買い出し、そして
ユウシアがリルの護衛を始めて一週間と少しが経ったが、未だ、犯人側に動きは見られなかった。
だからといって今後の襲撃を警戒しないほどユウシアも馬鹿ではないが、多少警戒が緩んできているのは確かだった。
「――あら? ユウシア様、お出かけですか?」
身支度を整えるユウシアを見て、リルが声をかける。
「うん、ちょっと買い物にね。……ほら、ハクがよく食べるからさ……」
「ぴ?」
「あぁ……」
ユウシアの言葉に、何やら察したような声を上げるリル。
そう、よく食べるのだ。何せ、ユウシアがハクを見ると、大抵は寝ているか食べているかのどちらかなのである。あまり放置しておくと王城の食糧庫に大打撃を受けそうなので、自分の従魔の食事くらい自分で賄わなければ、と思ったのだ。
そのため、城下町で食料をいくらか買いに行く予定だ。
リルが自分も付いていこうと口を開きかけるが、ユウシアはそれを遮って止める。
「リルは、今日は仕事があるんでしょ?」
「うっ……で、ですが……そうです、ユウシア様、私の護衛は……!」
「今日なら他にも人がいるでしょ? だから今日を選んだんだし」
「うぅ……しかし、ユウシア様以上の実力者など、ここにはいませんわ!」
「そんなこと言わないの。……諦めが悪いなぁ」
まったく、と息を吐いたユウシア。最近はいっそうユウシアにベッタリなリルを愛らしく思いながらも、このままじゃあいけないと、少し笑いながらリルの頬をつまむ。
「うりっ」
「うにゅっ」
そのまま、ぐにぐに、ぐにぐに、と。
「……ユウヒアはま?」
「時にリル君」
いきなり変わったユウシアの口調に、可愛らしく首を傾げるリル。
「今、俺にほっぺたをいじられてるわけだけど、感想は?」
「ユウシア様と、触れ合える、至福の時ですわ」
「……あぁ、うん、そう」
あっけらかんと答えるリルに、「こいつホントに大丈夫か」なんて心境に。
「じゃあ」
そう言って、ユウシアはパッと手を離す。
「帰ってきたら、もっと触れ合おうか」
リルはその言葉に、キラキラと目を輝かせて、
「はいっ! 仕事を全て終わらせて、お待ちしておりますわ!!」
「よし、頑張れ!」
リルのやる気がこれまでに類を見ないほどだったのは、言うまでもないだろう。
++++++++++
「……とりあえず、これだけ買えば十分?」
城下町を歩き回り、ハクが少しでも興味深げに見ていた食材は大量に購入して、を小一時間ほど繰り返していたユウシア。【収納術】により大量の食材が入っているにも関わらず重さがほとんど変わらないリュックを背負ったまま、前をパタパタと飛ぶハクに問いかける。
その質問に答えるように翼を広げ、「ぴぃっ!」と鳴くハク。どうやら、とりあえずこれでいいようだ。
「ユウ君、随分買ったよね」
「そうだなぁ。結構な出費だよ」
王城を出るときにバッタリ遭遇し付いてきたアヤの質問に、ユウシアは苦笑いしながら答える。黒竜の討伐によりかなりの金を手にしたとはいえ、さすがに食品店の店員が笑顔を引き攣らせるほどの大量購入は、彼の懐にも相当な痛手だったようだ。
「これでしばらく持つといいんだけど……」
「ハク、食べる量どんどん増えてるしねー」
「そこなんだよな……」
はぁっ、と、困ったようにため息を吐くユウシア。
当のハクは、そんなユウシアの気苦労などいざ知らず、アヤに与えられた木の実を美味しそうに頬張っている。
「成長期なんだね」
「まだまだ産まれたばっかだけどな」
「ぴぃいっ!」
自分はこんなに大きいんだぞ! と主張するように、ユウシアの目の前で大きく翼を広げるハク。そんな行動を可愛いと感じたのか、アヤがすぐさま捕らえ、ぎゅうっと抱きしめる。
「ぴぃ……」
呻くように鳴くハクに、ユウシアが「頑張れよ」という思いを込めた視線を送る。
それを受けたハクは、アヤの拘束から逃れようと必死に身をよじるが、結構な力で押さえられているのか中々抜け出すことが出来ない。
縋るような目を向けてくるハク。そろそろ助けてやろうかとユウシアがアヤに声をかけようとした、その瞬間だった。
ドッ、ゴォォォォオオオオオオンッッッ!!!
耳をつんざくような、轟音。
そして、その音源は、
「城……?」
そのアヤの呟きに合わせて、ユウシアが叫ぶ。
「リルッ!!」
そのまま、【集中強化】を脚力に全振りして走り出そうとするユウシアの腕をアヤが慌てて掴んで止める。
「アヤ……?」
不思議そうな声を上げるユウシアの目を、アヤはまっすぐ見ながら言う。
「私も、連れて行って」
「……でも、あれは明らかに危険だ」
「それでもだよ。危険なのが分かってて、大事な友達を放ってなんておけない。それに、こう見えても私、結構頑張って魔法の勉強してたんだよ?」
そう言って微笑みかけてくるアヤ。ユウシアは諦めたように「分かった」と返し、改めて王城の方を向く。
しかし、再びアヤに引き止められる。
「今度は何さ」
すぐにでも向かいたいというのに何度も止められて、少し苛立ったように聞くユウシアにアヤは自慢げな笑みを向けると、一瞬瞑目してから口を開く。
「『繋ぐは風、風の精霊。汝、我が脚と成り、翼と成りて、我等を運べ』〔エアロ・ブースト〕」
自身の魔力と大気中の霊力を結びつけ、そこから各属性の精霊を呼び出し、力を発生させる。それが、魔法の手順だ。
それを、ユウシアから貰った魔導具であるブレスレットに溜め込まれた彼の魔力を用いて、完璧にこなしたアヤが魔法を発動すると、周囲から集まった風がユウシアたちの体に纏わり付く。
「これは……?」
「いいから。ほら、ユウ君、私を抱えてダッシュだ!」
「抱えてですか……了解、行くよ!」
「おー!」
些か緊張感に欠けるかけ声を上げるアヤを小脇に抱えたユウシアが、全力で走り出す。一歩目で地面が抉れ、二歩目で体が宙に浮き、三歩目は遠く離れた場所で。
「はっや……!」
「これ、がっ、加速魔法、のっ、力だよっ!」
踏み込みの反動で体をガックンガックンと揺らしながら誇らしげに言い放つアヤ。
「ぴぃぃぃいいっ!」
いつの間にかユウシアのフードに入っていたハクが、振り落とされないように必死で掴まりながら声を上げる。
「よし……これなら、すぐに城に着く!」
思わず笑みを浮かべるユウシア。その視界の端に、何かに反射された陽光が届く。
思わずちらと目を向けたその先、大空を王城から離れるように移動するのは、よく見慣れた桃色の輝きだった。
さてさて、やっとメインイベントですよ!
いやぁ、長かった。あと、やっと魔法出せた。詠唱考えるのめんどくさかった。