苦労人
「ま、まままままっままっ満点……」
言いながら後退るアヤ。なんだこの化け物は、みたいな顔をするが、直後思い出す。
「……そういえばそうか。ユウ君、模試も満点だったんだよね」
「まぁ」
「そっかそっか。……うん。この化け物め!」
結局、化け物認定は変わらなかった。
「あら、ユウシア様は模試も満点だったのですか。さすが私のユウシア様ですわね!」
「いつからユウシアは姉上のものになったのだ……」
いつも通りユウシア至上主義のリルに、げんなりしながらツッコむフィル。リルは、そんな彼女に笑顔を向けて、
「生まれる前からですわ。運命の相手、というやつです」
「……はぁっ」
疲れがドッと溜まるだけだった。
そんな姉妹を見て、主にリルの発言に苦笑いを浮かべるユウシア。そんな彼に、後ろから声がかかる。
「おや、いつぞやの平民ではないか」
聞き覚えのあるその声。しかしユウシアは関わりたくなかったので、さりげなく横にずれる。
すると、声の主からリルの姿が真っ直ぐに見えて。
「ひっ! ……ご、合格おめでとう! うむ!」
声の主、ラインリッヒは引き攣った声でそう言うと、「声なんかかけなければよかった……」などと呟きながら書類を受け取りに向かう。無事、合格出来たのだろう。
「……また随分と、肝の小さい貴族様だな……」
前々から思っていたことを思わず口にしてしまうユウシア。
「返す言葉もない」
と、そこにかかる別の声。
ユウシアが隣を見ると、そこにはラインリッヒの取り巻……従者である、ゼルトが立っていた。もう一人の従者・ヤンクは、ラインリッヒを追っているのが見える。
「……あぁ、急に声をかけてしまって済まない。前にも会ったが、ゼルト・キャスター。男爵家の次男だ」
「えっと……ユウシア。ラインリッヒ……様、の仰る通り、ありふれた平民です」
ラインリッヒに対し「様」と付けることに若干の抵抗を覚えつつも言い切るユウシア。一応相手は貴族で自分は今のところ平民だ。敬語は使った方がいいだろう。例え自分が、第一王女の婚約者だとしても。……それが理由で、将来公爵の身分を得ることが半ば決定しているとしても。
そう思っていたユウシアだが、ゼルトは首を横に振る。
「いや、敬語はいらない。貴族とはいえ、男爵など平民と大差ないしな。それに俺は、お前とは仲良くしたいんだ。……どこか、同じ匂いを感じるから」
「あー……」
と声を出しながら、ユウシアはチラッとリルを見る。
同じ匂い。苦労人的な意味だろうか。確かに、ゼルトはラインリッヒを制御するのに苦労していそうだし、ユウシアもリルの言動には毎度毎度苦労させられる。
「……うん、確かに。なんか、同じ感じがする。……分かった。よろしく、ゼルト」
納得したように頷いたユウシアは、続いてゼルトに向けて手を差し出す。
「あぁ。これから、よろしく頼む。ユウシア」
ゼルトは、そう言いながらユウシアの手を握り返した。
こうして、学校を卒業した後も交流を続けることになる二人は出会う。……後にゼルトは、ユウシアの規格外さにこちらはこちらで苦労させられることになるのだが、それはまた別の話。
++++++++++
ゼルトと別れたユウシアは、未だ惚気続けていたリルを落ち着かせてから、帰路につく。
「では、ユウシア様は早速ご友人が出来たのですね」
「うん。なんとなく気が合いそうだよ」
「ゼルト……あぁ、彼か。……私も、気が合うかもしれないな」
そんな言葉を漏らすフィルと、ユウシアは小さく笑い合う。ははっ、と、乾いた笑いだったが。リルに苦労させられているのは、ユウシアだけではないのだ。まぁ、フィルが苦労するようなリルの言動には、ユウシアの存在も多分に含まれているのだが。というか大体リルとユウシアの惚気話だ。聞くだけでも疲れる上、ちょくちょくツッコミを入れてしまうから余計に疲れる。
乾いた笑いを、いつの間にかため息に変えていたユウシアとフィル。そんなところに、後ろから聞こえてくる大きな声。
「待ーちーなーさーいー!! 水色ーー!!」
「帰ろう」
返事すらせずに帰宅を決意するユウシア。しかし、現実はそう甘くはない。
「水色! 捕まえ――ふぇっ?」
さすがに捕まりはしないが(避けた)、追いつかれてしまった。
「……何?」
諦めて、相手にしてやることにしたユウシア。振り返りながらそう問いかける。
「こほんっ。ねぇあんた、合格はもちろんしたのよね?」
「したけど」
「そう。それじゃあ、筆記試験の結果は何点だったかしら? ……ちなみに、あたしの点数だけど。聞いて驚きなさい、八十六点よ!」
(ない)胸を張って、誇らしげに言う少女。八十六点、確かに高得点だ。……ただ、この場にいては霞んでしまう。何せ、アヤを除き、三人が九十点を超えているのだ。
「あー、えっと」
「あら、あたしの後じゃ恥ずかしくて言えないような点数だったかしら? ごめんなさい、配慮が足りなかったわね!」
「……いや、そういう訳じゃないんだけど」
「? じゃあ、どういうことよ?」
ユウシアは、言ってもいいのかな、と聞くようにリル達を見る。頷く三人。
「俺の点数を、聞きたいんだよな?」
ユウシアの問いに、少女はコクリと頷く。
「……百点だったよ」
「…………へ? ご、ごめんなさい、あたしの聞き間違い? 百点って聞こえたんだけど……」
「いや、聞き間違いじゃないよ。そう言った」
「……あの、ほんと?」
「ホントホント」
「…………い」
「え?」
少女の言葉が聞き取れず、ユウシアは聞き返す。
そんなユウシアに、少女は勢いよく顔を上げて、
「――すごい、すごいじゃない! 満点ってことでしょ!? わぁ、首席合格よ!」
大興奮。
思わず呆気にとられてしまうユウシア達。点数を比べに来たのではなかったのか。
わーわーとはしゃぐ少女に、ユウシアは首を傾げながら声をかける。
「……それで、何をしに来たの?」
「ハッ」
思い出したような表情をした少女は、途端顔を真っ赤にする。
「あ、え、えっと……比べるだなんて、恥ずかしいのはあたしの方だったわね……。ごめんなさい。あの、でも、あたし、あんたには負けたくなくて……」
「……そう、それだ。何で俺と勝負しようとするの?」
「……それを話すには、あたしの過去に触れていく必要があるわ。長くなるから、また今度機会があったらにしましょうら」
「あ、うん」
頷くユウシアを見て、少女は振り返る。去り際に、もう一度ユウシアを見ると、ビシッ! と指を差して、
「遅れたわね! あたしはリリアナ。リリアナ・マクロードよ! 特別に、リリーでも、リアでも、アナでも、なんでも好きに略して呼ぶことを許してあげるわ! じゃあね!」
少女改めリリアナは、嵐のように去っていった。
「リリアナ……俺、自己紹介してないし……ま、いいか」
「マクロード、ですか。侯爵家、当主――リリアナさんのお父様のことは私のお父様からもよく聞きますわ。仲が良いようでして」
「うわ、結構すごい人だったよ」
「じゃあ、次に会うのは入学式の日だね。ユウ君、そのときはちゃんと自己紹介しないと」
「そうだな。……それじゃ、今日は帰ろうか」
どうしようリリアナ書くの楽しい。