ギール暗殺
揃って頬を染め、気恥ずかしそうにそっぽを向いて城の廊下を歩くユウシアとリル。
(どうしよう、この空気……)
何とも言えない表情で考えるユウシアだが、こういった場面に陥った経験がない彼には何一つ思い浮かばない。
だがしかし、このままにしておいても何も解決はしない。とりあえず何か言おうとユウシアが口を開き、
「あの、――あれ?」
ふと気付く。
「ねぇ、リル。なんか騒がしくない?」
【五感強化】の恩恵か、スキルを発動していなくても常人より少し優れたユウシアの耳に、何やらざわめきが届いたのだ。リルに同意を求めたのは、それを意識していなかった故か。
「そう、でしょうか?」
まだ恥ずかしいのか、少し言葉を途切れさせながらも首を傾げるリル。
それにユウシアは頷きを返す。
「うん。これは、下……それも大分だ。地下……?」
空間把握能力に長けているのは、前世、暗殺者時代の名残だろう。ただ、微かな音から探るというのは頭がおかしいとしか言いようがないが。
「地下と言いますと、地下牢でしょうか……。今はギール達しかいなかったはずですが、少し気になりますわね。行ってみましょう」
「うん」
++++++++++
王城地下。
ユウシアの耳がキャッチした通り、そしてリルが予想した通り、地下牢の辺りに数名の騎士が集まっていた。
「――どうなされたのです?」
その平常ではなさそうな様子を見た途端リルは歩く速度を上げ、近くの騎士にそう声をかける。
「王女殿下!? ――はっ、し、失礼致しました!」
そちらを振り返り驚きに目を丸くして、次いで慌てて跪く騎士。
その慌てようにリルの存在に気が付いた他の騎士達も同様に膝を付く。
そして、騎士達の頭が下がったことによって見えた先には、何やら神妙な顔をして考え込んでいるらしきセリックの姿が。
彼もこちらに気が付いたようで、少し驚いたように眉を上げる。
「王女殿下」
「セリック様、これは一体?」
「実は……」
セリックは、少し言いづらそうに牢屋の方をちらっと見る。
そこは丁度、ギールが収監されていた場所。
「? ギールが何か?」
不思議そうに牢屋の中を覗き込もうとするリルを、セリックが慌てて止める。
「見てはいけません、殿下!」
「えっ?」
戸惑ったような声を上げるリルの横を、ユウシアはするっと通り抜ける。
何せ、先程から空気の流れに乗ってうっすらと流れてくるこの臭い。
これは、間違いなく、
(血の臭い……!)
そう。前世では慣れていた、血の臭いだ。
「ユウシア君!?」
自分の横を音もなく通り抜けるユウシアを見て、セリックが声を上げる。
しかし、ユウシアはそんなこと意にも介さず、ギールがいるはずの牢屋を見る。
そこには、
「これ、は……」
赤い大剣で胸を貫かれ、壁に磔にされたギールの姿が。その顔は驚愕に目を見開いたまま硬直している。
なるほど、これはリルに見せる訳にはいかないだろう。
そこに、リルを他の騎士に任せたらしいセリックが寄ってくる。
「今朝、兵が朝食を運んできたときには既にこうなっていたらしいのです。犯人の目星も全く付かず……。調べようにも、その大剣が壁に相当深く突き刺さっているようで、抜けずに困っているところです。これでは、ギールの遺体を弔うことも出来ない」
「犯人……シンプルに考えると、口封じ、ですかね?」
「その可能性が一番高いでしょうね。彼は別に人に嫌われるような性格でもありませんでしたし」
それを聞いたユウシアは、頷きながらギールの方へ近づいていく。大剣が抜けるか確かめるためだ。
そしてユウシアはそのまま、大剣の柄に手を触れる。
その、瞬間。
「ッ!?」
唐突に走った謎の感覚に手を離してしまうユウシア。
その感覚が走った場所は、額。女神の紋章がある場所だ。
それに眉を顰めたユウシアは、改めて赤い大剣を見て思い出す。
そう、赤い、大剣だ。
――「赤のオーブ」の反応をキャッチしました。
昨夜ラウラは、確かにそう言っていた。
赤という共通点だけだともちろんただのこじつけにしか思えないが、あの謎の感覚が走った場所は額なのだ。女神の紋章が、女神の力が宿る額。
過去にラウラが言っていた、「オーブが近くにあればなんとなく分かる」という言葉。
それはつまり、女神の力に反応するということ。
ならばこの、女神の力に反応するような感覚は取りも直さず、オーブの反応に他ならないのではなかろうか。
この大剣がオーブそのものであるとは思えないが、それと密接な関係があると考えられる。
「……ユウシア君?」
セリックに声をかけられ、ユウシアは思考の渦から復帰する。
「すみません、少し考え事をしていました」
そう軽く謝って、ユウシアは再び大剣に手をかける。
再び走る、あの感覚。
ほんの少しだけ不快であるそれを無視して、大剣を握りしめ、全力を以て引き抜きにかかる。
しかし、
「ふ、くっ……!」
ビクともしない。
「うぎぎぎぎ……!」
普段は上げないような声まで上げて踏ん張るも、本気で全く動かない。
「っ、はぁっ! はぁっ、はぁっ、はぁっ……なんだこれ、深く刺さってるとかそういう話じゃないぞ……」
「そうですね、何か別の力でも働いているのでしょうか……」
うーん、と。二人して考え込む。
と、そこへ、リルの声が。
「ユウシア様ー! どうなっているのですかー?」
「え? あ、えぇと」
リルの元へ戻る前に、ちらとセリックを見る。
「……凄腕の魔術師や研究者に調べさせましょう。ユウシア君は、王女殿下と一緒に」
「はい」
セリックの頷きに頷きを返したユウシアは、リルに事情を説明するために、彼女を引き連れて与えられた自室へ――戻る前に、朝食を食べに行った。