プレッシャー
おかしい。前話の内にヴェルム出すはずだったのに。
気を取り直して、クラスへと入るユウシア達。ちなみに、既に建物自体には入っている。
入ってきたユウシア達に鋭い眼光を向けるクラスメイト。全員がそうという訳ではないが、そういう者が大半だ。
「リリアナ。何で皆、こんなピリピリしてるの?」
「あなた、そんなことも知らないで……まぁいいわ。説明したげる」
呆れたように息を吐くリリアナだが、入学した目的が目的なので(聞いた)、それも仕方ないと説明を始める。
「ほら、ここの学校って、騎士を養成するための学校でしょ? だから、成績優秀者はそのまま騎士団にスカウトされることもあるのよ。もちろん、皆が皆騎士になりたくて入った訳じゃないだろうけど、本気で目指してる人の方が多いはずよ」
「まぁ、それはそうだろうな。……ちなみに、リリアナは?」
「あたしは別にその気はないわ。――話を戻すわね。それで、そういう人からしたら、周りは皆敵に見えるのよ」
「成績優秀者から取られていくからか。それで……」
「そうね。それで、本気で騎士になりたい人達はピリピリしてるって訳。ちなみに、目下一番の敵はユウシア、あなただけど、分かってる?」
「げっ」
そりゃそうだ。主席合格者であるユウシアが、一番分かりやすいライバルなのは、当然だろう。仮に彼に勝つことが出来れば、それはすなわち学年でのトップを意味するのだから。
「そうか、それに学園長が焚き付けたりしたから……」
「当然、今君を睨みつけている一部の人からは決闘の申込みが来るでしょうねぇ。そう遠くない内に」
頬を引き攣らせるユウシアに、後ろからかかる声。
「ッ!?」
ユウシアは、慌ててそちらを振り返る。
【第六感】も【五感強化】も使用していなかったとはいえ、ユウシアに全く悟られず背後に立って声をかけたのは、誰あろう、この学校の学園長にしてこのクラスの担任である、ヴェルム・フェルトリバーその人である。
「おはようございます、ユウシア君。リルさんにフィルさんも」
「お、おはようございます、学園長」
「ご無沙汰しております、ヴェルム様」
「おはよう、ヴェルムおじさん」
「おじっ……まぁ、いいでしょう。長生きしてるのは事実ですし……いつものことですし……ですが、これからはちゃんと“先生”と呼んでくださいね……?」
フィルの呼び方に何やらダメージを受けているヴェルムだったが、一つ咳払いをすると、ユウシア達を席に座らせる。席順は自由なので、ユウシアの隣には当然のようにリルが座り、その更に隣にはフィル。反対側にはユウシアに近い方からアヤ、リリアナと座っている。涼しい顔で美少女を侍らせるユウシアに、クラスの一部から先程までとはまた別の意味の殺気が。
(いやホント……なんか、ごめんなさい……)
内心で謝るユウシア。
そんなことは知らず、教卓に立ったヴェルムが口を開く。
「改めまして、おはようございます、皆さん。僕がこのクラスの担任である、ヴェルム・フェルトリバーです。これから五年間、よろしくお願いします。――さて、まずは、今日の予定を説明します」
それによると、まず最初に、この学校についての説明が行われるらしい。細かいルールなどだ。そしてその後、午後には、学校内の案内。本格的な授業は明日からになるとのことだ。
まずは、校則など、基本的な規則やルールについての説明だ。
「とは言え、この学校ではそこまで厳しい決まりはありません。そんなものは決めずとも、騎士を目指す者であれば注意されるようなことはないでしょうから」
そう言って、念を押すようにプレッシャーをかけてくるヴェルム。
「!!」
それに、思わず身を強張らせるユウシア。凄まじい重圧だ。前に戦った黒竜やオーブに憑依されていたセリックなどが、まるで赤子のようにすら思える程の。
しかも、場所によってかける圧力を変えているのか、常人なら気が狂ってもおかしくなさそうなその重圧の中でも、他の者は額に冷汗を浮かべる程度だ。そちらはユウシアにかかっているものより幾分かマシということだろう。でなければ、全員が身を起こしているなど、出来るはずがないのだ。
更に、その圧力が、次第に強くなっていく。
(あの人……こんな方法で、力を量るか……!)
皆がどれだけ耐えられるか、確かめているのだろう。確かに、力量の把握には繋がるはずだ。
現に、耐えられなくなったのか息を荒くし、ヴェルムのプレッシャーから解放されている者もいるようだ。
ユウシアの周りでは、アヤは既にギブアップ。リリアナはなんとか耐えているようだ。フィルは顔中を汗だくにしながらも、なんとしてでも耐えきってみせるという意思が見て取れる。
そしてリル。一見、顔色一つ変えず、平然としているように見えるが――
(……震えてる。無理もないか)
よく見ると、体全体が小刻みに震えている。
王女ともなれば、外交か何かの場で重いプレッシャーがかかることもあるだろう。しかしこれは、質も、重さも全く違う。本気で命の危険を感じるような、そんなプレッシャーだ。
「大丈夫」
ユウシアは、そう声をかけながら机の下でリルの手を握る。
「俺がついてる」
それを聞いたリルは、安心したのか強張った体から力を抜き、そのまま気を失ってしまう。
こちらに倒れ込むリルを支えたユウシアは、「よく頑張った」と囁きかけて、ヴェルムに目を向ける。そして――
「――っ!」
一瞬目を見開き、次いでニヤリと笑うヴェルム。
何があったのか。とても簡単なことだ。
ユウシアも、ヴェルムがやったように、彼に向けて威圧した――いや、殺気を飛ばしたのだ。ヴェルムの方もユウシアに向けていたのは完全に殺気だった。
「フェルトリバー先生。悪ふざけが過ぎます」
ユウシアは、鋭い殺気を向けたままヴェルムに声をかける。
「おや、『学園長』だったのでは?」
「今あなたは俺達の担任だ。先生もそのつもりで、こんなことをしているんでしょう?」
この行動は、生徒達の力量を知るためのもの。そしてそれを知る理由は、生徒達を適切な方法・スピードで育てるためなのだ。当然、フェルトリバークラスの担任である、ヴェルム・フェルトリバーとして。
「……それもそうだ。すみません、君の言う通り、少々悪ふざけが過ぎたようですね。少しの間、休憩としましょうか」
そう言って、ヴェルムはプレッシャーを抑えた。
おかしい。今日で説明回は終わらせるつもりだったのに。