妹神
何故だろう、たまに一話書くのに異常な時間がかかるときがあるのは……。
あ、令和もよろしくお願いします。いつの間にか変わってましたね。早い早い。
グジュル……。
そんな音を立てて鎧の中から現れるそれ。ユウシアにはその生物――と呼ぶのが正しいのかは不明だが――に見覚えがあった。
夏休み中、魔の森で遭遇した異形。今目の前にいるのは、それにそっくりだった。唯一違うのはその色だ。前回は黒に近かったが、今回は水色――そう、先程ヴェレスが持っていたオーブと同じ色。
(偶然……とは、思えないよなぁ。こいつまでオーブ以外受け付けませんだったらさすがに辛いぞ……)
『ところがどっこい残念なお知らせです』
「ふあっ!?」
素っ頓狂な声を上げるユウシアに、ニア達の目が向く。ユウシアは「すみません、なんでも……」と返すと、自分の頭の中へと意識を向けた。
(えっと、ラウラ?)
『はい。あなたのためのラウラです』
(……今回は随分と出てくるの遅かったな。もうオーブ見つけてからそこそこ経ってるけど)
『いやぁ、その……妹に呼ばれてまして……これでも、気がついてすぐに飛んできたんですよ?』
(妹……って確かこの世界の神の……レイラ様だっけ?)
『レイラでいいよー』
「んいっ!?」
「さっきからなんなのよもう!?」
「あ、すみません……」
「……というか、あれはなんなの?」
「あー……相当面倒な相手です、とだけ。すみません、まだ向こうも動きがなさそうなので、少しだけ待ってもらっても?」
「それは、別にいいけど……」
「ありがとうございます」
ユウシアはラウラとの会話に戻る。
(……あの、その声って……)
聞こえた――というか脳内に響いた覚えのない声。まさか、とユウシアは問う。
『うん、そのまさか。あたしがラウラ姉様の妹、ファナリアを統べる女神レイラだよ、ゆーくん』
(……えっと、いきなりフレンドリーですね?)
『こういう性格だから仕方ないねー。というかゆーくん、ラウラ姉様と同じようにタメでいいんだよ?』
『ふっふっふ……ムダですよレイラ。私がユウさんとここまで親密になるのにどれだけかかったと――』
(あ、うん、分かった。そういうことなら)
『ユウさんっ!?』
『あっはっは! ラウラ姉様の驚いた顔久しぶりに見た!』
楽しそうなレイラの声に、ユウシアは小さく苦笑する。
『――コホンっ。それはさておきですね、ユウさん』
(……うん。あれの件でしょ? 残念なお知らせってことはやっぱり……)
『はい、ユウさんの考えた通りです』
『その上、ゆーくんがこないだ戦ったのより全体的に強くなってるみたいだねー』
(……レイラの狂信者の仕業なんだから、自分でなんとかしてよ……)
『やだよ、あたしこんなの望んでないもん。信仰してくれるのは嬉しいんだけど、あたしの意思を変な解釈しないでほしいよねー。……というか実際問題、あたし達女神は基本的には下界に直接干渉出来ないしね』
(え? でもラウラは……)
『私は特別です。それに私も、神気の濃い場所でなければ何も出来ませんからね』
(なるほど……?)
『まぁそれはさておき、ゆーくん』
(ん?)
『敵、来てるけど』
「あ」
来てた。
それはもう、その巨体だのスライムのような不定形の体だの、とにかく鈍重そうな見た目に似合わぬ速度で。
「ボサッとしてんじゃねぇ!」
「ごめん! もう大丈夫だ!」
グラドの怒声に一言謝罪し、ユウシアは改めてこちらに向かってくる異形を見据える。
「――それでユウシア君。もう一度聞くけど、あれはなんなの?」
「あれは、えーっと……」
『特徴はおおよそユウさんの知っている通りで大丈夫ですよ』
『名前とかもないから自分で考えちゃってもいいよー』
「いや、自分でって……ゴホン。正直詳しいことは分からないんですけど、あいつの特徴はなんと言っても再生力です。触手を切り落としても、それどころか体ごと真っ二つにしてもすぐに再生してしまう。毒やなんかも効きませんし、焼いても凍らせても何事もなかったようにまた動き出します」
「……おい、そんなのどうやって倒せって?」
「前回は、再生力が限界を迎えるまで斬って斬って斬りまくった。他にも方法はあるのかもしれないけど、少なくとも俺はそれしか知らない」
「んだよそれ、めんどくせぇ……」
「……今回に関しては、面倒なのはそれだけじゃないぞ。さっきの神装騎士と同じ……俺の持つ二つの武器しか通じない」
「……つまり、私達はまた攻撃には参加出来ないってこと?」
ニアは、どこかバツの悪そうな表情で呟く。
それに対し「そうなりますね」と答えようとしたユウシアだが、そこに待ったがかかった。
『仮にもあたしの世界で、あたしの信者が起こした問題で何もしないっていうのもちょっとアレだからねー。女神のおねーさんがありがたーい力を授けてあげよう! ……えーっと、どう繋げばいいかな?』
『それなら私が間に入りましょうか』
『あ、なるほど! それじゃ行くよ、ゆーくん!』
「え? ちょっ――」
一方的に話が、それもトントン拍子に進み、ユウシアが聞き返そうとした頃にはもう遅い。ラウラを介して送られたというレイラの力が流れ込み、ユウシアの額の紋章が強い光を放ち始める。
「うわっ!」
「っ、何!?」
「今度はなんだよ……!」
驚きの声を上げるユウシア、ニア、グラドの三人。
「え、それ……!」
ニアがユウシアの額を指差す。光と同時に起きた風により激しくなびく前髪の裏側、顕になった紋章。その紋章が象っていた翼が、輝きを増す光と共に形を変えていく。
一際強い光を放った紋章が落ち着きを取り戻したとき――一対二枚だったはずの翼は、二対四枚に増えていた。
「……なるほど、そういうことね」
額に手を当てながら呟いたユウシアは、小さな笑みを浮かべるのだった。