偽者
時はほんの少しだけ遡り、ユウシアが床の音の違いに気付いた頃。
二階の調査を行うハイドは、特に異常を発見できないまま、全ての部屋を調べ終えてしまっていた。
「ハズレ、か……。一階に――」
戻るか、と、呟きかけたハイドは、あることに気が付く。
「……あれは」
彼の視線が向かうのは、天井。明らかに一部だけ色が違うのだ。
「ふむ。屋根裏部屋か」
そうあたりを付けたハイドは、近くにある椅子を足場にして天井板に手をかける。
予想通り外れる天井板。
ハイドは天井に開いた穴に手をかけると、懸垂の要領で体を引っ張り上げる。
大剣を二本背負い、金属鎧を着けた体を腕だけで持ち上げるこの膂力。これが素の能力な訳もなく、【神力】というスキルによるものである。身体能力上昇系スキルの中でも最もポピュラーな、筋力強化系統の最上位スキルで、その効果のほどはこれまでのハイドの行動から明らかだろう。
「ふっ」
少し勢いをつけて屋根裏に上る。
「……暗いな」
当然かもしれないが、明かりも窓もないので、相当な暗さだ。
と、そんな中で、ぼんやりと光る物が。
「あれは……赤い、宝石か?」
指先ほどの大きさの赤い宝石が、ぼんやりと赤い光を放ちながら宙に浮いている。これが普通の宝石でないのは、火を見るより明らかだ。
ハイドが、警戒しつつも一歩近付いた、その瞬間。
「っ!?」
宝石の光が、急激に強さを増す。
その光はハイドを包み込み、しかしすぐに消えたかと思うと、続いて宝石そのものに変化が。
「巨大化、しているだと……?」
見る見るうちに大きくなり、ハイドと同程度の大きさまで来たところで、膨張を止める。
すると今度は、宝石の形が変わり始める。
丸かった形が次第に縦長になり、その下半分ほどが二股に分かれ、一番上は丸く。その少し下から左右に伸び、すぐに下に垂れる。更に後ろには、長く厚い棒が二本。
――そう、まるでこれは、人の形。
人型となった宝石は細かな造形を終えると、赤いままの瞼をゆっくりと開く。
そこにいたのは、これまで相手にしてきた人型とは明らかに異質な存在。その姿はまるで、
「……俺、か?」
ハイドの生き写しのよう。
ハイドを模した人型は、妙に人間臭い笑みを浮かべ、口を開く。
『そう、俺はお前さ。見た目も、脳味噌も、記憶までお前を引き継いだ、完璧なお前。あぁ、この肌の色だけが違うかな?』
声まで、完璧にハイドのもの。しかしその喋り方は、彼とは程遠い。
「……どういった原理なのかはよく分からんが、どうやらお前が敵なのは間違いなさそうだな」
『そうさ、その通り、俺は敵さ! 俺はお前を殺して、俺になるんだ!』
「…………」
無言で剣を抜くハイドと、それと全く同じ動作で剣を抜く人型。それきり、どちらも動こうとしない。
(……埒が明かんな)
相手も仮にも自分である以上、様子見など何の意味もないと悟ったハイド。踏み込みのためほんの少し姿勢を変えると、人型もそれと全く同じタイミングで同じように姿勢を変える。
同時に動き出し、右の剣で切り結ぶ。鍔迫り合いをしたまま、左の剣を振り下ろすと、同じ軌道をなぞった人型の左の剣に止められる。
左右の剣を同時に弾き、無理に剣を引き戻そうとせずにそのまま蹴りを入れる。真正面から向かってきた蹴りに止められる。
攻撃の全てが、同じタイミング、同じ位置、同じ威力で相殺される。それはもちろん相手にとっても同じではあるのだが、攻撃が通らないことに変わりはない。
互いに何も言わず、しかし示し合わせたように同時に距離を取る。
『……面倒だな。そろそろ決着をつけようじゃないか。なぁ、俺?』
「……フン」
これまでのは、ただの様子見だった。相手がどれだけ正確に自分を模しているのか。向こうからすれば、自分はどれだけ正確に相手を模せているのか。
だがそれは、もう終わりだ。これからは、互いに本気で戦う。
二人とも、やはり全く同時に動き出した。
++++++++++
同じ力量の者同士の戦い。それは、中々状況も変わらず、長引く――そう、人型は思っていた。
しかし、実際はそうではなかった。
『何故……何故俺だけが攻撃を受けている……? 何故お前は無傷なんだ!?』
戦いが進むにつれ、傷を負っていたのは人型の方だった。
狼狽する人型に、ハイドは冷ややかな目を向ける。
「自分の弱点を把握していないとでも?」
まして、それを克服するために試行錯誤を続けていたのだ。弱点については熟知している。
「……そろそろ、決着をつけるか。俺」
先程の人型と似たような台詞を放ちながら、ハイドは既に満身創痍の彼にゆっくりと歩み寄る。
そして、無言で剣を振り上げ――
『クソが……クソがぁぁぁああああっ!!』
一番下まで、一息に振り下ろした。
「……思ったより、時間を食ってしまったな」
何でもないように呟くハイドの足下では、真っ二つに切り裂かれた人型の体が宝石に戻り、そして、ドロリと溶け始めていた。