幼女の破壊力
森を出て、数時間が経過した。神域から離れてしまったためラウラは喋れなくなったようだが、ユウシアは、自分の中にラウラの存在をしっかりと感じていた。
「……本当、妙な状況になっちゃったなぁ」
苦笑しながら呟くユウシア。
現在彼は、徒歩約一日の場所にある、よく買い出しに行っていた村へと向かっていた。走りで。
【集中強化】で脚力のみを強化した状態の全速力。それはもう凄まじいスピードである。何せ、
「うわっ、もう村見えてきちゃったよ」
土煙を上げながら急停止。
「うーん、前までは、休憩少なめで走っても全然もっとかかってたんだけどなぁ……スキルって凄いんだなぁ」
むしろ今回は、休憩を多めに取っていた方である。多め、というか、これまでにかかった時間の半分近くは休憩にあてていた。スキルを実質初めて使うので、念の為、といったところだ。
ユウシアとて、野宿は避けられるのなら避けたい。今までもその気持ちで、出来るだけ速いペースで村に行って、一晩泊まってからまた走って帰る、というのが普通だった。森育ちのユウシアは、足も速ければ体力も多いのだ。それでも、早朝に出発して深夜に着くことが当たり前だったし、結局野宿になってしまうこともザラだったのだが。
「そういえば、このためだけに車を造ろうとしたことがあったっけ」
あの時は、意外と惜しいところまで行ったのだが、後一つ、エンジン代わりとなる魔石が見つからずに断念していた。ユウシアは、その造りかけの車も持ってきている。
(丁度よさそうな魔石見つけたら完成させようかな)
そんなどうでもいいことを考えているうちに、村の入り口に到着である。
「おぉ、ユウシア君。今日も買い物かの?」
村に入ったユウシアに声をかけたのは、人の良さそうな老人。
「あ、村長さん。こんにちは」
この村の村長である。小さな村であるため、道を歩いていたら村長に遭遇したなど、よくあることだった。村人は全員仲良しである。ユウシアも、ある一人を除き、皆によくしてもらっている。
「ゆうおにいちゃん、こんにちわー!」
そう言ってユウシアに向かって抱っこをせがむように手を広げる幼女が。村長の孫娘のフィーネである。
「うん、フィーちゃん、こんにちは」
笑顔を浮かべながらフィーネを抱き上げるユウシア。何回かこの村に来ることで懐かれて以来、よくこうして遊んでいるのだ。
「えへへー」
だきっ。
嬉しそうにユウシアに抱きつくフィーネ。そんな彼女を見るユウシアの目は、完全に娘を溺愛する父親のそれである。
「それで、ユウシア君、今日は何を買いに?」
そんな二人を微笑ましげに見る村長が問いかける。
「あ、今日はちょっと違うんです」
と、ユウシアは首を振る。
「? 違う?」
「はい。実は旅に出ることになりまして、その挨拶に、と」
「旅、か。そうかそうか。そういえばユウシア君も、そろそろ成人だったの」
「はい。昨日、誕生日を迎えました」
「おお! それはいけない、お祝いをしなければの。今日は泊まっていくんだろう?」
ユウシアの誕生日が昨日だったと聞き、それならばパーティーを開こう! と意気込む村長。周りにもちらほらと話を聞いている人がいたが、異論を挟む者はいない。たまにこの村に来るユウシアは、森でとれた珍しい物を持ってきたり、そもそもの人柄がいいこともあり、この村のほぼ全員に好かれているのだ。
「はい、そのつもりですが……わざわざありがとうございます」
嬉しそうに笑いながら礼を言うユウシア。
と、そこに、何やら視線が……とてもすぐ近くから。
「フィーちゃん、どうしたの? そんなに見つめて」
そう。先程から、フィーネがユウシアをじっと見つめているのだ。
フィーネは、目を潤ませて一言。
「ゆうおにいちゃん、どっかいっちゃうの?」
ピシッ。
ユウシアの時間が硬直する。
(こんなところに思わぬ伏兵がっ……!)
ラウラと別れる問題は解決した。のだが、フィーネの破壊力は異常である。
「これフィーネ。ユウシア君を困らせるんじゃない」
「でも、おじいちゃん……」
うるうる。
今にも泣き出しそうである。
「……えっと、フィーちゃん?」
「なぁに? ゆうおにいちゃん」
「お兄ちゃんには、やらなきゃいけないことがあるんだ」
「やらなきゃいけないこと?」
「うん。でも、また必ず会いに来るから、それまで我慢出来るかな?」
「うー……」
唸りながら悩み始めるフィーネ。ユウシアは、その結果を内心ドキドキしながら待つ。
そのままおよそ一分。フィーネが顔を上げる。
「ゆうおにいちゃん! フィー、がまんできるよ! フィーはいいこだもん!」
「よく言った!」
ギュウッ、とフィーネを抱きしめる。
「うー、ゆうおにいちゃん、いたいよー」
そう言うフィーネの顔は、しかしとても嬉しそうだ。
ユウシアがフィーネの頭を撫でる。フィーネの頬が緩む。
「えへへー、フィー、ゆうおにいちゃんのなでなですきー!」
(何この可愛い生き物欲しい)
嘘偽りないユウシアの本心である。
「それでは、儂は宴の用意でもしてくるかの。ほれ、今日は宴じゃ! 全員仕事は休み! 早う用意せい!」
通りかかった者達が、思い思いの返事をして、慌ただしく動きまわる。その情報は瞬く間に広がり、いつしか全員がユウシアのために準備を始めていた。
「この村の行動力は相変わらずだなぁ。仕事ほったらかしでいいのか? ……まぁいいや。それじゃあフィーちゃん、お兄ちゃん達は邪魔にならないように遊んでよっか」
「うん!」
本作のいきなり思い付いたキャラその一。フィーネちゃん、今後も出したいっすね。どうやって話に絡ませようかな。