恋敵
「それでは、我が村の救世主、ユウシア君の成人と門出を祝って! 乾杯!!」
「「「かんぱ〜い!!」」」
ここは、村の中央にある広場。そこに、村人が全員集められていた。
その理由は、先程村長が言った通り、ユウシアを祝うため。
村長が言っていた「救世主」というのは、五年程前にユウシアがこの村に来た時魔獣に襲われていたのを救ったからだ。大して強い魔獣ではなかったものの、数が多く、小さな村では防衛もままならなかった。そんなところに現れたのが、普段森でもっと強い魔獣を何体も相手にしていたユウシアだった、という訳だ。
村長の音頭に合わせて乾杯をした村人達が、広場の真ん中、村長の隣にいるユウシアの場所へと集まってくる。皆思い思いの別れの言葉をユウシアに告げ、中には涙ぐんでいる者までいる。
(やっぱり、ここの村の人は皆いい人だな)
嬉しそうに笑いながらそう考えるユウシア。一応挨拶だけしておこうと思って立ち寄ったこの村であったが、まさかこんなことまでしてくれるとは思わなかった。
と、そこへ、ユウシアと同じくらいの歳の少女が歩いてくる。
「ユウシア君」
「カンナちゃん」
村長の孫娘その二。フィーネの従姉妹にあたる人物だ。
「寂しくなるね……」
本当に寂しそうな顔でそう呟くカンナ。
「そう、だな……でも、フィーちゃんにも言ったけど、あまり遠く
ならないうちにまた帰ってくるから」
そう言って、カンナを安心させるように微笑むユウシア。それを見たカンナの頬がうっすら赤くなる。
実は彼女、件の襲撃の際、ユウシアに間一髪のところで命を救われたのだ。しかもその時、彼にいわゆるお姫様抱っこをされている。「魔獣の攻撃を回避するために」というのが、ユウシアの認識なのだが、そんな救け方をされた年頃の女の子としては、たまったものではない。恋の一つや二つ、簡単に落ちようというものだ。
ところで、この村のほぼ全員に好かれるユウシアであるが、ただ一人だけ例外がいる。
「……ユウシア」
若干棘の生えた声をかけてくるのは、カンナの幼馴染である、セージ。
「ん?」
その声に振り返るユウシア。
セージは、そんな彼を軽く睨みつけて口を開く。
「はっ。これでようやくお前の顔を見なくて済むと思うと、清々するね」
この言葉から分かるように、ユウシアは、この村において唯一、セージにのみ嫌われている。
その理由は単純明快。カンナである。
まずカンナは、ユウシアに惚れている。それは本人の行動からも明らかだし、何よりユウシアもうっすらと気付いている。そしてセージ。彼はというと、幼馴染みだからなのかなんなのか、カンナが好きだという。本人は隠しているつもりだが全く隠せておらず、おそらく、セージの気持ちに気付いていないのはカンナだけではなかろうか。
つまり、ユウシアはセージにとって、言わば恋敵である。しかし正直、ユウシアはカンナを異性として意識したことはない。セージが気持ちをまっすぐぶつけることが出来れば、あるいは成功とまでは行かずとも意識させることくらいは出来るのでは、そして自分が彼女を相手にしないのならそのまま、というのもありえるのではとユウシアも思うのだが……所詮は彼女いない歴通算四十年。よくは分からない。
それはさておき、この場面、傍から見れば微妙に修羅場である。よく「修羅場」と呼ばれるものとは若干違うが。
「あー、うん、そっか」
いきなり「会えなくなってよかった」などと言われても、どう返せばいいのか分からないユウシアが適当に返す。
「おい、何だよその反応は!?」
柳眉を逆立てるセージ。
(うーむ、とてもめんどくさい感じ?)
複雑な表情をしながらそう考えるユウシア。
「ふ、二人とも、喧嘩はやめよう? ね?」
慌てて仲裁に入るカンナ。
そんな三人を、村人達はニヤニヤしながら見守っている。「全部分かってるよ」とでも言いたげな表情で。割と温厚なタイプであるユウシアすら、少しイラッと来た。
どうにかしてくれよ、という意思を込めて村人達を睨みつける。と、今までニヤついていた村人達がそっぽを向く。
再びイラァッ。村人達をガン見するユウシア。
と、セージはそんなユウシアの行動が気にいらなかったようで、
「おい! 何そっぽ向いてやがる!」
(うへぇ)
ただただ、うるさいな、と、少しストレスが溜まってきたユウシアは考える。
「あーいや、別に……」
相変わらずの適当な返事。
やはりセージには気にいらないようである。
「この野郎っ!」
殴りかかってくるセージ。
「おっ、セージの奴、まぁた暴走してらぁ」
という村人の声が。
そう。彼の言うように、セージがユウシアに喧嘩を売るなど、よくあることなのだ。
そして――
「ほっ」
「うっ……」
ユウシアにお互い無傷で無力化されるのも、また同じ。ちなみに今回の決め手は、よくある手刀だ。首筋を、ストンッ、と。恐ろしく速い手刀だ。ラウラでもなければ見逃してしまうだろう。
気を失うセージ。
それを見た村人達は、相変わらず見事な手際だな、と、謎の感心をするのだった。