地下牢にて
夜。
自分に割り当てられた部屋のベッドに寝転がり、さて眠ろうか、と目を閉じたユウシアの頭に、声が響いてくる。
『……さん! ユウさん!』
「……あれ、ラウラ?」
寝転がったままそう呟くユウシア。
「なんで声が……あっ、教会」
不思議そうにそう言ってふと窓の外を見ると、すぐ近くに教会の十字架らしきものがあった。王都の教会なだけあって王国一大きなここなら、ラウラの言う「神気」とやらも十分なのだろう。
『はい。結構大きな教会のようでして、近くにいるだけでもこうして話すだけならなんとか……っと、それよりも』
「ん?」
『ユウさん』
ユウシアが問い返すと、ラウラの少し不機嫌そうな声が。
「何さ」
『私、見てましたよ? 王女様といい感じだったじゃありませんか』
「いや、いい感じって、別にそんな……こと、ない?」
とは、全くもって言い切れない。
『ありました。それはもう、とてもありましたよ、ユウさん』
「……いや、そうだったにしても、なんでラウラが気にするのさ」
『……小さい頃は、私と結婚するって言ってくれてたのに』
「今それ関係ある!? ――あっ」
思わず声を荒らげた霧也。時間を思い出しバツの悪そうな表情になる。
「いや、それは、精神が肉体に引っ張られてたっていうか、なんていうか……」
『……まぁ、いいでしょう。ユウさん、育ての親として言っておきます』
真面目な声になるラウラ。
『結婚するなら、何があっても幸せにしてあげるんですよ?』
「……一応、決意表明は国王陛下にしておいたはずなんだけどな」
『はい。ですからそれが嘘にならないように、頑張って下さい、と言いたいんです』
「分かってる」
そう簡潔に答えるユウシアにクスリと笑ったラウラは、軽く咳払いをして再び話し始める。
『本題に入りましょうか』
「あ、本題あったんだ」
『もちろんです。なんの理由もなく話しかけることなんて……あんまりありませんから』
あんまりか、と、ユウシアは呆れたように笑う。
『それで、ですが、実は、オーブが一つ見つかりました』
「なっ!?」
驚きのあまり跳ね起きるユウシア。
『先程、とても微弱でしたが「赤のオーブ」の反応をキャッチしました。正確な位置は分かりませんでしたが、一時的には間違いなくユウさんの近くにありました。……微弱すぎて、ユウさんには感じ取れなかったのかもしれませんね』
すれ違っていた、ということだろうか。
それらしい物はあっただろうかと、ユウシアは今日の記憶を探る。
『……ですが、オー……がい……て……』
「ラウラ?」
突然、脳内のラウラの声が電話の通信が不安定になったかのように途切れ途切れになる。
『……あー、あーっ。すみません、ユウさん。この辺りに溜まっていた神気を使い果たしてしまったようです。また何日かすれば、溜まるとおも……で……』
それを最後に、ぷつりと途切れるラウラの声。今度こそ本当に、神気とやらがなくなってしまったのだろう。
「ですが、の続き聞きたかったんだけど……でも、オーブの近くに行った、か。まさかこんなところにあったとは……」
再び寝転がりながらひとりごちるユウシア。
「……寝よ」
そう呟いて、瞼を閉じた。
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王城、地下。
「どうしてこんなことに……。私が一体何をしたと言うのだ……」
みすぼらしい服を着せられ、牢屋の隅に蹲った元騎士――ギールが、呆然とそう呟く。
彼は先程から、ずっとこれしか言っていない。何故、どうして、と、ただ延々と繰り返しているのだ。
何日前だろうか。もしかしたら数週間、いや、一ヶ月になるかもしれない。彼にはその間の記憶がさっぱりなかった。そしてつい数時間前に正気を取り戻し、自分の罪状を聞いたときは愕然としたものだ。
本来ギールは、彼が殺そうとした相手である第一王女、リルをとても慕っていた。それは尊敬、というよりも、恋慕に近い感情だったかもしれない。しかし、彼女への忠誠心は人一倍だったのだ。若干強すぎた感は否めないが、それにしたって、自分が彼女を殺そうなどとあり得ない、と、ギールはずっとそれだけを考えていた。
――そう。そうだ。あの日、リル王女殿下の護衛任務を言い渡されたあの日の夜だ、自分の最後の記憶は。
それをやっと思い出し、しかし、そんなことはなんの解決にもならず、ギールは再び呟く。
「……なんで、こんなことに……」
「クククッ、おめぇが王女を殺そうとしたからだろ?」
「ッ!?」
ギールの呟きに返すように聞こえたその声に、彼は顔を跳ね上げる。
「よォ。久しぶり、っつうべきか? ククッ」
牢屋の鉄格子の外。夜の闇に浮かぶのは、真紅の双眸に、血のように真っ赤な髪。
「誰だ!」
ギールのその言葉に答えるように、闇の中の人影が一歩前に出る。その手に持つのは、人影の瞳や髪に合わせたかのように真っ赤な大剣。
そして、やっと見えたその顔は、とても見覚えのあるもので――
「お前は……いや、あなたは……!」
その呟きと同時。ギールの失われていたはずの記憶が、少しずつ浮かび上がってくる。
――そうだ。あの時確か、この人に呼ばれて……!
「あーあ、思い出しちまったか? いや、この場合は俺がわりィのか? まァ、どっちでもいいか」
顔を歪めて笑うその人影は、大剣を片手で軽々と引くと、そのまままっすぐ突き出した。失われた記憶が浮き上がるその不快感に頭を抱えているギールの、胸元へと。
「うっ、ぐっ……」
大剣は、ギールの心臓を貫き、そのまま彼の体を突き抜けて後ろの壁に突き刺さる。
「こんなことする必要はなかったかもしれねェけど、思い出されたらたまったもんじゃねェしなァ。それに……」
殺しが楽しくてたまらないんだ、と、そう主張するように笑ってみせる。
「ゴフッ……」
ギールが吐き出した血をその身に受けるも、それすらも気持ちがいいのか笑ったまま。
「クッ、クククッ……ヒャハハハハハハッ!!」
その狂ったような笑い声を最後に、ギールの意識は永遠の闇に包まれた。
さぁ、なんか大事件の予感ですよ?