日本の朝ご飯
朝って、大体パンなんですよね。
「ふあぁっ……」
森の中のログハウス。その寝室で目を覚ましたユウシアは、あくびをしてから軽く伸びをして、ベッドを出る。
「眠……」
目をこすりながら呟いたユウシアは、ふと思い出す。
「そういえば、今日俺の誕生日だ」
それも十五歳の、である。
「んー……特に体が軽いとかはないかなぁ」
女神レイラの祝福であるスキルは、誕生日の午前零時頃に、いつの間にか授けられているものだという。
ユウシアにもスキルは授けられたはずで、それでも体に特に変化がないというのであればそれは、
「身体能力上昇系のスキルはなかったのか? どんなスキル貰えたか気になるなぁ……」
スキルを確かめるためには、それ専用のアイテムが必要だ。
「確か、ラウラが持ってるって言ってたっけ……ま、いいや。とりあえず下行こ」
考えたって分からないものは分からないと割り切り、ユウシアは、ラウラが朝食の用意でもしているのかいい匂いの漂ってくる一階へと降りていった。
++++++++++
一階へと降りてきたユウシアは、リビングの扉を開き、同時にラウラに向けて挨拶をする。
「おはよー、ラウラ」
……返事がない。屍の以下略。
(あれ?)
いつもならラウラは、どういう力なのかは知らないが、挨拶をする前にこちらに気付く。しかし今は、鼻歌を歌いながら朝食の準備をしていて、こちらを見向きもしない。
(気付いてないっぽい?)
ユウシアは元暗殺者。気配を消すなど容易いことだが、今は別にそんなことはしていない。というか、ラウラは前に、気配を消したユウシアにも気付いたことがある。凹む。
(うーん……?)
ユウシアは首を傾げつつも、ちょっとした悪戯心からラウラにこっそりと近付き、念の為包丁だとかいう危ないものに触れていないかを確認してから――
「わっ!」
「っ!?」
ビクッ、と体を震わせ、無言の驚き。
バッ、と後ろを振り向いたラウラの手に持たれているのは、少し離れたところにあったのを確認したばかりの包丁。
「!?」
今度はユウシアが驚く。
(物騒なっ!)
後ろにいるユウシアを確認したラウラは、安心したように息を吐いて、
「ユウさんでしたか……驚かせないで下さいよ」
そう言った彼女は、それにしても、と続ける。
「この、この私がっ! まさかユウさんに気付かないとはっ……!」
「いや、何その反応……」
なんというか、微妙に執念すら感じる勢いである。
ともあれ、ラウラがユウシアに気付かなかった理由について考える二人。
「「あっ」」
そして、同時に原因に思い至ったのか声が見事にハモる。
二人は顔を見合わせて、
「「スキル!」」
その見事に同調した行動に、二人同時に笑いを漏らす。
「ユウさんユウさん。朝ご飯を食べたら、スキルの確認をしましょう!」
「うん。俺もすっごい気になってたから、丁度いい」
「もうすぐ出来ますから、少し待ってて下さいね」
++++++++++
「はい! 今日の朝ご飯は、和食ですよ!」
白米。海苔。焼き鮭。味噌汁。出汁巻き卵。「日本の朝ご飯」というイメージを、そのまま持ち出したかのような、見事な和食である。
「おぉ……」
感嘆の声を漏らすユウシア。
この家の食卓に並ぶ食材は、そのほぼ全てが自家製か、森で入手したものである。例外は、細々とした調味料の類。そればかりは、近く(といっても歩きで丸一日近くかかるが)の村まで買いに行っている。
「すごいな……今までは、食材の確保が難しくて、こんなの作れなかったのに……」
「ふふふっ、何せ、今日はユウさんの誕生日ですから。それも、成人を迎えるとても大切な日です。私、こっそり頑張ってたんですよ?」
そう言って胸を張るラウラ。彼女は、基本的には大人びているのに、たまにこういう子供っぽい部分が出てくることがあるのだ。
「でも、大変だったんじゃない? だってラウラは、この森……神域、だっけ? からは出られないんでしょ?」
神の分身体であるラウラは、神の力が及びやすい“神域”であるこの森からは、基本的に出ることが出来ない。他に行ける場所があるとすれば、同じ神域か、どこか大きな教会くらいか。
「そう、そうなんですよ! すっごい大変だったんです! 植物系は栽培出来ますし、卵は森の魔獣のもので代用も出来ます。鮭も近くの川を上って来るのを捕れますし、味噌とかも作れます。それはいいんです」
そう言いながらラウラが指差すのは、海苔と、味噌汁――の具であるアサリ。
「問題はこの二つなんですよ! 海の幸じゃないですか! こんな森の中にある訳ないです!」
鼻息荒く語るラウラ。
「うん、よく分かったから、それは分かったから落ち着こうか。段々壊れてきてるぞ?」
ユウシアが手を出して諌めると、ラウラは恥ずかしそうに咳払いをする。
「こほんっ。失礼しました」
「うん。それで、その海の幸はどうやって手に入れたんだ? ……あ、美味い」
冷めたら勿体無いと味噌汁を啜りながら聞くユウシア。最後に本音が漏れている。
それを耳ざとく聞いたラウラは嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます。頑張った甲斐がありました。――それで、ですね。実は、姉の力を借りたんです」
「姉? って、ソナリアの、女神ローラ様?」
「はい。ほら、ソナリアの神話って、色々なものがあるじゃないですか。その中にはもちろん、海の神の話もありますし……」
「そっか。とりあえず神と関係があれば行けるんだもんな。……意外と緩いよな」
その上、二つの世界を繋ぐ女神であるラウラなら、どちらの世界にも行くことが出来るのだろう。
「その通りです。今回は特別に姉に許可を取って、少しだけ海に出させてもらったんです」
「へー。……あ、これも美味い」
そう言うユウシアが箸で取っているのは、焼き鮭。次いで白米を口に運び、幸せそうに咀嚼する。
「あっ、私も食べないと……いただきます。……うん、コカトリスの卵も、意外とイケますね」
そんなラウラの呟きを、ユウシアは聞き逃さなかった。
(コカトリス……って、あの、鶏に色々混ぜちゃったようなヤツ?)
その後出汁巻き卵に中々箸がのびなかったのは、言うまでもないだろう。
皆さん、コカトリスの卵って聞いて、食べたいと思いますか? 俺は思わん。