黒竜討伐
黒竜戦、第二話。
振り下ろされる黒竜の脚。
それを見ながらも、ユウシアは動かない。動けないのではない。――いや、正確にはそれもあるが、動こうとしないのは彼自身の意思である。
それは何故か。ユウシアが最初に打っておいた布石が、ようやく効果を発揮したからである。
黒竜の後ろに目を向けると、アヤがこちらに来ようとしているのを、フィルが抑えているのが見える。
(そんなに心配することは……いや、この状況なら心配もするか)
ユウシアがそんなことを考えて苦笑した直後。
ドッゴォォオオン!!
と、黒竜が現れたときよりも、一度目に脚を振り下ろしたときよりも大きな音がする。
より強い力で叩きつけたから――ではない。
黒竜が倒れたからだ。
「「……え?」」
アヤとフィルの声が同時に聞こえる。訳が分からない、といったような声だ。
「グゥゥ……」
倒れた黒竜が苦しそうな声を漏らす。
「全く……やっとか」
ユウシアはそう言いながら立ち上がる。下半身を覆う氷が薄かったため、早く溶けたのだ。
どうして黒竜が倒れたか。その秘密は、ユウシアが最初に放った短剣にある。
あの短剣には、【毒生成】により、ユウシアが知る限り最も強力な毒を塗っておいたのだ。
「即効性かつ致死性の毒だったはずなんだけどな……ファンタジーっていうのは恐ろしいな」
黒竜は苦しそうに呻くだけで、全く死ぬ気配がない。数時間放置したらまた暴れだしそうな程である。
ユウシアはマントと一緒に投げ捨てたリュックを拾う。
「まさか、またこれを使うことになるとは思わなかったけど……よっ、と」
取り出したのは、森においてジャイアントタートルを倒すために使った兵器。ユウシアが最後まで持っていくか悩んでいた物である。
ユウシアはそれを、黒竜の胴体、心臓があると思われる部分に向けて設置する。
「セッティング完了っと」
「ガアアァァッ……!」
黒竜も、この兵器の危険性が分かったのだろう。威嚇するように出した声は、しかしとても弱々しい。
口内にうっすらと火が見える。だがそれも声と同じようにとても弱々しく、発射される気配はない。
「それじゃあ――」
照準、槍本体、発射のための火薬など、全ての用意が完了したのを確認したユウシアは、導火線に火をつける。
「――サヨナラだ」
ユウシアがそう呟いた直後、轟音。とてつもない量の火薬に引火し、槍が発射されたのだ。
それは狙いたがわず、黒竜の心臓部に深く突き刺さる。
「ギョオオォォ……」
毒により弱っていたせいもあるのだろう。あまり大きくはない断末魔の声はすぐに消え、爆発により舞い上がった土煙が晴れたあとには、胸から槍を生やして息絶える黒竜と、兵器にもたれかかって疲れたように座り込むユウシアだけが残っていた。
++++++++++
その日の夜、黒竜の死体の周囲は、とても騒がしかった。
「黒竜討伐を祝して――」
フィルが音頭をとると、
「「「――カンパーイ!!!」」」
衛兵達の声が響き渡る。
余すところなく利用出来る黒竜の解体も含め、宴だ! と衛兵の1人が提案し、それが認められたのだ。
主役であるユウシア自身は、端の方で渡された酒をちびちびと飲んでいたが。この世界では十五歳は成人だし、精神年齢的にも問題はない。
「大事になっちゃってまぁ……」
ユウシアが呆れたように呟く。
「そんなことないよ。ドラゴンって凄く強いんでしょ? それをユウ君一人で倒しちゃったんだから」
「その通りだ。あんな兵器は初めて見たぞ」
隣に座るアヤが言うと、近づいてきたフィルも同調するように言う。
「まぁ、あれは自作だからなぁ」
「じさっ!?」
当の兵器を見ながら漏らしたユウシアの呟きに、フィルが驚愕の声を漏らす。
ちなみに、フィル本人の頼みで、ユウシアは敬語をやめている。
「邪魔なジャイアントタートルを倒すために造ったんだよ」
「……あれは、ジャイアントタートルの甲羅すらも貫くのか……」
ジャイアントタートルの甲羅は、黒竜の鱗など目じゃない程に硬い。それを貫くとあれば、フィルが逆に呆れるのも仕方ないだろう。
「そうだ、ユウシア。実は相談があるんだが……」
「ん? 何?」
「あの黒竜の肉なんだが、この宴で使わせてもらってもいいだろうか? 竜の肉は絶品らしくてな」
「……あぁ、倒したのが俺だから所有権も俺に移るのか。好きにしてもらっていいよ。あの黒竜全部」
「へっ?」
ユウシアの言葉を聞いて、フィルが素っ頓狂な声を上げる。
「だから、黒竜の素材は好きに使ってもらって構わないって」
「いや、しかし……あの大きさの竜となると、一生遊んで暮らせる程の額になるぞ……?」
「そうなんだ。でも、そんなに金が欲しい訳でもないし」
「欲がないんだな……いや、ありがたく使わせてもらおう。全額、とまでは行かないが、出来るだけ金も渡そう。でないと、私の気が済まない」
「……まぁ、そこまで言うなら……」
そう言ったユウシアの腕を、アヤがちょんちょんと突く。
「ユウ君ユウ君。肉を食べるって、平気なの? ほら、毒使ってたし」
「暗殺者が、わざわざ証拠の残るような毒を使うと思う?」
アヤの質問に、ユウシアも質問で返す。彼女もそれで理解したようで、なるほど、と呟きながら頷いている。
と、そこへ、黒竜を解体していた衛兵が駆け寄ってくる。
「フィル様!」
「む? どうした?」
「実は、気になる物がありまして……あ、ユウシアさんとアヤさんも、どうぞこちらへ」
衛兵に先導され、ユウシア達は黒竜のところへ向かう。
「これです」
そう言って衛兵が指差したのは、黒竜の落とされた頭――の隣にある、白く大きな卵型の……というより、
「卵?」
ユウシアの疑問に、衛兵が頷いて答える。
「恐らく。黒竜の喉元にあった物です。白竜が黒竜化した際に自分の卵を飲みこんで、それが止まっていたのではないかと」
「ふむ。これは、どうしようか……ん?」
フィルが処理に困っていると、卵にヒビが。
ピキッ。
ピキピキッ。
それはみるみるうちに広がり――
「ぴぃっ!」
現れた白い幼竜の目が、
「え? 俺?」
ユウシアと合った。
白竜︰ペット枠(盛大なネタバレ)。