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絶望

「ユウシア様……いないようですね」

 残念ですわ、と、周りを見渡したリルは一人引きを吐く。

 第十一試合、アヤとヴァイツの対戦が、もうまもなく始まろうとしていた。

 リルと同様、対戦相手であるヴァイツも既に闘技場内にスタンバイしている。

「意外だなぁ」

 ヴァイツはリルを見ながら、そう声を漏らす。

「お姫サマはてっきり逃げると思ってたんだが……ほら、今なら見逃してやるぜ?」

 この学校では、身分による差別も区別もしないとなっているし、生徒の中にもその考えを共有する者は多い。例え王女にこんな態度を取ろうとも、不敬罪などと言われることはもちろん、咎められるることもないはないのだが、普通、普段から目上の貴族などに対しても気楽に接している者でも、敬意を払い接するのは当然のこと。だからこのヴァイツの態度は、いけない訳ではないにしろ、おかしいのは間違いなかった。

 しかしリルは、そんなことは気にせずに言葉を返す。

「逃げるのは、あまり好きではありませんの」

「勝てるとでも?」

「やってみなければ分かりませんわ」

「ふぅん……」

 ヴァイツはリルの言葉に面白そうに笑う。

「いいねぇそういうの。嫌いじゃないぜ?」

 その言葉と同時に、試合開始を宣言するため、エルナが口を開く。

『それでは皆様、お待たせいたしました!』

「――教えてやるよ」

『第十一試合――』

 ヴァイツは、手に持ったシンプルな直剣の切っ先をリルに向け、叫ぶ。

「絶望を知らねぇお姫サマに、希望ってやつがどれだけアテにならねぇかをなぁ!!」

『――開始ッ!』

 その直後、リルが詠唱のため口を開く。しかし、

「『繋ぐは――きゃっ!?」

 一瞬にして距離を詰めたヴァイツに、思い切り蹴り飛ばされる。

「させねぇよ。お前には何もさせてやらねぇ。逃げなかったことを後悔するんだな。ククッ」

「くっ……『繋ぐは水――ぐふっ!!」

 今度は、またしても接近したヴァイツに、腹を思い切り殴られる。思わずその場に蹲るリル。

「ほら、どうしたお姫サマ? 立てよ、オラ!」

 そんなリルを何度も蹴りつけるヴァイツ。リルは身を守りながらなんとか立ち上がる。

「イイねイイねぇ、まだ折れない! クヒヒッ、ほら、今ならがら空きだぜ!?」

 挑発するように手を広げるヴァイツ。そんな彼にリルは渾身のパンチを繰り出すが、そんなこと今までしたこともない彼女のパンチは見るも無様なもので、威力も弱々しい。当然、ヴァイツには簡単に受け止められてしまう。

「ダメだねぇ、これだから温室育ちのお嬢サマは。ほら、パンチってのは! 腰を入れて、こうするんだよ!!」

「うぐっ!」

 間近にいるリル、その顔を狙うヴァイツ。リルとは比べ物にならない速度で放たれたその拳は、顔面を的確に捉え、数メートルも吹き飛ばす。

「うっ……」

「なんだぁお姫サマ、もう終わりか!? ほら、丁度魔法の間合いだぜ!?」

 ヴァイツの見え見えな挑発。しかし言っていることは間違っていないので、リルはヨロヨロと立ち上がると、詠唱を開始する。

「『繋ぐは水、水の精霊……汝、その激流にて、全てを喰らい、飲み込み、我が敵を排除せよ……』〔アクア・サーペ――きゃあっ!!」

 もう少しで発動、というところで、ヴァイツによって中断される。

「あーあー惜しい、もうちょっとだったのになぁ! ハハハハハッ!!」

 ヴァイツは、足を払われて倒れたリルの髪を掴み、無造作に引っ張り上げる。

「い、やっ……」

「お? なんだぁ、聞こえねぇなぁ。ほら、もう終わりか? それとも降参でもするか?」

 リルは自分の髪を掴むヴァイツの左手首を押さえてもがくが、一向に外れる気配がないことを悟ると、今度は目の前にあるヴァイツの顔めがけて攻撃する。

「おっと、危ねぇ危ねぇ」

 ヴァイツはそう言いながら躱すが、その言葉とは裏腹に、回避には余裕があるものだった。

「っ……こうさ――もがっ!?」

 こうなってはどうしようもない、と諦めたリルは、降参を宣言しようとするが、そのために開いた口に、剣の柄頭を押し込まれる。

「言わせねぇよバーカ。堂々とお姫サマを甚振れるなんて機会、逃す訳ねぇだろ?」

 ヴァイツの口が三日月のように裂ける。彼はすぐにリルの口から剣を抜いたが、リルがもう一度降参の言葉を発することはなかった。

「さて、どうしてくれようか? 普通に甚振るのもつまんねぇしなぁ。……そうだ、いっそひん剥いてみようか? あぁ、そうしよう。きっとギャラリーも喜ぶぜぇ?」

「ひっ……」

 リルの口から、小さく悲鳴が漏れる。ヴァイツはそんな反応にも面白そうに笑いながら、リルの服に手をかける。

「いや……いや、やめて……」

 リルはイヤイヤと首を振るが、ヴァイツが止まることはない。

「やだ……助けて、誰か……」

「ククッ、助けなんて来ねぇよ。まだ試合中だもんなぁ?」

 ヴァイツは笑いながらそう言うと、リルの服を無造作に引きちぎる。そうして現れるのは、清楚な下着。

「おぉ、お姫サマらしいねぇ。ほら、見てみろよ。男共も、騒げないながらに凝視してるぜ?」

 周りを見回して言うヴァイツに、リルは初めて周囲の目を意識してしまう。リルの心の中に、とてつもない羞恥心と、ユウシア以外にこんな姿を見せてしまったという罪悪感が募る。

「いやっ……もういやぁ……!」

 リルの瞳に涙が浮かぶ。ヴァイツは更に笑みを深くする。

「助けてっ……助けて、ユウシア様……!」

「……あ? ユウシア? 誰だ、そりゃ――っ!」

 リルの言葉に、ヴァイツが首を傾げた直後。彼を、とても冷たく、そして重い威圧が襲う。ヴァイツはそれに、思わずリルから手を離してその場を飛び退る。直前まで彼がいた場所に深々と突き刺さる数本の黒いナイフ。

「っ、どこからっ!?」

 攻撃の、そして威圧の元を探ろうと見回すヴァイツだが、それらしき人影は見つからない。しかしそんな彼の耳に、聞き覚えのない声が飛び込んでくる。

「……ごめん、待たせて」

「!?」

 慌ててその声の方に顔を向けるヴァイツ。そこには、やはり見覚えのない、水色の髪をした少年が。そしてその腕の中には、リルを抱えているのが見て取れた。

「おい、テメェ……試合中だぞ? 邪魔してんじゃ――」

「黙れ」

「っ……」

 逆らってはいけない。本能が、そう警鐘を鳴らす。俯いた前髪の間から一瞬見えた瞳は、それだけでヴァイツに絶望を感じさせた。

「ユウシア様……申し訳ありません、あなた以外にこんな姿を……」

「…………」

 ユウシアは、無言でリルを抱きしめる。

「……本当に、ごめん。怖かったでしょ……もっと早く来てれば……」

「いえ、ユウシア様、わたくしは大丈夫です……必ず来てくれると、信じておりました」

「でも、泣いてる」

「それは……」

「大事な恋人を泣かせて、こんな姿を晒させて……自分を思い切り殴りたいところだけど、それは後だよな」

 ユウシアはそう小さく呟くと、自分の着ていたマントをリルに羽織らせ、ちょっと待ってて、と告げる。

「……なぁ、センパイ」

 そしてユウシアが声をかけるのは、今までユウシアの威圧に動くことの出来なかったヴァイツ。彼は自分が話しかけられていることに気付くと、内心の恐怖を見ないふりして、短く言葉を返す。

「……なんだ?」

 そう聞いた次の瞬間、彼の視界は空を向いていた。

「――は?」

 何が起きたのか、全く理解も認識も出来なかった。分かったのは、視界の変化と背中に感じた強い衝撃から、転ばされたのだろうというただそれだけ。

「……お前さ」

 その言葉と同時に首筋に感じる冷たい感触。

「死ぬか? おい」

 ヴァイツは初めてユウシアの顔が近くに見えることを認識し、そして、死を幻視した。心臓を刺される。首を落とされる。あるいは嬲り殺される。その他にも、ありとあらゆるパターンが、脳裏に浮かぶ。

「あ、あぁ……」

 ヴァイツの口からか細い声が漏れる。そんな彼の耳元に口を近付けたユウシアは、小さく呟く。

「お前の二回戦の相手は俺になる。逃げることは許さない。そんなことをすればお前に明日は訪れないと思え。そして……例え逃げずとも、俺はお前にこれまでの全てを後悔させてやる。死ぬか、死にたいと思うような目に合うか……その日まで、ゆっくり考えておくといい」

「は、い……っ」

 思わず敬語になってしまった返事。ユウシアは一度だけ頷くと、ヴァイツの首に当てていた短剣を離し、代わりに手をかける。

「うっ」

 ヴァイツから一瞬だけ苦鳴が漏れ、その直後彼は意識を失った。

「……っ」

 ユウシアは倒れるヴァイツを今すぐにでもどうにかしてやりたい衝動を抑えながらリルのもとへ行くと、彼女を優しく抱き上げる。

「……すみません。この試合は、彼の勝利です」

 実況兼一応審判でもあるエルナに向けたその言葉は、小さいながらもよく通った。

『は、はいっ! え、えぇと、少々イレギュラーもありましたが、第十一試合はヴァイツ君の勝利です!』

 その宣言に、普段なら起こるはずの歓声は、誰からも起きなかった。

 やったれユウシア。あ、ユウシアとヴァイツが戦うまでにはもうニ、三話だけかかると思います。それ以上延びたらごめんなさい。それよりも短かったらやったね。

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