お見舞い
「んっ……」
闘技場に隣接して建てられた医務室……というよりも、病院に近い規模を持つその建物の一室で、リリアナは目を覚ます。
「ここ……」
重たい体を持ち上げ、リリアナは周りを確認し、ここが医務室であることを確認する。登校初日、校内を案内されたときに、お世話になることもあるかもしれませんね、なんて言うヴェルムに連れて来られていたので、それは一目で分かった。
リリアナは、なんでここにいるんだろう、と一瞬考えて、気を失う直前のことを思い出す。
「そっか……あたし、負けちゃったのか……っ」
自然と溢れだす涙。一人用のためあまり広くはない室内に、すすり泣く声だけが聞こえる。
裏を返せばそれ以外には何も聞こえない、静かなその中に、扉の開く音が控えめに響く。
リリアナが顔を上げると、そこには何やら籠らしき物を持ったユウシアと、その後ろにはどこかしょんぼりした様子のアヤの姿が。
「あれ、リリアナ、目覚めたんだ」
ユウシアは上体を起こしているリリアナの姿を認めると、小さく笑ってそう声をかける。
「あ、うん……」
涙の滲んだ瞳を擦りながらリリアナが答えると、彼女が座るベッドの隣に椅子を出し、そこに腰掛けたユウシアは、本当に安心した様子で口を開く。
「よかった。あれから丸二日近く寝てたんだよ?」
「え、本当に?」
正直、普段とは正反対のアヤが気になって仕方なかったリリアナだが、さすがにそれには驚きを隠せなかった。目を丸くするリリアナにユウシアは頷く。
「本当。リリアナ達の試合の後一日開けて、また試合再開してる」
「そんなに……って、一日開けたの? なんで?」
「え? 最後のアヤの魔法で闘技場が使い物にならなくなったから」
「……え?」
なんでもないように告げるユウシアに、リリアナが固まる。そして、ユウシアの後ろで静かにしていたアヤはビクッと。
「闘技場が、使い物にならなく……? 最後……あ」
リリアナも思い出した。あの魔法がどんな効果を齎したかを。
「……そうね、地面とかガリガリ削っていたわね……ねぇアヤ、ちょっといらっしゃい?」
「はひぃ……」
にこやかに手招きするリリアナに、アヤはブルブルと震えながら近付いて行く。
「そこに正座」
素直に従うアヤ。
リリアナはそんな彼女を思い切り怒ってやろうとして――ユウシアに止められる。
「まぁまぁ。リリアナだってまだ万全な訳じゃないんだし……もう俺が絞っておいたから。こってりと」
「え?」
リリアナはユウシアの言葉に顔を上げ、アヤは顔面を蒼白にして更に震え始める。
(一体何があったのよ……)
ニコニコと笑うユウシアに、リリアナは何故か恐怖を覚えた。
「……そういえば」
と、リリアナは何かに気が付いたように口を開く。
「リル様とフィル様は?」
「試合だよ。フィルはもう終わってると思うけど」
「……ユウシア、行かなくていいの? リル様なんて特に……」
「リルの試合が始まる前には行くつもりではいるんだけど……そろそろ行ったほうがいいかもな。下手したら始まっちゃってるかもしれない。アヤの説教に時間取りすぎたかな……」
「うわぁ……」
何をやってるんだ、というニュアンスを込めて呟くリリアナ。アヤは隅で膝を抱えてしまっている。思い出したくもない、ということだろうか。
「……あたしはまだ動けないみたいだし……アヤもアヤで動けなさそうだから、ユウシアは行ってきていいわよ。こっちはもう一眠りでもするわ」
「そっか……じゃあ行ってくる」
「えぇ。その後の試合も頑張ってね」
ユウシアはリリアナにひらひらと手を振って部屋を出た。
「ふあぁ……あら、これ……食べていいのかしら」
リリアナは、ユウシアが置いていった籠の中に入っている果物を見て、そうひとりごちるのだった。
++++++++++
「うわっ……結構時間経っちゃってるな」
医務室を出たユウシアは、太陽の傾きを見て言う。
「やっぱり説教に時間取りすぎたみたいだな……」
実はアヤもまだ安静にしていなければならない状態で医務室にいたのを、ユウシアがリリアナの部屋に連れて行ったのだ。もちろん、こってり絞った後で。
「これじゃ始まっちゃってる……っていうか、俺もその後にあるし……」
なんて呟きながら、闘技場へと駆け出すユウシア。すぐ近くにあるそこは、不自然に静まり返っていた。
(……? 試合と試合の合間にしたって、もっと騒がしいはずだけど……)
ユウシアは走りながら首を傾げる。普通ならこんなことはあり得なかった。
だがユウシアも、いつもであれば、そんなこともあるだろう、と、大して気に留めなかっただろう。
しかし、今回ばかりは違った。
脳裏を過ぎるのは、リルの対戦相手であるヴァイツのこと。
予選で彼が試合に出ていたときも、闘技場内はこんな感じではなかったか。
「……!」
ユウシアは目を見開き、走る速度を一気に上げる。
観客席ではなく、出場者側の通路に駆け込んでいったユウシアが止められなかったのは、今は彼の前の試合――つまりリルとヴァイツの試合が行われている証だ。通常出場者は、自分の前の試合を行っている最中に準備をする。
そうして、ノンストップで入場口に到着したユウシアが目にしたのは。
「なっ……」
獰猛に笑うヴァイツと、彼に髪を掴まれ、無理やり持ち上げられているリルの姿だった。
ヒーローは遅れて現れるものなんです。多分。