あのとき
この夏休み後半は白猫プロジェクトでシャルロットを引くためにほぼ溶けました。悲しい。でも後悔はしてない……。
――武闘大会は、予定通り一週間後の今日、再開される。
途中で終わってしまったディオネス帝国とアルトゥス共和国の試合から再開されるのだが、その決着はグラドとニアの一騎打ちでつけられる。
というのも、あの騒動でディオネスのセアルとサルファが重傷を負い棄権。本来であればそのままディオネス自体が棄権せざるを得なくなるところ、残る対戦相手であるジルタとアルトゥスの選手全員の同意により、ディオネス戦のみグラドと代表一人による一対一の試合を行うことになったのだ。
そして今、グラドとニアが、闘技場で向かい合っていた。
「まさか、二回も戦うことになるなんて思わなかったわ」
ニアはため息まじりにそう呟く。それにグラドは、
「いいじゃねぇか。強ぇ奴との戦いってのは、何回やっても飽きねぇ」
そう言って、獰猛に笑う。
「私は別に戦闘狂じゃないのだけれど……まぁいいわ。それよりも、今日は武器があるのね? 私相手にそれは合わない、って言っていたと思うけど」
ニアの視線の先、グラドの手に握られた大剣。恐らくニアなら両手でも持つのがやっと、普通の人なら持つことすら出来ないであろう巨大かつ重厚なその剣を、彼は片手で軽々と持っていた。
「実際そうだろうよ。ただ、たまには変化ってやつも必要だろう? いらなきゃ使わなきゃいいだけの話だしな。……俺が人間相手に剣を持つことなんざそうねぇことだ。誇っていいぜ」
「あら、そうなの。それなら、勝たせてもらってから誇ることにするわ」
「そいつは残念だ。誇れることが一つなくなっちまう」
二人は、話は終わりだ、とでも言うように剣を構える。
『両者準備が整ったようですね! それでは……ディオネス帝国、グラド・オルグ、対、アルトゥス共和国、ニア――試合開始っ!』
先に動き出したのは、やはりと言うべきか、ニアの方だ。身を屈めると瞬時に距離を詰め懐に潜り込み、下からグラドの顎めがけレイピアを突き出す。
それに少し遅れて反応したグラドは咄嗟に出した左手でレイピアを受け止め、大剣の柄でニアの頭を殴る。彼女は短剣で攻撃を受け流すと、グラドの手からレイピアを振りほどき、再び距離を取った。
(大剣の間合いの内側に入ってしまえば、と思ったけれど……やっぱりそう簡単にはいかないわね。それに……あまり受け流すのも得策じゃなさそう。力を流しきれなかった……力の入りきらない逆手なのに、ね)
ニアは痺れの残る左手を軽く振りながら考える。
「ったく……いきなり急所を狙ってきやがるか。危ねぇ女だ」
「すぐに決着がつくにこしたことはないもの」
ニアの言葉に小さく鼻を鳴らしたグラドは、腰を落として再び大剣を構え直すと、誘うように指を動かす。
(機動力で劣るから、いっそ待ちに徹する……そんなところかしら)
彼女は、どちらかというと受けを得意としており、あまり自ら攻めることはない。が、慣れないことをしているのはグラドも同じだ。攻撃的な性格の彼にとって、待つというのは最も嫌いなことだと言っても過言ではないのだ。だが反対に、彼が最も好きなのは、強い相手と戦い、勝利すること。そのためならば、戦い方の一つや二つ簡単に変えられる。
「まったく……私達、面倒な相性してるわね」
「今更だろ、んなこと。ほら、いいからさっさと来いよ。早いとこケリつけて、明日に備えなきゃならねぇんだから」
「……そう。それなら、ユウシア君のお手伝いをすることになりそう、ねっ!」
先程と同様に、真っ正面から懐に飛び込む。だが、当然と言うべきか、今度はそのまま正直に攻撃はせず、勢いそのままグラドの股の間を滑り抜ける。通りざまにレイピアと短剣で両脚を切り裂きそのまま離脱――しようとするが、飛び込んできた獲物をそう簡単に逃がすグラドではない。スライディングをして、体勢を立て直さなければならないせいで離脱が一瞬遅れたニアを、真横から大剣が襲う。
なんとか大剣を受け流そうとするニアだが、先程とは違いしっかり力の乗る体勢で、更に遠心力も乗せて振るわれた大剣の勢いを流しきれず、大きく弾き飛ばされてしまった。
飛ばされた彼女は、何度か地面をバウンドする間に体勢を立て直し着地。こちらに向かってくるグラドを見ると、自らもそちらへと走り始める。
「オラァッ!」
再び横薙ぎに振るわれる大剣。しかしそこにニアの姿はない。
「甘い……っ!」
背後に回り込んだニアは、身を屈めてレイピアで何度もグラドの脚を突く。元々彼女に劣る機動力を更に削ごうとしているのは明らかだ。
それを察したグラドは、しかしそれに構わず、大剣を振るう勢いそのまま回転。その軌道を下にそらし、後ろで体勢を低くしているニアを狙う。
しかし、さすがに、と言うべきか、そんな見え見えの攻撃には当たらない。ギリギリのタイミングでバックステップをして大剣を避けたニアは――その直後、またも吹き飛ばされてしまった。
グラドの大剣による攻撃。しかし避けられるのを予想していた彼の本命は、回転により勢いを増した一撃ではなく、ニアですら予想していなかった大剣の投擲だった。
横薙ぎに振るわれる攻撃なので、横方向に回避することは出来ない。かといって上に飛べば、着地まで身動きがほぼ取れなくなってしまう。後ろに下がるしかなかったそこへの、極めて有効な一撃だった。
更にグラドは、大剣がなくとも格闘で戦える。投擲した大剣を追うように走っていた彼は、大剣を受けとめきれず吹き飛ばされたニアを追撃。拳を叩き込もうとする――が、
「チッ、いねぇ!」
投擲を食らったはずのニアの姿がない。
「っ――ゲホッ、ゴホッ」
少し離れた場所から聞こえる咳き込むような声。そちらを見ると、ニアが脇腹のあたりから血を流しながら立っていた。口元を抑える手の指の隙間からも血が滴っている。
「……ギリギリで躱しやがったか」
「本当に……ギリギリ、よ。少しでも反応が遅れたら、下手をすれば死んでたわ……それに、愛用の短剣が折れちゃった」
ニアは左手をフラフラと振る。そこには、刃が半ばから折られた短剣が握られていた。
「致命傷は避けるとは思ってたが……あそこから逃げられるのは想定外だったな。でもま、その傷じゃあ勝負はあっただろ」
「……あら、本当にそう思う?」
満身創痍と言っても過言ではないだろう状態で、余裕の表情を浮かべるニア。グラドは訝しげに眉をひそめ――
「っ!?」
直後、体勢を崩して膝をついてしまう。
「クソ、が……!」
ニアがやっていた、グラドの脚を狙った攻撃。それらは全てが的確に、彼の脚の筋肉にダメージを与えていた。しかし彼はそれに気づかず激しい動きを続け、その結果、傷ついて脆くなった脚の筋肉が断裂してしまったのだ。
しかし彼は、なんと満足に動かすことも叶わないはずの脚で立ち上がり、剣を構え直す。
「……やっぱりあなたは、立ち上がるわよね」
そう、分かっていたかのように呟くニアも、既に限界が近い。
お互いに余力はほぼ残っておらず、次の一撃で勝敗が決まる。奇しくも一週間前、前回戦ったときと同じ状況だ。
前回は邪魔が入ってしまったが――これでようやく、持ち越されていた勝負に決着がつくのだ。二人の口元に、知らず知らずのうちに笑みが浮かぶ。
「――ふー……」
ニアは細く、長く息を吐くと、前回の再現をするように、全く同じ体勢を取る。
「…………」
そしてグラドは、少し考えるようにすると、何を思ったか大剣を放り捨て、拳を構えた。
観客全員が、この既視感のある光景に、思わず息を呑む。二人があえて、前回の再現をするように動いているのは明らかだ。
――そう、あのときの結末を、知るために――。