スローライフ
「あら、ユウさん、お帰りなさい」
“彼”が転生してから、もうすぐ十五年が経つ。
この世界で「ユウシア」という名前を授けられた彼は、森の中にあるログハウスで、女神の分身体と共に暮らしていた。
「ただいま、ラウラ」
そう言いながらラウラの方へと歩いて行く、淡い水色の髪と、それより少し青に近い色の瞳をした少年こそ、元暗殺者のユウシアである。
出会った当初とは違い、口調も大分砕けたものとなった。今彼にとって、ラウラは女神というよりも、母代わりといった存在なのだ。もっとも、あの白い空間で話したラウラから光輪と翼を取っただけの彼女の姿は、まさに女神と呼ぶに相応しい美しさだが。
「ほら、ラウラ、角ウサギが罠にかかってたぞ」
そう言ってユウシアが持ち上げたのは、額に一本の角を生やしたウサギの死体。この周辺の森に割と普通に生息しているこのウサギだが、実は高級食材として有名で、肉がとても柔らかく、そこらの肉など相手にならない程に美味しいのだ。
「あら、珍しいですね。角ウサギは警戒心が強くて、中々罠にはかからなかったと思うのですが……」
「これでも、日々改良を続けてるんだよ。ほら、この間手に入れた、気配を薄める魔石と、濃くする魔石があったでしょ? あれの配置を工夫して、最大限の効果を発揮出来るようにしたんだ。暗殺者としての経験の賜物だな」
魔石というのは、長い年月をかけて魔力を溜め込んだ鉱物のことで、市場では高値で取り引きされる代物なのだが、この森には豊富に存在した。辺境にある上に現れる獣の類も大抵凶暴で強力なので、来る人がほとんどいないのだ。
「それはまた、盛大な才能の無駄遣いですね……」
「使えるモノは使わなきゃな。という訳でラウラ、美味しく調理してくれよ?」
「ふふふっ、お任せ下さい。せっかくの高級食材ですから、腕をふるいますよ」
「楽しみにしてるよ。じゃあ俺は、畑の様子見に行ってくる」
「あっ、ニンジンを何本か収穫してきて下さい。少し足りなくて」
「りょーかい」
ユウシアはそんな、綺麗な母(代わり)がいる、のどか(?)な森での、自給自足のスローライフを満喫していた。
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「ふぅっ……食べ過ぎたかな」
ラウラが作った、角ウサギのクリームシチューを食べたユウシアが、満足気に腹をさすりながら呟く。
「角ウサギ、やっぱり美味しいですね」
上品に口元を拭き、笑いながら言うラウラ。
「……それで、ユウさん」
「ん?」
ラウラの声音が真面目なものに変わったのに気付き身を起こすユウシア。
「もうすぐ十五歳の誕生日ですが……オーブの件、どうされるのですか? もし嫌なようであれば、このまま二人で一緒に暮らしていっても、私は……」
「ラウラ」
少し強めの口調でラウラの名前を呼ぶ。
「俺は十五年前、出来るかどうかは分からないけど、『やる』って確かに言った。それは、その気持ちは今でも変わらない」
ユウシアはそう、決然とした表情で言う。
「……そう、ですか」
「何で残念そうなんだよ。女神様なんだから、むしろ、行けって言わないと駄目なんじゃない?」
「……ふふっ、そうですね」
ユウシアが茶化すように言うと、ラウラに笑顔が戻る。
「あぁ、そうだよ。……ところで、ラウラ」
「はい?」
「確かこの世界では、十五歳――成人すると、神様の祝福だかで、スキルっていうのが貰えるんだよな?」
「はい。正確には、ファナリアを統べる女神レイラ、私の妹の祝福ですね」
「……あぁ、そういえば、ラウラは三姉妹の真ん中って言ってたっけ。確か一番上のお姉さんが、ソナリアの……」
「女神ローラです」
「そう、それだ。……っと、話が脱線したな」
思い出したようにラウラを指差して言ったユウシアだったが、すぐにそれを引っ込める。
「それで、貰えるスキルは、数も種類も人それぞれ、と」
「はい、その通りです」
「それで、俺の場合は、オーブ集めのために、少し優遇されるんだっけ?」
「はい。ユウさんなら、前世の経験に基づいたスキルが与えられると思います。……それで、それがどうしたんですか?」
ユウシアの質問に答えていったラウラが、最後に首をひねりながら聞く。
「そっか……いや、身体能力上昇系、だっけ? そういうスキルが貰えたら、体を慣らすために少し時間がかかるかなと思ったんだけど……それなら特にそういう必要はなさそうかな」
一言にスキルと言っても、その種類は数え切れない程に多い。ユウシアの言った通り身体能力が上がるタイプのものもあれば、日常で役に立つものもあるし、戦闘で役に立つものもある。中には、間違いなく必要なさそうなスキルまで存在するのだ。例えば、小石を拾う速度が速くなるとか。「せめて投げる速度上げてくれよ」とはユウシアの言である。
それはさておき、前世の経験に基づくということであれば、身体能力上昇系スキルが与えられる理由がない、という訳だ。ユウシアが過去にドーピングでもしたことがあれば話は別なのだろうが。
「なるほど、そういうことでしたか。とは言っても、森林にすぐ適応して縦横無尽に駆け回れるようになったユウさんなら、普通に生活しているだけで慣れそうですけどね」
「うーん……否定出来ないんだよなぁ」
自慢したい訳じゃないけど、と言って、ユウシアは苦笑する。
暗殺者であったユウシアは、仕事上、様々な環境で行動する必要があった。そんなもの、すぐさま適応出来ずしてどうする、ということだ。
「あ、そういえば。その、女神レイラの祝福を受けると、魔法も使えるようになるんだっけ?」
「はい、そうですね。もちろん、人によって魔法の適正や、魔法を使うためのエネルギーである魔力の量には大きな差がありますが」
「ふーん……楽しみだな」
地球で、十五歳頃からはあまりサブカルチャーに触れてこなかったユウシアだが、それでも魔法がどんなものかはなんとなく知っている。心惹かれるのは仕方のないことだろう。だって男の子だもん。……精神年齢はもう四十歳ぐらいだけど、男の子だもん。
「ですがユウさん。スキルも何もなしにこの森の獣と渡り合うユウさんがスキルを手に入れた上に魔法なんてものまで使えるようになったら、とうとう化け物ですよ? ユウさんは、魔法は使えないくらいが丁度いいと思うんです」
「うわ、ラウラひどいなぁ。いいじゃん、夢持ったって」
楽しい日々は過ぎ、およそ半月、ユウシアは、十五歳の誕生日を迎えた。
――この時のラウラの言葉がまさかフラグだったとは、ユウシアは露とも考えなかった。
というかそもそも、フラグという言葉を知らなかった。
なんでこう、俺の作品の序盤から出てくる重要な役割の女の子って、敬語が多いんだろう。
ただまぁ、この女神様がメインヒロインになるかって言われると、とりあえず否って答えるんですけども。