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一か八か

 ――正直、勝てるとは思っていない。

 ――だが、勝てないなりに、全力で戦いたい。

 アヤは、試合開始前からずっとそう思っていた。

 だから軽く煽るような発言をしたし、今まで密かに練習していた詠唱省略の技術も披露した。

 だが。

「くっ……!」

 アヤは追い詰められていた。

 アランの魔導具アーティファクトの剣は六本。それに対しアヤは、弛まぬ努力の成果か、リリアナと戦ったときからさらに成長し、水剣と氷剣をそれぞれ二十五本ずつ出せるようになっていた。

 計五十本。アランのおよそ八倍。

 にもかかわらず、アヤの攻撃はアランには届かず、その逆はもう何度もある。

 剣の強度の問題も、あるにはあるだろう。アヤの剣は所詮水や氷だ。アランの金属の剣と正面からぶつかれば、当然破壊されてしまう。

 しかし、それ以外にも二人には、大きな、そして様々な差があった。

 アヤは、余裕を持つつもりで二十本を防御用に残し、他の三十本で攻撃していた。

 それに対しアランは、六本の剣全てを攻撃に回し、自分を狙う三十もの剣を全て回避してしまう。

 アランの剣はアヤの防御の隙間を的確に狙い、彼女の体にその刃を届かせる。

 もちろん、アヤだってそれらを回避しようとしない訳ではない。【芸達者】の効果で身体能力は人並み以上なのだ。普通であれば、十分に回避は可能だっただろう。――そう、()()()()()()

 避けても避けても、アランの剣は執拗にアヤを狙う。全方位からの、それもとてつもない速度で襲い掛かってくる剣は、アヤの意識の間隙に確実に傷を与えてくる。

(このままじゃ、一撃も与えられずに……! あぁもう、奥の手使うしかないのかなぁ!)

 アヤは自棄気味にそう考える。

 奥の手。数ヶ月前、自身の偽者と戦ったときに使った自傷行為のことだ。確かにあれをやれば、アランに傷を負わせることは出来るかもしれない。だが、大きな怪我を追ってしまう自分の動きは確実に鈍る。そうなれば、敗北までの時間も短くなるだろう。

(……ううん、迷ってる場合じゃない。このままならどうせ負けだし、いざとなれば魔法でいくらでも治せるんだ。一か八か!)

 やることは、あのときと同じ。

「『光精よ、照らせ』〔ライト〕!」

 前よりも圧倒的に短い詠唱。そして、前よりも圧倒的に強い光。

 さしものアランも、視界を奪われることは避けられない。

「うっ、く……」

 思わず目を覆ったアランの耳に、小さな呻き声が届く。そして、若いながらも豊富な戦闘経験から研ぎ澄まされた感覚は、アヤの剣が目くらましに乗じて向かってくるのを察知していた。

「っ、これはっ!」

 しかし、これまでのものとは全く違う。速度はもちろんのこと、剣がアランの感覚に伝えてくる死というものへのイメージが、より鮮明になる。

 自分の感覚を信じて剣を躱すアラン。これまでは余裕を持って出来ていたそれは、今度はギリギリ、紙一重だった。

 剣を回避しきった直後、〔ライト〕の効果が切れ、視界が戻る。

 アランの目に入ったアヤは、苦しそうな顔で腹に手を当て、何かの魔法を使っているように見えた。手を当てている部分が赤く染まっている。そして、周囲に浮かぶアヤの剣もまた、その色を赤に近いものに変えていた。

「これは……君は、自分の血を……」

「……奥の手、です。認識を、変えるのは、得意、なので……」

 息も絶え絶え、といった様子で答えるアヤ。手を当てていたのは、治癒魔法で傷を癒やすためだというのは、アランもすぐに理解した。治癒魔法では失った血は戻らない。その事実と共に。

「……諸刃の剣、だね」

「その通りです……だから、話してる暇はないっ!」

 アヤは、ほとんどの剣を攻撃に回す。残した剣はたったの六本。自分の剣一本で、アランの剣一本を相手にしようとしているのだ。

「『炎精よ、槍と成り穿て』〔フレイム・ランス〕!」

 それだけではない。アヤは防御用の剣にはほとんど意識を向けず、攻撃に回した剣の援護に入る。

 アランはアヤの魔法を難なく躱すが、それでも先程までより余裕がなくなっているのは目に見えて分かる。

「『雷精よ、砲と成り消し飛ばせ、灰燼と化せ』〔サンダー・カノン〕!」

 当てることに重点を置きつつも、その威力も馬鹿にならない、速度重視の雷属性砲撃魔法。

「チッ、戻れ!」

 それを上回る速度で戻ってきた一本の剣が、ギリギリのところで砲撃を逸らす。

「まだまだ! ごめんリリアナ、ちょっと借りるよっ!『繋ぐは炎雷。精霊よ、我が盟友、炎雷姫の名のもとに集い混ざりて一つと成れ。我が前に立ち塞がりし一切の障害を打ち払え。在りし物全てを無に帰せ』」

 それは、リリアナが使った、オリジナルだという魔法。

 その詠唱を聞いたリリアナは、出来る訳がないと否定するでもなく、ただ一言呟く。

「……妬けるわね」

「〔ヴォルカニック・テンペスト〕ッ!!」

 灼熱の溶岩と大嵐が、アランを襲う。

「くっ……舐めるなぁッ! 魔法を使えるのは、僕も同じだ!『繋ぐは地、地の精霊。汝、我が盾と成りて、敵を防げ』〔アース・ウォール〕!」

 アランを覆うように地面が隆起し、低級のはずの魔法はリリアナのオリジナル魔法を防御しきってみせる。

 脅威が去ったことを感じ取り、魔法を解除するアラン。そして、

「――ッ!?」

 目の前にまで迫っていたアヤ。彼女は近くにあった氷剣を手に取ると、それでアランに斬りつける。

「くっ、〔サンダー・クロス〕か……まさか、あれ程の魔法すら囮に使うとは」

 そう、驚いたように、そして少し感心したように言うアランは、アヤの攻撃をギリギリで回避していた。

「……それも、通じませんでしたけど……っ」

 失われた血は大きい。無理な動きを続けた結果、アヤの体は限界を迎えようとしていた。

「……まだ、終われない……!『霊力エーテルよ。我が声に応えよ。我が元へ集え。我が魔力を糧に、全てを破壊する力と成れ』」

「その魔法はっ……!」

 アランも、アヤのオリジナル魔法を知っていた。試合を見ていた訳ではなかった。だが、霊力を直接操る魔法の噂は耳に入っていたのだ。

「そうか、使い手は君か!」

「〔エーテル・マギ〕!!」

 アヤが魔法を発動する直前、アランは全力で闘技場の端まで移動する。とりあえずは、最初の霊力吸収さえ逃れられればいい。

 一度は巨大化した黒い玉が、元のサイズに戻った、その瞬間。

「護れ!!」

 アランが叫ぶ。

 彼の剣は彼の前に刃を内側に向けるようにして円を作ると、その内側に魔力による防壁を張った。これもこの魔導具アーティファクトの機能だ。その強度は、先程の〔サンダー・カノン〕すらも簡単に防ぎきる程。ただ、防壁があまり大きく出来ないのが欠点か。

 アヤの魔法により、防壁の魔力が大きく乱される。

「耐えろッ……!」

 しかしアランは、防壁が破れる前に更に魔力を送り、防壁を修復する。

 それを何度繰り返しただろう。とにかく、アランの魔力が尽きかける程繰り返したとき、アヤの魔法が途切れた。

「うっ……」

 それと同時に、アヤは糸が切れたようにその場に倒れる。

「――はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 アランは、息を切らしながらも立ち上がり、手を突き上げる。

 大歓声が、会場を覆った。

 善戦どころか学校トップを追い詰めたアヤさんでした。残念ながら負けちゃったけど、仕方ない。かな?

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