自分の気持ち
今回は結構真面目な話です。
ガイルが出ていった扉を恨みがましい目で見つめるユウシアに、リルが申し訳なさそうに声をかける。
「申し訳ございません、ユウシア様。父がご迷惑を……」
「……いや、もうなんか色々と諦めてるからそれはいいんだけどさ……」
言いながらユウシアは、部屋の中をぐるりと見渡す。
「扉は監禁部屋なだけあって金属製で頑丈。窓はあるけど、大分高い位置だな……」
それを確認したユウシアが、はぁとため息を吐く。
「ちなみにだけどリル、この扉を壊したりは……」
「出来るかどうかは分かりませんけれど、出来ればやめていただきたいですわ。よくここに放り込まれる兄がいますから……」
「……よく監禁部屋に放り込まれる王子って……」
「そのお気持ちはよく分かりますけれど、血の気の多い兄でして……。フィルがよく懐いていますわね」
「あぁ、うん。なんか分かった」
ユウシアは苦笑いしながらそう呟いて、そういえば、と続ける。
「アヤとフィルは何やってるんだろ」
そう。王城に到着したユウシア達だが、客室で少し待たされたあと、事情説明のため先に向かっていたリルが戻ってきて、ユウシアだけが国王の書斎へと連れて行かれていたのだ。そのときはアヤとフィルは楽しそうに話していたのだが……。
「私達の戻りが遅いことには気がつくと思いますが……。意外と、気にしていないかもしれませんわね。あのお父様のことですから、隠したりはしないでしょうし」
「そうか。じゃあ……ハク」
「……ぴ?」
ユウシアのフードからもぞもぞと出てくるハク。
「静かだと思ったら……また寝てたのかお前は」
「ぴぃ……」
「眠そうなところ悪いけど、一つ仕事を頼まれてくれ」
そう言ってユウシアがハクに渡したのは、一枚の紙。
「これをアヤに渡してくれ。その後は好きにしてていいから」
「ぴぃっ!」
一声鳴いたハクは紙を咥えると、高い位置にある窓から飛び出て行く。
「あの、ユウシア様、今の紙には、何を……?」
そのリルの質問に、ユウシアは何でもないように答える。
「いや、アヤでもフィルでもいいから、国王一発殴っといてくれって」
「えー……」
リルが呆れたような声を出すが、まぁ、仕方のないことだろう。
「さて」
ユウシアはそう言いながら、部屋の中に設えられた高そうなベッドに腰掛ける。監禁部屋なのに、と思わないでもないが、王子が閉じ込められるようなところなのだ。そうおかしいものでもないだろう。
「扉を壊すのは駄目。窓から出るのも無理なら、当然だけど内鍵がないからピッキングも出来ない。で、他に出れそうな場所もない。……これは本気で、一晩過ごすことになるかもな……」
ユウシアは、再び深くため息を吐く。その表情からは、どうしてこうなった、という感情が見て取れる。
と、そんなユウシアの隣に、リルが座る。
「私と一晩過ごすのは、嫌、ですか……?」
「いや、別にそんなことは……っていうか、君こそ俺なんかと……」
少し悲しそうな表情を見せるリルから目を逸らしつつそう答えるユウシア。彼の言葉に、リルは首を振る。
「ユウシア様と一緒で、嫌だなどと、そんなことあり得ませんわ」
「あり得ないって……ねぇ、リル」
「はい?」
リルの言葉に苦笑していたユウシアは、真面目な表情になって続ける。
「陛下が言ってた、結婚がどうのっていうの……まぁ、冗談だとは思うけど、リルはどう思った?」
「それは、お父様が冗談で言ったのか、という意味ですか? それとも、私とユウシア様の結婚に関してですか……?」
「娘から見てあれがどれだけ本気だったのかも聞いてみたいところではあるけど、後者だ」
リルは俯いて少し考えてから、「半分は本気だったように思いますけれど、」と少し笑いながら前置きして話し始める。
「恐らく、ですが、私は今後、お父様に――国王に決められた相手と、結婚することになると思うのです。そういう意味では、ユウシア様もお父様に選ばれた相手ということになるかもしれませんが、もちろんそういう意味ではなく、貴族の……」
「……よくは分からないけど、多分そうなんだろうな」
「はい。そんな、よく知らないような相手と結婚するくらいなら、ここでユウシア様と……という気持ちもありますわ。ですが、そうなると他の有力貴族からの反発は免れませんし、それはユウシア様がお父様の仰ったように学校へ行き、貴族位を手にしても変わらないかもしれません。どちらにしても、ユウシア様にご迷惑をおかけすることに……」
ベッドの上に足を乗せ、膝を抱いた姿勢で話すリルに、ユウシアは諭すように口を開く。
「……とりあえず今は、俺への迷惑だとか、そういうのはどうでもいいよ。君がどうしたいかを聞きたいんだ。……俺も、出来るだけ真面目に考えるから」
そう話すユウシアだが、内心、「俺は何を言ってるんだ」という気持ちは大いにある。結婚がどうとか、前世を通して見ても真面目に考えたことなど一度もないし、そもそも恋をした経験すらない。そもそも、まだ会って一週間やそこらの相手と結婚など、いくらなんでも早すぎる、という気持ちもある。もちろん、リルのことは好きか嫌いかで言えば、「好き」の方に大きく気持ちが傾くが、それが人としての好きか、異性としての好きかと聞かれたら、迷わず……いや、もしかすると多少は迷うかもしれないが、「人として好き」と答えるだろう。
ならば何故こんなことを聞いたのか、となると、なんとなく、としか言いようがない。なんとなく、聞きたくなったのだ。
自分の心に渦巻くそんなよく分からない思いに少し迷っているユウシアと同様に黙り込んで考えていたリルが、顔を上げて、自分の気持ちを確かめるようにしながらゆっくりと話し始める。
「……最初、あの広場で、私の話を聞いているユウシア様の姿は、初めから見えていましたわ。フィルから聞いた、黒竜を倒した暗殺者というのが貴方のことだというのは、白竜の子どもを連れているのを見てすぐに気がついて、少し興味がありましたの。ですが、そのときはそれだけ。その後すぐに襲われて、訳の分からない内にその男性は倒れ、次に現れたのはユウシア様だった」
リルは、思い出すように虚空を見つめながら続ける。
「その後貴方は、後ろから迫る敵に気づかない私を、もう一度救って下さいました。……あの時、あの騎士に――ギールにかけていた冷たい声は、正直、少し怖かった……。ですが、その後にフィルに話しかけるのを見て、貴方がどのような人かも、すぐに分かりましたわ。私、これでも人を見る目には少し自信がありますのよ?」
そう言ってリルはユウシアに軽く笑いかけると、その笑顔を崩さぬまま再び視線を前に向ける。
「その時私は、貴方に興味が湧きました。私を救ってくれた暗殺者さんは、どんな人なんだろう、もっと知ってみたい、と、そう思って呼び止めたのです。もちろん、お礼をしたかったのは本当ですわ」
(あぁ、あの時か)
リルに呼び止められ、フィルに説明されたあの時。彼女はそんなことを考えていたのか、と少し驚くユウシア。
「その後、貴方と王都に向かうことになって……。アヤさんの事情を知った時には驚きましたが、そんな彼女も貴方の隣で楽しそうに笑っていた。……いえ、アヤさんだけではありませんわね。フィルも同じでしたし、私も、また……」
そこで言葉を切ったリルは、「話が纏まりませんわね」と笑って、少し考え、口を開く。
「……そう、ですわね。ユウシア様、私は――」
彼女は、何かを決心したように。
「――――」
ユウシアはそれを聞いて、考え……はせず、つい先程決まった答えを口にする。
「……そう、か。……リル、俺は――」
あぁぁぁああ!! どうしよう! 次の話まで間を開けたい衝動に駆られているぅぅう! 引っ張りたい! この気になる感じ、全力で引っ張りたい!!
……まぁ、普通に明後日更新するんですが。