第三王子
謁見の間に始まり、食堂や書庫、庭園、使用人の居住スペースに少し外れにある兵舎、それに隣接して建てられた訓練場、果ては普通なら絶対に入れないであろう王族の居住スペースなど、リルとフィルが思いつく限りの場所を案内し、時は夕方。
「いやーっ、お城ってやっぱり凄いねー!」
「そうだなぁ。あっさり迷う自信がある」
んーっ! と、背筋を伸ばしながら言うアヤに、苦笑しながら少し疲れたように返すユウシア。広い上に複雑なのだ。どこかしらで迷いそうなものである。
「うむ。私も、時々迷ってしまうことがあるぞ!」
「フィル、そこで威張るのはおかしいですわ。色々と。あと、何故自分の家の構造を把握していないのですか」
リルのジト目に、フィルはさっと目を逸らす。
と、そこに、前から歩いてくる人影が。
「――お前達」
こちらの前で足を止めると、無表情でそう呟くのは、腰に剣を携えた男。その視線は、リルとフィルに注がれている。
「ハイドお兄様……お帰りになられていたのですね」
リルが返した言葉に、ユウシアが眉を上げる。その名には、聞き覚えがあった。確かラウラに、この国について教わっているときに聞いた名前だ。
ハイド・ギルティカ・ジルタ。それが、今ユウシア達の前にいる男の名前だ。
フィルに似た赤髪と、同じ色の双眸が特徴的。その顔はよく整っており、そのイメージカラーとは違って冷静沈着、という言葉がよく似合いそうだ。
ちなみに、監禁部屋にてリルが話していた、「よく監禁部屋に放り込まれる兄」というのはこの人のことである。
この国の第三王子だが、割と好戦的な性格で、監禁部屋をよく利用するのもそれが災いしてのこと。フィルと同じように騎士としての肩書も持っている。――と、いうよりは、フィルが彼の影響を受けている、といった感じだが。
さて、そんなハイド王子だが、リルは彼を少し苦手としている。その理由は、今も見せている感情の伺えない表情であり、
「襲われたと聞いたから念の為見に来たが……フン、存外元気そうではないか」
この、大して心配していなさそうな、自分の妹達に興味がなさそうな態度である。
「……はい。こちらにいるユウシア様に助けて頂きましたので」
その言葉を受けてユウシアに目を向けるハイド。ユウシアはそれに対し、軽く一礼する。跪いたりしないのは、リルやフィルと親しい間柄なのもあるし、何より国王であるガイルに、「リルの命の恩人なんだから、そんなに畏まらないでほしい」と言われていたこともある。国王にそう言われるのなら、王族全体に適用されると考えても、まぁ問題はないだろう。多分。きっと。
「そうか、お前がユウシアか。……父から話は聞いている。妹と婚約するそうだな」
「……いえ、あくまで俺は候補ですので」
そのユウシアの返事に、もう一度「そうか」と呟くと、軽くリルを一瞥して、ユウシアの横を通り抜ける――その刹那。
「――ッ!」
キィンッ!!
鳴る金属音に、散る火花。
「……ほう、これを止めるか」
「初対面の相手に向かっていきなり襲いかかるなんて、随分とご挨拶じゃないですか? 王子殿下」
そう。ハイドがユウシアの横を通り抜けるその瞬間、いきなり腰の剣を抜き打ちしてきたのだ。ユウシアはそれをかろうじて短剣で止めたが、しかしその速度はかなりのものだった。
「……剣を引いてください。このままへし折りますよ?」
ユウシアが鋭い眼光を向けながらそう頼む……いや、脅しに近いだろうか。
ユウシアの短剣、ソードブレイカーと呼ばれるそれは、本来は櫛のようにギザギザの峰を梃子の原理で利用して、細剣などの細身の武器を破壊するためのもの。しかし黒竜の角から作り出されたユウシアの短剣は、鉄製の大剣だろうが破壊できる程の耐久力を備えていた。
「……フンッ」
そう、少し楽しそうに鼻を鳴らしたハイドは剣を引くと、そのまま歩き去っていく。
「あの人、自分の家族が危険に晒されたっていうのに、心配の一つもないの!? っていうか、いきなりユウ君に襲いかかったりして! 許せない!!」
ハイドの姿が見えなくなったあたりでアヤが憤慨するように声を上げる。
しかし、
「……いや、多分、不器用なだけだと思う。俺に襲いかかったのは、単純な好奇心だろうな」
そう、含み笑いで言うユウシア。
「どういうこと?」
「んー、とりあえず、元暗殺者さんは人の感情を読むのもそこそこ得意、とだけ言っておくかな」
「???」
首を傾げるアヤに、ユウシアは曖昧に答える。アヤのハテナが更に増えるが、ユウシアは後は自分で考えて、とばかりに笑うだけ。
「むぅ……」
アヤは少し不満げにそう言ったあと、諦めたように息を吐く。
そしてそれと同時に、リルからもほっ、と息が。
「リル、あの人苦手?」
「……はい、少し。悪い方でないのは十分分かっているのですが、何を考えているのかが分からなくて……」
ユウシアの問いかけに、リルは困ったような表情で返す。その隣にいるフィルも似た表情をしていることから、同じような意識なのだろう。
そんな二人に、ユウシアは軽く助言する。
「ありのままでぶつかってみれば、意外と打ち解けられるかもね」
「えっ? それは、一体どういう……」
リルが聞き返すが、しかしユウシアは、これで話は終わり、と言うように歩き始めてしまった。
さぁ、ハイドさんは重要キャラになるのだろうか。でも、珍しく今回の思いつきじゃないキャラです。ニ、三話くらい前に浮かんできた(十分遅い)。