誰よりも、何よりも
「あの状況ならば致し方ないことなのかもしれんが、真剣勝負に水を差すというのは、あまり感心せんな」
四年近接二位、サイラス・フォルモンドは、自分の前に立つユウシアに向けてそう声をかける。
リルを助けたときのことだ、と、サイラスの言わんとすることを理解はしたユウシアだが、彼は小さく俯いたまま一言も発さない。
「……先輩の言葉を無視するというのも、感心出来ん」
少し機嫌を損ねたように言うサイラス。そんな彼に、ユウシアはやっと、とても小さな声を出す。
「……すみません」
その謝罪の言葉に、満足そうに頷いたサイラスだったが、続く言葉に先程の言葉が謝罪ではないことを理解する。
「今、そんな気分じゃないので……早くしてもらっていいですか」
それは、サイラスだけでなく、開始の合図を出すエルナにも向けた言葉。
「……女を助け、女のために心を砕く。男としては立派だが……戦いの場にそんなものを持ち込むな」
「…………」
ユウシアは何も言わず、ただエルナに視線を送る。「早くしろ」と、そう強く訴える視線を。
『は、はいっ! えー、こほん』
その意図を察したエルナは、一つ咳払いをして開始の合図を出す。
『それでは! 第十二試合、開始ッ!』
「フン! 貴様に、戦いというものを教えてや――ッ!?」
合図に被せるように声を上げたサイラスが、背負っていた両手斧を構える。――しかし、彼の視界の中に、ユウシアの姿はなかった。
「どこに――」
そう言いながら、ユウシアを探すため辺りを見回そうとしたサイラスの首に、冷たい感触が。
「っ」
「……今度、もし機会があれば。そのときは、ちゃんと戦いましょう」
その声を最後に、サイラスの意識は闇に落ちた。
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医務室――いや、医務棟、とでも言うべきか。そこに運ばれたリルだったが、彼女に割り当てられた部屋は、何の偶然かリリアナの隣であった。ちなみに、もう一つ隣にはアヤの部屋がある。とはいえ、彼女は今日限りでここを出る予定だが。
ともかく、つい先程も訪れたすぐ近くの部屋に、ユウシアは静かに、しかし全速力で駆け込んだ。
「リルッ!」
「ユウシア様……試合は、もう?」
少し息を切らせた様子のユウシアに、ベッドに寝転んで彼が来るまで目を閉じていたリルは、ゆっくりとその目を開いて少し驚いたように問いかける。
それにユウシアは頷いて、
「先輩には悪いけど……すぐに終わらせてもらった」
「そう、ですか……申し訳ございません、私のせいで……」
「リルは悪くないよ。俺が勝手にやったことなんだし」
「ですが……」
「ですが、じゃない。俺の試合だけじゃない。今日のことは、全部俺のせい。……もっと早く着いていれば……っ」
ユウシアは、先程のリルの姿を思い出して歯噛みする。自分がもっと早く着いてさえいれば、あんな姿を人目に晒させたりは絶対にしなかったのに、と。
しかしリルは、その出来事に別の受け取り方をしていた。
「そんな……それなら私こそ、家族でもない方に肌を見せるなど、女として、妻としてしてはならないことを……!」
そう、本当に申し訳なさそうに、声を振り絞るように言うリルを、ユウシアは思わず抱きしめる。
「リルは、何も、何も悪くない! 悪いのは、そんな姿をさせたヴァイツで、それを止められなかった俺なんだ……!」
「そんなっ……! ……いえ、どうやら、頑固なのはお互い様のようですわね」
言い返そうとしたリルだが、途中で表情を苦笑に変える。
「そう、だな……この話なら、いつまででも続けられそうだ」
それにつられ、ユウシアも小さく笑顔を漏らす。しかしすぐにその顔を引き締める。その理由は、先程からユウシアを抱き返していたリルの手に篭もる力が強くなったから。
「ユウシア様……私、怖かったです、とても……あのまま、誰も来てくれないのかと、思ってっ……!」
「……うん。ごめん、遅くなって」
ユウシアは、力いっぱいリルを抱きしめる。
「……でも、ユウシア様は、ちゃんと助けに来て下さいました。約束通り、試合に割り込んででも……」
「そう言ったから。リルのためなら俺は、なんだってするし、なんだって出来る」
「ふふっ……愛が重い、ですね」
「どこかで聞いたような言葉だな……」
「今となっては、少し懐かしい言葉ですわ。でも……多分、愛する人からそんな愛情を向けられて、嫌な女はいません。それは私も一緒」
「よかった、って言うべきなのかな」
「はい。……ユウシア様、愛しています」
「……俺もだよ、リル。愛してる。誰よりも、何よりも」
二人しかいない静かな部屋。夕日に包まれるそこで、彼らのシルエットはゆっくりと重なった。
ロマンチックな感じを演出してみたかった。
という一言で色々と台無しな気がしないでもないけど、多分気にしたら負け。