入学式
合格発表から一ヶ月近くが経過し、ついに(多分)待ちに待った入学式。
王立ヴェルム騎士学校の広大な敷地内に数ある施設の中の一つである講堂に、今年の入学生三百二十名が集められていた。受験者がニ千人を超えていたことを考えると、驚くべき倍率である。
「――と、いう訳で、君達には騎士を目指して、精進して欲しい」
学園長である、ヴェルム・フェルトリバーが、意外と短めだった話をそう締めくくる。
ニ、三十代程に見える彼だが、実は百年以上続くこの学校の創設者で、詳しいことは知られてはいないが、とても寿命が長い種族らしい。学校創設前も、大分長い期間色々なことをしていたそうなので、その年齢は二百を超えるとも言われている。
そんなヴェルム学長は、話している最中の真面目な表情を一変させ、満面の笑みを浮かべると、舞台袖を指しながら言う。
「さて、それでは、今君達の中で最も騎士の座に近い、首席入学生を紹介しましょう。こっちに」
わー、と、一人盛り上がって拍手をするヴェルム。入学生からも、まばらながらも拍手が聞こえる。……数名程、とりわけ大きな拍手をしている者もいるが。
さて、首席入学生、といえば、もう彼しかいないだろう。
舞台袖、カーテンに隠れていた場所から顔を引き攣らせながら現れたのは、壇上に上がることになるなど今朝まで微塵も聞いていなかったユウシアだ。
「さ、こっちに来て自己紹介を。簡単にで構いませんよ」
ヴェルムはそう言うと、わざわざ横にズレて、ユウシアのためにスペースを作る。
そこに着いてしまったユウシアは、何を言うか迷った挙句、本当に簡単に一言。
「……えぇと、ユウシアです」
再びヴェルムが始めた拍手に、入学生が続く。
(……なんなんだこれは)
というユウシアの疑問に、答える者はいない。
「聞いての通り、彼は名字がない、平民の少年です。そんなユウシア君は、筆記試験では満点を取り、実技試験では教官の心を折りと、僕すら超えてしまうのではないかという不安を抱えさせるような成績を残し――」
「折られてねぇぞー!」
と、上がる声は、入学試験の際、ユウシアの相手をした教官・スゴートから。
「……残しました」
それを無視して話を続けるヴェルム。「スゴートさん、減給です」と呟いた声が聞こえたのか、スゴートは身を震わせる。
「正直に言いましょう。恐らく彼は、今ここにいる誰よりも強い。……もちろん、僕は除きますがね」
そう後付けするヴェルム。確かに、彼は強い。それは、ユウシアも感じていたことだった。
「もしかすると、皆さんに一度にかかってこられても、相手に出来るかもしれません」
「え」
「挑みなさい。自分より圧倒的に上にいる者に。追いかけなさい。自分が目標とする者を。それが君達を強くします。僕は、君達の好敵手として、そして目標として、ユウシア君を推奨しましょう。彼には、それだけの強さがあります」
「いや、ちょ」
「戦いたければ、挑みなさい。この学校では、決闘が認められています。近付きたければ、教えを乞いなさい。この学校では、生徒同士の教え合いも推奨されています。もちろん、ユウシア君だけに限りません。既に超えたい誰かがいるのなら、目標とする誰かがいるのなら、その人でもいい。強くなりなさい。どこまでも、貪欲に。それが必ず、君達を成長させてくれます」
「え、待っ」
「もちろんユウシア君、君も同様です。もしも相手がいなければ、僕が相手になりましょう。僕は、君が、そして君達が、立派に卒業して行ってくれることを、心から願っています」
ヴェルムは話を終えると、一礼して去って行ってしまう。壇上には、呆然とした顔でそちらに向けて手をのばすユウシアだけが残された。
++++++++++
「疲れた」
入学式を終え、集まったユウシア、アヤ、リル、フィルの四人。開口一番に、ユウシアが愚痴を漏らす。
「まぁ、あれは、ねぇ……」
「いきなりステージに上げられたかと思えば、挑めって……皆がそれ実行しちゃったら休む間がなくなるんだけど」
「……ヴェルム様は、昔からそういうところがありますから……」
口をひん曲げながら愚痴るユウシアに、リルが苦笑しながら返す。
「リル、知り合いなの?」
アヤの質問にリルは頷いて、
「王立学校を任されているだけあって、王家とは昔から繋がりがあるのです。パーティーを開くときは、必ずいらっしゃっていましたわ」
「うむ。根はいい人だし、昔していたという冒険の話なども、聞いていて面白いし、面倒見もいい人なのだが……少々、子供っぽいところがあってな」
「えぇ。だからこそ、小さかった頃の私達ともよく遊んでくれたのでしょうけれど。聞いたところによると、ハイドお兄様も小さな頃はヴェルム様に懐いていたとか」
「あのハイド義兄さんが……」
信じられないような顔で呟くユウシア。呼び方が変わっているのは、非公式とはいえリルと婚約したからだ。ガイルに半ば強制された呼び方である。ちなみに、そのガイルのことは「義父さん」と呼ばされている。もちろん、プライベートに限りではあるが。
閑話休題。
へー、と相槌を打ちながら話を聞いていたアヤは、思い出したように軽く手を叩いて三人の注目を集めると、首を傾げて尋ねる。
「それで、クラスってどうなるの?」
そう、クラス分け。一クラス四十人の八クラスに分けられるらしいのだ。分け方は、完全に入試の成績順。レベル毎に進行度を少しずつ変えるのだそう。
「えっと、確か、寮の部屋にクラスが書かれた紙が置いてあるんじゃなかったっけ?」
「はい。この学校は全寮制ですから」
「あぁ、あそこか」
納得したように頷いたアヤ。実は、寮の自分の部屋自体には何度か訪れているのだ。荷物を運び入れたりなどしなければならないので、当然である。
ちなみにこの学校の寮、一人一部屋の完全個室である。何でも、敷地が無駄に広いから問題ないのだそう。食事も朝軽食が出る以外は基本自炊なので、寮が多くても人はそこまで必要ないとか。
「それじゃあ、部屋に行ってクラスを確認したら、一度集まろうか。今日は入学式だけで他は自由らしいし」
「了解。どこに集まる?」
「……私個人的には、ユウシアの部屋が……」
「大賛成! ですわっ!」
「リル、相変わらずだね……それじゃ、後でユウ君の部屋に集合ね」
「分かった。お茶でも用意して待ってるよ。……じゃ、また」
手を振って去って行くユウシア。残った三人も、何やら二言三言交わすと、各自の部屋へと向かうのであった。
ちなみに、寮の部屋に関しては、一部屋二人にして、ゼルトをルームメイトにする案もありました。