同業
「ゼルトが負けた?」
山から戻ってきたユウシアは、フィルからそのことを聞いて少し驚く。リルは、念の為、ということで医務室に戻っている。
もちろん、彼がもっと勝ち残ると思っていた訳ではない。強いのも確かだが、常識外れな強さという訳でもない。彼が驚いたのは、
「あぁ。手も足も出ていなかった」
そうフィルが言っていたから。
「相手は?」
「五年生の、シオン・アサギリ先輩。学年首席であり、議会の副会長も務めている。……悔しいが、騎士である私ですら彼女には勝てないと思う」
「そこまで……」
と呟きつつも、ユウシアの思考は別の方向へ。
(日本人みたいな名前だな……)
浅霧詩音。漢字は別としても、普通にいそうではある。
まぁ、別に関係のないことなので、その思考はとりあえず放棄。
ともあれ、そこまで強いとなれば、次々回の試合の相手はその先輩に決まったと思っていいだろう。次回勝利することは、ユウシアにとって決定事項である。ヴァイツとの試合を控えていたためあまり集中こそ出来なかったものの、その前に見た試合の勝者も大した強さではなかったように感じたし。もちろん、ユウシアから見て、ではあるが。
それよりも、見ることの出来なかったシオンの戦いについてフィルに聞こうとユウシアが口を開きかけた、その時。
「――現役の騎士様にそう言って頂けるとは、光栄です」
「!?」
ユウシアの後ろからかかる声。
(っ……いつの間に)
ユウシアは、驚きに目を丸くしながら振り返る。【第六感】や【五感強化】を使っていた訳では、特になかった。だが、気を抜いていた訳でもない。だというのに、気配を感じなかった。
「あなたは……」
フィルが、声の主を見て呟く。
長く艷やかな黒髪。ゆったりと広がった服。そして、腰に差された大太刀。
「初めまして、フィル殿下。……そして、ユウシアさん。シオン・アサギリと申します」
シオンは小さく頭を下げて名乗る。
「たまたまお二人の姿が見えたので、ご挨拶に参りました。特にユウシアさんは……どうやら、お相手することになりそうですし」
シオンもまた、ユウシアと同じ考え。どちらも、次の試合で負けることなど微塵も考えていない。
「……そうですね。楽しみにしています」
ユウシアは、短くそれだけ返す。相手に危害を加える気がないのは分かっている。だが、警戒が、緩められない。
「……そう警戒しないで下さい。気配を消してしまうのは、癖のようなものなのです」
「……はは、すみません。でも、こっちも癖みたいなものなんです」
「そうですか……それでは、仕方ありませんね。それを否定したら、自分の言葉を否定することになってしまいますし」
ユウシアの言葉に、苦笑しながら返すシオン。ところで、と、話を変えてくる。
「先程戦ったゼルトさん。強かったですよ」
「……彼女には、手も足も出ていなかった、と聞きましたけど。……それに、俺に言うことでもないでしょう」
「一年生にしては、の話です。……そして、あなたに言うことでもあります」
そう付け加えるシオンに、ユウシアは首を傾げる。
「あなたとゼルトさんの決闘、見させて頂きました。いい戦いだったと思います。……そう、いい戦いだった」
そこでシオンは、軽くため息を吐く。
「あの程度の相手に、ああも苦戦するなど……同業者として、情けない」
「同、業……?」
「はい」
ニコリ、と笑ったシオンの姿が、掻き消える。
「私の家は、暗殺稼業を営んでいます」
その声は、ユウシアの耳元から。
「どれだけ良い国だろうとも、闇は必ずあるものです。それが私達。……動きを見れば分かります。あなたも同じでしょう?」
「…………」
ユウシアは、自分の職業については、セリドの街で見られて以来誰にも見せていないし、口にしてもいない。彼の身の回りで知っている者は、アヤにリル、フィルの三人だけだったはずだ。
だが、今目の前のシオンには気付かれた。そしてそれは紛れもなく、彼女も本当に暗殺者であることを表わしていると思っていいだろう。暗殺者には、暗殺者にしか分からない特徴があるものだ。
「……そうだとしたら、なんなんです?」
「同業者として情けない、と言いました。あの程度の相手に察知されるなど……」
呆れたように首を振るシオン。
「へぇ……それなら」
と、言葉を切ったユウシアの雰囲気が変わる。
「シオン先輩。あなたとの戦いには、俺の持ち得る全てを以て臨みましょう。それが望みなんでしょう?」
「ユウシア、さん、あなた……っ」
「ただ、どうなっても知りませんよ? ……俺は」
そう、くすりと笑いながら囁いたユウシアは、呆然とするシオンの横を通り過ぎてその場から去っていく。キョトンとした表情ながらも彼に付いて行くフィル。二人がいなくなってからシオンは、その場に膝を付いた。
「……嘘、何故……私が、優位に立っていたはずなのに……彼は一体、どれだけの修羅場を……っ」
誰もいないその場所で、シオンは自分を強く抱きしめていた。
シオンさんを逆にビビらせていくスタイル。