入学試験会場にて
――王女誘拐事件から、半月余りが経過し。
ついに、入学試験当日がやって来た。
「ほらアヤ、もう時間ないよー」
呑気にそう声をかけるユウシアとは裏腹に、
「うわぁぁあ! ちょっ、ちょっと待って、何でこんな日に限って寝癖が直らないのぉ!」
慌ただしいアヤ。
「一夜漬けなどするから、後で慌てることになるのだ」
「少し仮眠、と言ってギリギリまで寝てしまいましたものね」
「それで寝癖がつくっていうのも凄い話だけど」
「ちょっとそこの三人! そんなのんびりお話してる暇があったら手伝ってよぉ!」
嘆くアヤをニコニコ笑いながら見るユウシア、リル、フィルの三人。中々にひどい。
「ではアヤさん、王家御用達のこの寝癖直しを……」
「ありがとう!」
「ついでに、この送風機もどうだ? 温風が出てくる物でな――」
「何それドライヤー!? そんなのもあるの!? 助かる!」
「ちなみにアヤ、こんなのもあるけど」
「ヘアアイロォォォン!!」
ユウシアが差し出したヘアアイロンにアヤが飛びつく。実はこれ、かつてラウラに頼まれて作ったものをなんとなく持ってきたのだ。魔石様々である。
「ユウシア様、今度貸して頂いても……」
興味深げに見ていたリルが尋ねる。
「もちろんいいよ。俺が持ってても意味ないし、何ならあげるけど」
「ありがとうございます!」
嬉しそうに言うリル。思春期の女の子はオシャレに気を使うのだ。恋人がいるなら尚更。
「ふー、やっと直ったよ。……ついでに、カールさせてみようかな……」
「時間ないけど?」
「ごめんなさい!」
「アヤは元気がいいな」
「微笑ましいですわね」
「ねぇそこの王女姉妹、あたしを見る目が子供に向けるそれに見えるのはあたしの気のせい?」
王女姉妹が目をそらす。
「ひどいっ!」
「はいはいさっさと行くよー」
「うべっ」
首根っこを掴まれ、引っ張られるアヤ。
四人は、慌ただしい雰囲気(アヤのみ)のまま入学試験へと向かった。
++++++++++
貴族街と高級住宅街に挟まれた高級商店街、その一角にユウシア達が通う予定の学校はあった。
王立ヴェルム騎士学校。それがその学校の名前だ。その名の通り騎士を育成する学校だが、一般教養のレベルも高く、騎士になるつもりのない者達も多く在籍している。ただ、どんな目的があろうと戦闘訓練は施されているので、生徒ほぼ全員がそれなりに戦えるのだが。そもそも、ある程度強くなければ入学すら出来ないのだ。
閑話休題。
入学試験の会場である騎士学校に到着したユウシア達は、その人の多さに驚きの声を上げる。
「うわー、人多いなぁ」
「倍率高そうだね」
「まぁ、少なくともここを卒業出来れば食いっぱぐれることはないからな」
ユウシアとアヤの言葉に、フィルがそう返す。
「フィル、ここに通えるお金のある人は大抵食いっぱぐれとは無縁ですわよ」
「……それもそうか」
リルに言われ頷くフィル。
確かに、受験料からして中々にふざけた額を取られるので、食いっぱぐれそうな者は受験すらしないだろう。
そんなことをユウシアが考えていると、
「……おやおや、平民がここに何の用かな?」
なんて、声をかけてくる者が。
見ると、高級そうな服を纏った、見るからに面倒な性格をしていそうな貴族らしき男が、取り巻きを二人程侍らせて立っているではないか。
(うわ、厄介なのに絡まれたよ)
と思ったユウシアは、
「――そういえばさ」
無視することに決めた。
「おいお前! サダラス伯爵家のご長男であらせられるラインリッヒ様を無視するとは何事か!!」
と、取り巻きの片方、痩せこけた長身の男が声を荒らげる。
それを聞いたリルは少し考えるようにしてから、
「……あぁ、過去の栄光だけの無能貴族ですわね。位こそ多少高いですが、無視してしまって構いませんよ」
と、ユウシアに囁いてくる。
彼女が言うなら問題はないだろうとユウシアは頷いて、話を続ける。
「フィルならまだしも、リルは実技、平気なの? どうも戦うイメージがないんだけど」
「あら。こう見えても私、魔法の腕には結構自信がありましてよ?」
「なるほど」
ふんす、と息を吐くリルに、笑いながら返すユウシア。
さすがにここまで無視されるとは思わなかったのだろう。ラインリッヒと呼ばれた男は、額に青筋を浮かべ、鼻息を荒くする。
「貴様ら! 先程から尽く私を無視して――」
という言葉を遮って、
「――待って下さい、ラインリッヒ様」
もう一人の取り巻きが、ラインリッヒを止めながら前に出てくる。
「……何だ、ゼルト」
ラインリッヒが、眉間にシワを寄せながらそう問いかける。それにため息を吐くようにしながら聞き返すゼルト。
「……ラインリッヒ様は、リルとフィルという名に聞き覚えがないのですか?」
「何を言っている。そんな奴らの名など、聞き覚えが、ある、訳……はっ!」
何かに気付いたように目を丸くするラインリッヒを見て、「やっと気付いたか……」と呟きながらやれやれと肩を落とすゼルト。
「ま、まままままさか、おっ、王女、殿下……?」
「よく見て下さい、ラインリッヒ様。お二方の首飾りにあるのは、王家の紋章です」
分かりやすく狼狽えるラインリッヒに、ゼルトがとどめの一言。
それを認識したラインリッヒは、土下座せんばかりの勢いで……というか、恥も外聞もなく土下座して。
「ごっ、ごご無礼を、おおお許し下さい、殿下!」
これには、ユウシアやアヤのみならず、リルとフィルまで「うわぁ……」とか言いながら引いてしまう。ゼルトは顔を手で覆って、再びやれやれ。
「……とりあえず、どっちかが何か言わないとやめそうにないから、早くお願い……」
というユウシアの言葉でやっと現実に戻って来たか、はっ! というように顔を上げた二人のうち、リルが代表して前へ。こほん、と咳払いをして、口を開く。
「今は許しますが、次はありません。二度とこういったことがないように」
「はっ、はいぃっ! 二度といたしません!! ――ゼルト、ヤンク、行くぞ!」
「はいっ!」
「はい。……はぁっ」
素晴らしい逃げ足を見せるラインリッヒに、それをひょこひょこと追いかける取り巻きその一・ヤンク。
ご迷惑をおかけしました、と頭を下げて去ろうとするゼルトを、リルが呼び止める。
「? 何でしょう?」
「いえ、改めて名を聞いておこうかと思いまして」
それを聞いたゼルトは、胸に手を当てて恭しく一礼し、名乗る。
「ゼルト・キャスター。しがない男爵家の次男ですよ」
「覚えておきましょう」
「ありがたき幸せ。……では、私はこれで」
「えぇ。再び、今度は入学式で会えることを願っておりますわ」
リルのその言葉に、ゼルトは微笑みを返してラインリッヒを追いかける。
「……苦労してるんだなぁ」
「だね」
「だな」
「ですわね」
ユウシアの言葉に、全員が同意した。
ラインリッヒはぶっちゃけどうでもいい人。どちらかというと、ゼルトの方がまだ大事だと思う。ユウシアの同性の友人的な意味で。




