建前
「――って、いいんですか? 部屋に入れちゃって」
ハイドに連れられてきたのは、彼の私室だった。
「構わん。どうせほとんどいない場所だ」
素っ気なくそう答えるハイド。
言われてみてみると確かに、なんというか、生活感が感じられない。私物もほとんどないし、モデルハウスといえばこんな感じだろうな、とまず思える部屋だ。
「座れ」
部屋の真ん中に無造作に置かれた机に、椅子。そこにドカッと座り込んだハイドが、命令口調で促す。
彼によく合ったとも思えるそのセリフに、特に気分が悪くなることもなく、ユウシアとリルも席につく。
「――さて、それでは話してもらおうか」
「はい」
ハイドの言葉に頷き、ユウシアは今回の出来事を話し始める。
++++++++++
「ふむ……謎の赤い人型、か」
ユウシアの話を聞き、ハイドは顎に手を当てて何かを考える。
「……情報が少なすぎるな。しかし、リルが狙われているとなると、護衛を――」
「その必要はありませんわ!」
「――何?」
ハイドの言葉を遮って主張するリルに、彼は訝しげに問い返す。
「ユウシア様に、守って頂きますから!」
リルは、ユウシアに抱きつきながら言う。完全にノリがバカップルのそれな気がして、ユウシアはなんとも言えない表情に。
ハイドは呆れたように顔に手を当て、ため息を吐いている。「うちの妹は一体どうしたんだ」なんて感情が見て取れる。
「分かった……と、言いたいところだが」
「?」
首を傾げるリル。
「そいつの実力が分からん以上、妹の護衛を一任することは出来んな」
「……俺に、どうしろと?」
ユウシアがそう聞くと、ハイドは少し楽しそうにニヤリと笑って答える。
「そうだな、俺と闘ってもらおうか」
その半ば予想通りの答えに、思わずため息を吐くユウシア。
(絶対この人、そんな理由は建前だよ……)
「……分かりました。それで認めてもらえるなら」
どうにもそれ以外に方法はなさそうなので、渋々、といった感じで頷くユウシア。
(……っていうか、まさか最初からこれが目的だったりは……さすがに考えすぎか?)
半分ほど、当たりだ。
++++++++++
王城の敷地内に、騎士達のために建てられた訓練場がある。当然、と言っては何だが、ユウシアとハイドの模擬戦はそこで行われることになった。
「相手に参ったと言わせるか、気絶させれば勝ち。当然、殺しはなしだ」
訓練場の真ん中で向かい合った状態で、ハイドがルールを説明する。
「武器は?」
「普段から使っているものでいいだろう。俺もお前も、間違って殺してしまうようなヘマはしまい」
「分かりました」
念の為確認しておいたユウシアだったが、実はそんな必要なかったりする。何故なら、ハイドが既にフル装備だから。
ユウシアが短剣を抜くと同時に、ハイドも背負った大剣を抜く。――二本、両方とも。
「……まさかとは思ってたけど、本当に大剣で二刀流とは……」
そのユウシアの呟きにハイドはフッと笑うと、審判役を買って出たリルに目配せする。
頷いたリルは、右手を挙げて――
「――始め!」
振り下ろす、その瞬間、ユウシアは懐から取り出した投げナイフを数本投擲する。
カカカカンッ!
その全てがハイドが操る大剣に防がれ、弾かれ、落とされる。
「そんな奇襲が通用するとでも――むっ?」
ハイドが訝しげな声を上げたのは、大剣を下ろした先にユウシアの姿がなかったから。
「……なるほど。あの投げナイフは囮だったという訳か」
「正解です」
「ッ!?」
いきなり隣から聞こえた声。咄嗟に反対側へ跳び、それと同時に斬りつけるが、大剣は何もないところを空振りしてしまう。
「完璧な隠密行動だな……いや、見事。だが、そのような戦い方で護衛が務まるか?」
そうユウシアを賞賛する間も、ハイドは目を忙しなく動かし、ユウシアの気配を探っている。油断のない立ち姿に、ユウシアも攻めあぐねていた。
「――なるほど、確かにそれもそうですね」
だから、ハイドの言葉に乗ってみることにした。
そう返すと同時、ハイドの後方で【隠密】を解除する。
ユウシアの気配に気付き、振り返るハイド。
「流石暗殺者、とでも言うべきか。――忘れ物だ」
ハイドに投げ渡されたのは、最初に投擲した投げナイフ。
「どうも」
そう軽く例を述べて、出したときと同じように懐にしまい直す。そのままそれじゃあ、と呟き、
「そろそろ、行きます、よっ!」
一気に突っ込む。
迎撃のため大剣が振るわれるが、ユウシアは余裕を持って回避する。
(くっ、近付けない……!)
嵐のように振られるハイドの大剣。パッと見細身のその体のどこにそんな力が、と不思議に思えてくる。ユウシアも【完全予測】を使用してなんとか躱しているが、次第にギリギリになっていく。
そんな攻防はおよそ五分もの間続き、どうしても避け切れない攻撃が互いに掠り、小さな傷が目立ち始めてきた、その頃。
「…………」
黙り込んで淡々と攻撃を続けるユウシアに対し、ハイドの動きは少しずつ精彩を欠き始め、彼の額には汗が浮かんでいた。
「くっ……!」
段々と抜けていく力に抗えず、膝をついてしまうハイド。
しかしそこに、覚悟していた追撃は来ない。
「――殿下」
代わりに飛んできたのは、ユウシアの声。
「一流の暗殺者を相手にするのは、初めてですか?」
「……いや。何度か、狙われることはあった」
ユウシアの質問に答えるハイド。少しでも回復するため、時間を稼ぐつもりなのだ。
「それなら、思い出してみて下さい。その暗殺者達が、どんな小細工を弄してきたか」
「……毒、か」
「その通りです」
そう返しながら、ゆっくりと近付いてくるユウシア。
「予め、刃に麻痺毒を塗っておきました。効くまでに少し時間がかかりましたが、少なくとも後三分はまともに動くことすら出来ないはずです」
ハイドの目の前に立ったユウシアは、短剣を突きつけると、勝利を宣言した。
「――チェックメイト、ですね」
「……あぁ。俺の負けだ」
え? 卑怯? いやいや、暗殺者さんは確実に勝ちに行くんです。多分。