“死”
電撃文庫秋の祭典の物販列に並びながら投稿設定中。絶対福袋買うんだ。
え? 投稿遅い? ソンナコトハナイサ
「……ってぇな、オイ」
セリックが、口元の血を拭いながら立ち上がる。彼が激突した壁は、それだけの威力があったのか崩れ落ちている。
「ったく、いきなり殴り飛ばすヤツがあるかよ……お?」
愚痴りながら顔を上げて、気付く。
ユウシアがいない。
「どこ行きやゴッ!!」
再び吹き飛ばされるセリックの体。しかし彼が元いた場所には、誰の姿もない。
「どういうことだァッ!」
訳が分からず、叫ぶ。おかしい。これが暗殺者の力というものなのか。この部屋はそこそこ明るい。だというのに、姿が見えないなど、あってたまるか。そんな思考がセリックの頭の中を支配する。
それに、ついさっき話していたときは殺気も魔力も思い切り放出していたというのに、今はそれが全く感じられないのだ。まるで、最初からユウシアなどいなかったかのように。
「ゴハッ!!」
セリックは、またも吹き飛ばされる。かろうじて、側頭部を蹴り飛ばされたことだけは分かった。
「ク、ソォッ……!」
「……立てよ」
「ぐっ……」
どこからともなく聞こえた声。その直後目の前に滲み出るように現れたユウシアに胸倉を掴まれ、無理矢理立ち上がらせられる。
フードを深く被っているので、顔は見えない。だが、姿を現したことで隠す必要がなくなった殺気が、魔力が、怒りの感情が、セリックに纏わり付く。
そこから来るのは、恐怖。生物としての本能的な感情。たとえオーブが憑依していようとも、元が人間である以上逃れようがない。
セリックは無意識に震える自分の体に気付き、拳を握りしめる。王国騎士団において隊長を任せられる自分がこんな少年に恐怖させられるなど、あってはならないのだ、と。闇に身を落とそうとも、プライドまで捨てた訳ではなかった。
「なんでだ……なんで見えねェ」
「さぁな。お前の力不足だろう」
実際、ユウシアにもよく分かっていなかった。当然前世でこんなことは出来なかったし、【隠密】の効果にしてもやりすぎではないだろうか。明るい室内で姿を見えなくするなど。
いつだかハイドと戦ったときは、まだよかった。あのときも明るかったとはいえ、ユウシアは走り回っていたのだ。気配を捉えづらくなっても仕方ない。
しかし今回ユウシアは、普通に歩いていた。なんなら、精神の不安定さから普段よりも無駄な動きが多かったかもしれない。なのに、今までのどんなときよりも上手く気配を断っているのだ。もう、訳が分からない。
チャキッ。
と、音がした。セリックが、大剣を持ち直す音。
「ゴフッ!」
その直後セリックは、ユウシアに殴られる。胸倉を掴まれているので、吹き飛ぶことはない。
「……オイ、お前、武器は使わねェのかよ」
左の頬を赤くしたセリックが、ニヤリと笑ってそう聞いてくる。
「……そうだな。じゃあ、使おうか」
「ぐ、あぁぁぁああああ!!」
ユウシアが、セリックの脇腹に刃を突き立て、グリグリと動かす。
肉を抉られる痛みに、セリックが絶叫する。
ユウシアはセリックの体から短剣を抜くと、彼に冷ややかな目を向けて口を開く。
「……痛いか? 苦しいか? どうだ、死が間近にある気分は」
「ぐ、うっ……」
「怖いだろう? 今すぐにでも、ここから逃げ出したいだろう?」
否定出来ない。
これまでにも、死を感じることは何度もあった。騎士である以上、それも当然だ。
だがこれは、こいつは別格だ。ここまで明瞭な“死”は、セリックも感じたことはなかった。
「……リルはずっと、それに怯えながら生活してたんだ。お前が与えようとしていた“死”に」
「あっ……?」
ユウシアのその言葉と同時に手が離され、しかしセリックはそのまま崩れ落ちる。
体に力が入らない。ユウシアの麻痺毒だ。
「だからお前も、恐怖しながら死ね」
そう言ってユウシアは、セリックの心臓めがけて短剣を振り下ろす。
「ユウ君! ダメぇっ!!」
アヤが叫ぶが、ユウシアは止まらない。
そのまま、黒い刃がセリックの胸を――
『そこまでです、ユウさん!!』
――貫く、その直前に、止まる。
「ラウラ……?」
『はい。大事な場面に都合よく現れる、あなたの大事な女神様、ラウラです』
普段ならその発言にいくつかツッコむところだが、生憎今のユウシアはそんな気分ではない。
『……ユウさん。私は言ったはずです。気絶させてください、と』
「……気を失っているのも死んでいるのも、大して変わらない」
『ダメです。憑依している対象が死ぬと、オーブも破壊されてしまう可能性があります』
「…………」
ユウシアは、無言で短剣の毒を睡眠毒にすると、セリックを浅く切りつける。即効性の毒だ。すぐに眠りにつくだろう。
『ありがとうございます、ユウさん』
その声を聞きながら、前ラウラに言われた通りに眠ったセリックに触れるユウシア。
『それでは、行きます……!』
直後、ユウシアが触れた部分から赤い光が迸る。
それは少し続き、
『……見つけた!』
というラウラの声と同時に、何事もなかったかのように収まる。
そして、ユウシアの手の中には、拳ほどの大きさの赤い水晶玉が。
「これが、オーブ……」
『ふぅっ……はい、オーブです。それでは最後に、オーブを取り込みます。額の紋章に当てて下さい』
「取り込む?」
『詳しい説明は私にも難しいのでカットで。ほら、はりーですよ、はりーあっぷ』
「あっうん」
ユウシアが額の紋章にオーブを当てる。先程と同じように赤く一瞬だけ光り、それが収まったときには、手の中のオーブは消えていた。額の紋章が一瞬赤くなる。
「なるほど……こういうことか」
この一瞬で“オーブを取り込む”意味を理解したユウシアが呟く。
『はい、そういうことです。ではユウさん、最後の仕事です』
「ん? まだ何か?」
『はい、一番大切なことですよ』
ラウラは一度言葉を切って続ける。
『待っているはずです。リルさんを、迎えに行ってあげてください』
その直後ユウシアは、走り出していた。
サブタイを「フルボッコだドン」にしたかった。いや、本気で。




