測】で予測しても尚ギリギリのタイミングで飛んでくる柄を、なんとか短剣で受け止める。しかし軌道を逸らすのが精一杯で、その上短剣が弾き飛ばされ、柄はユウシアの左肩に当たる。
「くっそ!」
そう吐き捨てるように言うユウシア。飛んでくる鞘を躱し、ほんの少しだけ生まれた隙を使って新たな武器を。
「〔殲滅ノ大剣〕!」
ユウシアの手に大剣が生まれる。左肩をやられ、右手しか使えない。しかし彼の強化された膂力は大剣を持ち上げることを可能とし、スキルによる武器の扱いは片手でも大剣を操ることを可能とする。
「負けて――たまるかぁぁぁああッ!!」
「うおぉぉおおッ!!」
二人が雄叫びを上げ、大剣と、揃えられた刀と鞘がぶつかる。
それは一瞬の拮抗を見せ、そして――
「――っ、が、あっ……」
二つの破片が、宙を舞う。
「くっ……」
膝をついたのはユウシア。しかし――
「……この間の発言、謝罪、し、ます……」
そう呟き、シオンはその場に倒れる。彼女の手元には、半ばから断ち切られた大太刀と鞘が転がっていた。
「……あー、強。きっつい……」
ユウシアもまた、息を切らしながら倒れ込んだ。
『――勝者、ユウシアッ!』
ユウシアは、その言葉に答えるようにゆっくりと拳を突き上げる。
会場を、歓声が包んだ。
なんか、めっちゃ長くなりました。決勝戦、これより内容濃くしないといけないの……? いやいや、無理。絶対無理。
という訳で、もし決勝戦が妙にあっさりしてても許してくだしあ。




