爆発
闘技場に、絶えず響き渡る金属音。
ニアの武器は、突きを主体とする剣、レイピア。左手には防御用にマンゴーシュと呼ばれる短剣を握っている。
それに対してグラドは相変わらず格闘だが、その両手にはガントレットを装備していた。本気、ということなのだろう。
戦っている二人はもちろん、観客も全員が黙り込み、剣と拳がぶつかる音と二人が地面を蹴る音以外何も聞こえない。
試合開始からおよそ五分。これまで無言を貫いていた二人が距離を取る。
「チッ……埒が明かねぇ」
グラドは、自分の拳を見ながら不機嫌そうに呟く。
「そうね。……ねぇ。そろそろ様子見はやめにしない?」
「ハッ、さすがに気付くか。でもそれはお前もだろ?」
「ふふっ、お互い様みたいね。――それじゃあ、行くわよ」
「フン」
軽く構えるニアに、グラドは鼻を鳴らす。その直後――ニアの姿が、消えた。小さく目を見開いたグラドは、すぐさま自分の左側を防御する。
そして、丁度防いだ場所への刺突。あと一瞬でも防御が遅れていれば、グラドの体はレイピアに貫かれていただろう。
「あら……スピードは私の方が上みたいね」
「……あぁ、それは認めよう。でもな――」
グラドは、話している隙にレイピアを掴み取る。
「パワーじゃ俺は負けねぇぞ」
「しまっ――」
た、と、その言葉が終わる前に、ニアの顔面に叩き込まれる拳。彼女の細身な体は大きく吹き飛ばされ、試合場を滑って場外ギリギリで止まる。
「っ……女の子の顔を思い切り殴るなんて……教育が必要みたいね」
「やってみろよ。やれるもんならな」
開いてしまったニアとの距離を詰めるべく走るグラド。ニア程ではないにしろ、彼の速度も相当なものだ。しかし、
「あいにく、速さで負ける訳にはいかないの」
再びニアの姿が消える。次に現れたのはグラドの真後ろ。目で捉えるのは困難だが、それを読んでいたグラドはすぐに振り返り、攻撃を食らうのを覚悟で拳を振るう。刺突向きの細い剣で貫かれるダメージよりも、自分の拳で相手に与えるダメージの方が上だと考え、そちらを優先したのだ。肉を切らせて骨を断つ、ということだろう。
だが、今回はニアの方が一枚上手だったらしい。グラドが捨て身で攻撃してくるのを読んだ上で、攻撃ではなく回避を選択していたのだ。彼女はグラドのすぐ後ろで一旦停止して彼の攻撃を誘発するとそのまま後退、自分を攻撃するために振り切られた右腕を左手の短剣で斬った。鍛えぬかれた硬い筋肉を相手に、どちらかというと防御向けの、鋭さよりも頑丈さを重視した短剣で切り落とすことまでは出来なかったが、相当な深手を負わせることには成功した。恐らく治療するまではまともに使うことは出来ないだろう。
ニアはその結果を確認する前に更に後退。グラドの攻撃は一撃一撃が敗北に繋がりかねない威力なので、ヒット&アウェイで確実にダメージを負わせていくつもりなのだろう。
「……クソが。骨まで行ってやがる」
グラドは、思わず、といった様子で毒を吐く。
「それはよかったわ。でも……」
短剣を持つ左腕を見るニア。その前腕部分は大きく腫れ上がっていた。
「……こっちも折れてるみたいね。おあいこかしら?」
「利き腕が使いモンにならなくなった俺と、元々大して使わねぇ防御手段を失っただけのお前がおあいこだぁ? バカ言ってんじゃねぇよ」
「あら、不利を認めるのね。意外だわ」
「強ぇ奴は強ぇし、弱ぇ奴は弱ぇ。そこに嘘をつく気はねぇ」
「そうなの。それならそのまま降参してくれてもいいのよ?」
「ハッ、それこそバカ言うな。こんな楽しい戦い……やめられる訳ねぇだろ!」
グラドが、獰猛な笑みを浮かべて吼える。その咆哮は空気を揺らし、そして大地を――
――揺れている。地面が、比喩ではなく、実際に。
「これは……地震?」
「よそ見してんじゃねぇ!」
再び叫ぶグラドが、左の拳を振りかぶる。防御手段のないニアはそれを屈んで避けると、そのままグラドの股を潜って背後に抜け、振り返りざまに斬りつける。
斬撃を左腕のガントレットで大きく弾いたグラドは、体制を崩すニアの懐に潜り込み、強烈なアッパーを腹部に叩き込む。大きく浮き上がるニアの体。
地面の揺れは大きくなっている。
「ぐぅっ……!」
小さく呻き声を上げながらも、ニアは上に上がる力を利用して飛び上がると、再び距離を取る――のではなく、左手で握っていた短剣を右手に持ち替え、グラドの顔を狙って投げる。
短剣を掴んで止めるグラドだったが、その一瞬の隙でニアはまたも姿を消していた。今度は背後――と見せかけて、正面。彼は気配を察知し、彼女が現れた場所に的確に蹴りを入れる。
しかし先程のように屈んで避けたニアは、今度はそのまま場所を変えず、蹴るために上げられた脚を突く。それも、浅く突いて抜く、というのを複数回だ。そしてその直後、這うようにして距離を取った。
地震が起きてから、時間にして数十秒程度。それだけの間に、二人の顔は汗でビッショリと濡れていた。
揺れは更に大きくなる。
「ハァッ、ハァッ……どう、更に機動力を落とされた気分は?」
「気分が悪りぃのは、お前の方じゃ、ねぇのか……あ?」
「そうね、お昼ご飯を吐き出しそうになったわ……危うく、乙女の尊厳がなくなるところだったわよ」
「腕が折れても平気で動き回るような奴が乙女を名乗るかよ」
「……心外ね。こういうのってセクハラで訴えられたりしないかしら」
二人は会話を続ける。お互い消費した体力を少しでも回復し、次で決着を付けようとしているのだ。
揺れは今も、大きくなり続けている。
「……そろそろ、決着を付けましょうか」
「負ける気がしねぇな」
「残念だけど、勝つのは私」
グラドは言葉を返さず、その場で構える。ニアに片脚をやられ、素早く動くことなど到底出来ない。ならば待ちに徹して、彼女の攻撃を防いでから最大の一撃でとどめを刺そうと考えたのだ。
そしてニアは、あえてそれに乗った。
腰を深くした、突進の構え。防がれる前に、最速でグラドを倒すための構えだ。
ジリ、と、ニアの足が地面を擦る。力を込めるあまり、その綺麗な脚には血管が浮かび、今にも破裂しそうになっている。
そして――爆発した。
最初からトップスピードに持っていくために込めた力が、ではなく、先程から揺れ続けていた地面が。
そして、爆発により巻き上がった土煙が晴れた後には――