エーテル・マギ
どこぞの馬鹿野郎←の手によって無慈悲にもトイレに流されてしまった、ゴキブリらしき虫。運命や如何に(関係ない)。
互いに、何度も魔法を撃った。
無数の炎の玉を飛ばす魔法。
細い水流で全てを切断する魔法。
蔦を操り相手を縛る魔法。
竜巻を起こして何もかもを吹き飛ばす魔法。
相手の頭上から雷を落とす魔法。
他にも多種多様な魔法を使ってきた。
しかし未だ、決着は付いていない。
『――凄い、凄い凄い凄い!! 超ハイレベルな魔法の連続! とても学生とは思えない!! 二人の魔力は無尽蔵か!?』
強力な魔法、というものは、それだけ大きな魔力を消費する。それを何回も使用したのだ。確かに、そう思うのも当然だろう。
でも、と、アヤはブレスレット型の魔導具を見ながら冷や汗を流す。
(もう魔力がほとんど残ってない……高位の魔法は、出来てあと一、二回かな)
初めメインで使っていた〔ブレイド・ダンス〕系の魔法はまだ残っている。多少リリアナに傷を付けて血を吸えているし、これを操作する分には魔力の消費はほとんどないので、まだ戦うことは出来るだろう。
アヤは、魔法を学び、自身の魔導具の魔力残量の確認のために魔力を感じる中で、魔力感知の技術も身につけていた。
それによれば、リリアナの魔力残量もほぼ同等。ならば魔法剣を展開しているアヤの方が有利――という訳でもなかった。
通常、人それぞれに、得意な属性、不得意な属性が存在するものだ。と言うよりは、適性、とでも言うのだろうか、全く使えない属性があることもある。そのため、先程の多様な魔法のうち、ほとんどは【魔導の極致】を持つアヤが使ったものなのだが、それは置いておこう。
リリアナは、その得手不得手が特に顕著なタイプだった。使えない属性が多かったが、その分、使える属性に関しては、他の追随を許さない程卓越した適性を持つ。
そんな彼女が特に得意だった属性が、よく使っていた火――そして。
「炎雷姫、なんて呼ばれることもあったわね」
リリアナは、体に雷を纏っていた。
「……接近戦も出来るなんて、聞いてないよ」
アヤは、苦笑いしながら呟く。
「当然でしょ? あたし、こんなところで使う気なかったんだから」
ユウシアとの決闘の際ノルトが使った、〔エンチャント〕という魔法がある。
リリアナが使用したのは、それを無理やり自分の体に使って雷を纏う、〔サンダー・クロス〕という魔法。攻撃力、速度共に飛躍的に上昇する上に、雷を纏っているおかげで迂闊に触れないというおまけ付きだ。
「それだけ、あなたは強いってこと」
「それはどーも。リリアナも強いけど、負けないからね」
リリアナの賞賛の言葉に、アヤはニヤリと笑いながら返す。
「何度も言ってるけど、こっちのセリフよ。……二人とも結構限界みたいだし、そろそろ決着を付けましょうか」
「そのつもりだよ」
リリアナはアヤの言葉に小さく笑って、自身が持ち得る最大の魔法の詠唱に入る。
「『繋ぐは炎雷。精霊よ、炎雷姫の名のもとに、集い混ざりて一つと成れ。我が前に立ち塞がりし一切の障害を打ち払え。在りし物全てを無に帰せ』」
発動は、まだしない。詠唱保持という高度な技術を難なくこなし、リリアナはアヤに話しかける。
「これは、完全にオリジナルの魔法。炎雷姫の名を授かったとき、頭の中に浮かんできたの。山一つを消し去ったこともあるこの魔法、あなたに防げる?」
アヤは再び笑う。とても楽しそうに。
「防ぐよ。ううん、返す。何せあたしは、魔導を極めし者――の、卵だからね」
「言うじゃない。……最後のは、少し説得力がないけど」
「いーの」
若干口を尖らせながら言うと、アヤも詠唱に入る。浮かんでいた剣も消し、完全にそちらに集中する。防御は考えないし、リリアナのことも気にしない。正面から撃ち合うために、絶対に邪魔はしてこないという信頼があるから。
「『――霊力よ』」
「っ!?」
その一言に、リリアナが目を見開く。
霊力。大気中に浮かぶ力。魔力と共に、魔法の素となる力だ。通常魔法というものは、魔力と霊力の二つを結びつけ、精霊を呼び出して属性を持たせて使うものだ。だから詠唱では最初に精霊に呼びかける。だが、
(霊力を直接操作するなんて……見たことも、聞いたこともない!)
ある程度熟練した魔法使いになると、見ることは出来ずとも、霊力の動きをなんとなく感じ取れるものだ。今この場にある霊力は、そのほとんどがアヤの周りに集まっていた。
「『我が声に応えよ。我が元へ集え。我が魔力を糧に、全てを破壊する力と成れ』……行くよ、リリアナ」
「っ……望むところよ!〔ヴォルカニック・テンペスト〕!!」
炎と雷。「炎雷姫」とまで呼ばれた天才が放った魔法は、全てを焼き尽くす溶岩、そして全てを呑み込む嵐となってアヤを襲う。
「凄い……けど、負けないっ!〔エーテル・マギ〕!」
霊力魔法という、とてもシンプルな名のそれは、しかしとても凶悪だった。
見た目は、ただの小さな黒い玉だった。しかしそれは、大気中に残る霊力と結合し、大きくなり、何かに触れると、それから魔力と霊力を奪い取って塵と変える。
魔法を使うためのエネルギーである魔力だが、それは生命エネルギーとしての役割の一部も担っている。そして、この世の全ての物質は魔力と霊力を蓄えており、それらを一気に失うと存在を保てなくなる――神々やそれに近い存在のみが知る世界の理であった。
黒い玉は、好き放題に魔力と霊力を食らうと、大きさを元のソフトボール大に戻し、その直後、炸裂した。
吹き荒れるのは、玉が食らった大量の魔力と霊力。
リリアナが放った、既に力の大半を食われ不安定になっていた魔法は、力の奔流についに形を保てなくなり、霧散する。
それが次に襲うのは、リリアナ本人。
「きゃあっ!」
彼女は成すすべもなく吹き飛ばされてしまう。凄い勢いで闘技場の壁の方へ飛んでいくが、吹き飛ばされたリリアナ自身はもちろん、アヤも魔法行使の反動か動くことが出来ない。このままでは、頭から突っ込んでしまうだろう。そうすれば、大怪我は免れない……どころか、下手をすれば死んでしまう可能性すらある。
リリアナが、衝撃を覚悟して目を強く閉じた、その直後だった。
彼女の体は何かに優しく受け止められ、勢いが完全に殺される。
朦朧とする意識の中、薄っすらと開けた目で見たのは、
「……ユウ、シア……?」
「お疲れ、リリアナ」
「……うん……ありが、と……」
それを最後に、リリアナは意識を失った。
アヤの勝利だ。
戦闘回なのか説明回なのかよく分かんない回。