偽者その三
「舗装も何もない、そのまま掘り抜かれただけ……雑な造りだな」
階段を下りたユウシアがまず思ったのは、それだった。
壁も地面も、土が剥き出しなのだ。天井も、明らかに上の屋敷の床を流用していると分かる木造り。更には、明かりもなく、上の光が届くここならまだしも、少し先はもう真っ暗で見えないほどだった。
「確か、ランタンが……っと」
マントの内側に着けているウエストポーチから、手持ち型のランタンを取り出す。
このウエストポーチ、しっかりと【収納術】が適用されていて、見た目よりずっと、それはもうとても多くの物が入る。最初にこれを使ったとき、わざわざリュックを持ってくる必要なかったな、と思ったくらいには入る。なんなら、あのリュックは既にお役御免になっている。
ランタンを灯したユウシアは、軽く辺りを照らす。
「んー……最初からあった訳じゃないのかな。後づけっぽい。っていうか、土がまだ新しい? 最近掘られたのか?」
となると、リルを攫った犯人が何らかの理由で必要としていた可能性がある。
と考えたユウシアだが、今考えたって何の意味もないと思い直し、歩き出す。
罠などがある可能性を考慮して、慎重に進んでいく。
「……長いな」
歩くペースがゆっくりとはいえ、既に五分ほどまっすぐ歩いている。とっくに屋敷の敷地からは出ているだろう。
警戒を緩めずに歩くこと、更に五分。
ついに、この代わり映えしない通路に、変化が訪れる。
「扉か」
木製の、質素な扉。両開きのそれが、通路の先にただポツンと置いてあるのだ。
ユウシアはそれに近付き、ゆっくりと開く。
中は、特に何も置かれていない広い部屋。
そしてその中央には、ふわふわと浮かぶ赤い宝石。
「あれは……オーブ?」
額に妙な疼きを感じて、そう察するユウシア。
『待ってたぜ』
「!?」
そのオーブからそんな声が聞こえ、ユウシアは大きく飛び退る。
――オーブが、変化を始める。
ハイドやアヤの前に現れた宝石と同じだ。オーブは人型を取り、それは次第にユウシアと同じ姿に変化していく。
「これは……」
『よぉ、俺』
赤いユウシアが、カラカラと笑いながらそう声をかける。ユウシアは、目を細めてそれをじっと見つめるのみ。
「……お前は、なんだ?」
『お察しの通り、俺がオーブだ。つっても、欠片だがな。……そして、俺はお前だ』
予想通りの答え。俺はお前だと、そう言うことすら、なんとなく分かってはいた。
「戦うのか」
『当然。俺はそのためにここにいる。ま、他の二つは衝動に身を任せてるだけっぽいけどな。俺は違う』
「他の、二つ……? まさか!」
『イエス、そのまさか。ハイドも、アヤも、今頃は自分と戦ってるだろうよ。……っつう訳でよ、俺らもさっさと始めようぜ。この先に進みてぇんだろ? だったら俺を倒して行けってな』
笑いながら言う人型にユウシアは軽く舌打ちすると、ランタンをしまう。
途端、暗くなる室内。
『お? いいのか? 周りが見づらくなっちまったぜ?』
「戦うなら、邪魔になるだけだ。それに……」
『……ハッ、そうだな、俺らは暗殺者。闇に紛れてこそ本領を発揮できるってモンだな』
「…………」
もう言葉は必要ない。
そうとばかりに口をつぐむユウシア。相手も同様だ。
先制攻撃は、同時だった。
キィンッ!
放たれた投げナイフが、二人の丁度中間で火花を散らす。
しかしそれからしばらく、この部屋で音が生じることはなかった。
双方が気配を消し、互いの位置を探り合い、忍び寄り、察知し、距離を取り――。その繰り返し。どちらも傷は負わず、ただ精神をすり減らしていく。
やがて先に攻撃を受けたのは、人型の方だった。
『くっ……!』
小さく呻き、すぐさま気配を断つ。
次に攻撃を受けたのも、やはり人型。
その次も、そのまた次も。
力も、技量も、持ち得る手札も、何もかもが同じはずなのに、傷を負うのは何故か人型のみ。
『何故……何故だ!』
ついに漏らしたその問いに、ユウシアはため息で答える。
「いくら周りが真っ暗でも、その赤い姿で目立たない訳がないでしょ」
当然だ、と、そう言いたげに返された言葉。しかしそればかりはどうしようもないことで。
『……クソが』
人型はそう小さく呟いて、再び姿を消す。
(でも……やっぱり毒は効いてないっぽいな)
当然のように刃には毒が塗ってあったのだが、やはりオーブの体には意味がないようだ。
「……でも、毒がダメなら急所を突けばいい。それもダメなら、首を刎ねればいい。それでも死なないなら、バラバラにしてしまえばいい」
それは、かつて暗殺者として育てられたときの教え。当時はそんなことありえないとぼんやり考えたが、
(まさか、本当にあるとは思わなかったな)
そう考えて、くすりと笑って。
ユウシアは、暗殺者に戻る。
気配を消し、相手を見つけ、斬り、気配を消しの繰り返し。
やがて、片腕を失い、体中ボロボロとなった人型が取った行動は、
『――なぁ。何故お前は、リルを助けようとする?』
対話だった。
ハイドとアヤの前に現れてユウシアの前に偽物が現れない道理がない。あってたまるか。
次回、ちょっとだけユウシアの過去に触れる……かもしれない。まぁ多分、ホント少しだけだけど。