終わらない波乱
波乱は――
「リル! リルはいるか!」
――あれだけでは、終わらなかった。
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「ん……?」
日課のランニングをしていたユウシア。城の中から誰か知らない人の声が聞こえた気がする、と、そちらに目を向ける。
「……なんか嫌な予感……っていうか、面倒事の予感がするなぁ」
ユウシアは呟くと、ランニングを早めに切り上げ、城内へと向かうのだった。
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「おやめくださいっ!」
「何を言うか! 俺はお前の婚約者だぞ!」
「あくまで候補だろう! 姉上から離れろ!」
「クソッ、邪魔をするなっ!」
ユウシアが城内に戻ると、そこでは見知らぬ男がリルに掴みかかっていた。
(っ、なんだあれ! なんで護衛は何もっ……!)
ユウシアは走る速度を上げる。
リルに付いているはずの護衛は皆戸惑ったような、困ったような顔をして狼狽えるばかりで、リルを守っているのは一緒にいたらしいフィルだけだった。
必死に男を押さえようとするフィルを振りほどくためか、男が思い切り腕を振るう。
それがフィルに当たる直前、間に合ったユウシアがその腕を受け止める。
「何をするっ!」
男が敵意剥き出しに叫ぶがユウシアは、
「それはこっちのセリフだ! 自分が何をやってるか分かってるのか! 相手は王女だぞ!」
こちらも敵意を隠そうともせずに言い返す。
「それがどうした! 俺は王子で、こいつの婚約者だぞ!」
「……あ゛?」
婚約者。
リルを見ながら放たれたその言葉に、ユウシアの口から普段聞いたこともないようなドスのきいた声が漏れる。
「ただの候補の一人ですわ! それがいつの間にか飛躍して……!」
「オーケー分かった、とりあえずぶん殴る」
「うごっ!?」
とりあえずでぶん殴られた男。勢いそのまま思い切り飛んでいく。
「……うん、渾身のいい右ストレートだった。――で、あれ、何?」
自分の放った拳に満足気に頷いたあと、ユウシアはくるりと振り返って思い出したように聞く。
「何……って、それ、既に人間扱いすらされていなくないか……?」
「……ニン、ゲン? ただの汚物じゃなくて……?」
「いくら姉上に乱暴したからってそんな……」
「あっはっは何を。有罪に決まってるじゃないですかやだなぁ」
「……母上の言いそうなことだな……」
「さすが我が娘ね! 当然有罪よ!」
「出たっ!?」
出た。当然のように、廊下の奥にエリザベートが立っていた。と、その次の瞬間には、ユウシア達の目の前に。
「速っ……!?」
そのあまりの速さに驚くユウシアと、
「……お母様、その時々出る超人的身体能力は一体……?」
「普段は一般人レベルなのに……これは永遠の謎だな……」
またか、といった様子で首を傾げる王女姉妹。
「ふっふっふ、我が子のためなら当然ね!」
エリザベートは自慢気に胸を張っている。と、
「ぐ、ぅっ……」
先程ユウシアに殴り飛ばされて伸びていた男が、呻き声を上げながら起き上がる。
「……そういえば、結局あれ、なんなの?」
それを見て、またも思い出したように聞くユウシア。忘れがちである。
「……隣国、クレイド王国の第一王子、ですわ」
「ふーん」
リルの言葉に、ユウシアは興味なさげに頷く。
「やけに反応が薄いな? 普通なら、一国の王子を殴ってしまったと慌てるところだと思うのだが……」
「罪人だから。あれは然るべき罰だから」
「同意よ。なんならもっとやってもいいくらいだわ」
「……二人とも、姉上のこととなると息ピッタリだな……」
「「当然」」
綺麗にハモるリル好き二人。顔を見合わせると、一つ頷いて固く握手をする。
「ずっと仲良くなれそうだと思ってたんです」
「奇遇ね。私もこの間話した後からそう思っていたわ」
「「リル好きに悪い人はいない。あの罪人除き」」
「あの……お二人とも、そのくらいに……恥ずかしくて死んでしまいそうですわ……」
「「可愛い」」
この数分で、ユウシアとエリザベートの間によく分からない絆が生まれた。
そして、今の今まで完全に無視されていた王子様が、やっと口を開く。
「ぐっ……貴様! この俺を誰だと思っている! 殴ってタダで済むと――」
「うふふ……済むわよ? 私が許すものね」
「ひっ!? エっ、エリザベート様っ!? ――ふ、ふんっ! 覚えていろよ!」
名前も知らない王子様は、エリザベートを見た途端逃げ出して行った。
「何よ、私の顔を見た途端逃げちゃって。失礼しちゃうわね」
「……お母様、あんなことをしておけば当然かと……」
「そうだな、あれは私も引いた……」
「一体何が……?」
「知らない方がいいと思うぞ」
と、突如後ろから聞こえる声。
「うわぁビックリしたぁ!? って義父さん!? 何やってるんですかこんなところで!」
後ろには、いつの間にかガイルが立っていた。
「はっはっは。いや何、仕事が一段落ついたから様子を見に――」
「あなた? 今日は多くてしばらく終わりそうにないって言っていたわよね?」
「……いや、その、ちょっと休憩をと……」
「休憩の暇すらないんじゃなかったかしら?」
「……えっ、とぉ……」
「ほら、行きましょう?」
「はい……」
ガイルは有無を言わさず連れ去られていった。
「……俺達も行こうか」
「そうですわね」
「あぁ」